#生きると働くが重なるところ〜まずは私自身のことを
社会人になって、もうすぐ四半世紀を迎えようとしている。紙と身近な環境に育ち、その環境が影響したのかは分からないが、紙のメディアを作る編集者の道に進んだ。飽きっぽい性格の私がなぜこの仕事だけは続けてこられたのだろうと不思議に思っていたけれど、つい最近、記憶と記憶がつながって、過去と今の自分がスルスルと一本の道になり、その理由が分かったような気がした。
「人間のなかに飛び込むと面白いのに」
私が通っていた高校では、卒業時に担任の先生が生徒一人ひとりに本を選んで贈ってくれた。私が先生から贈られたのは、山田詠美の『ぼくは勉強ができない』。その本を選んだ理由や先生からの卒業に向けたメッセージは、クラス全員分が一緒になってホチキス留めの文集にまとめられている。その文集をもらった当時、先生の眼差しによって自分の輪郭が見えたと同時に、何か大きな課題を投げかけられたような気がしていた。
人間のなかに飛び込むってどういうこと?
名刺があれば誰にだって会いに行ける
大学卒業後、雑誌づくりがしたいと入社したのが住宅雑誌をつくる小さな編集プロダクション。自分の名刺を作って喜んでいる私に、当時の上司はこう言った。
「この名刺があれば、世界中のどこでも取材できるし、総理大臣にだって会いに行けるんだよ」。
少し大げさではあったけれど、編集者とはそういう仕事なんだ、ということを私に教えたかったのかもしれない。その方にはたくさんのことを教えてもらったけれど、はじめの頃の、この言葉が一番記憶に残っている。
そんなこんなで、人間関係に臆病だった私も、編集者の“名刺”を持つことで世界がぐんと広がった。人とつながることで生まれるものがあることを知った。取材という名の下に様々な人に会い、話を聞き、そこで得た刺激や学びを、文章で伝えていく仕事。この仕事がいつしか、表現のかたちも、人間のなかに飛び込む面白さも教えてくれていた。
人と人との間から生まれるもの
「仕事が生きがい」というのとはちょっと違うし、それほど仕事人間でもないと思っている。でも、たいていのことは仕事の中やそこで出会った人たちから学んできたし、仕事があって初めて“私”が成り立っているような感覚がある。
コロナ禍で人に触れ合うことに臆病になったのか、はたまたそういう年頃なのか。今、取材なんてオンラインのほうが手軽でいいじゃん、と思っている自分がいる。
いや、違うぞ。それでも人に会いに行こう。話を聞きに行こう。人と人との間から生まれる何かをつくりに行こう。
「火傷するかもしれないけど、恐くない、恐くない。」
これが私の、生きると働くが重なるところの話です。
皆さんはなぜ、その仕事をしているのですか?
働くことを通して何が見えてきましたか?
興味があります。ぜひ、話を聞かせてください。