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【事例紹介】気候シニア女性の会 vs スイス政府(後編)

小出 薫(弁護士)

 前編では、スイスの気候シニア女性の会によるスイスの当局(DETEC)への申立てや、連邦行政裁判所での訴訟について紹介しました。
 後編では、その後、欧州人権裁判所で示された判断について紹介します!

前編はこちら↓


1.欧州人権裁判所への提訴

 国内での申立てや訴えが認められなかった気候シニア女性の会と4人の個人会員は、2020年の終わり、欧州人権裁判所に提訴しました。
 原告らは、スイス政府が、欧州人権条約2条や8条から生じる保護義務を果たしていないと訴えました。これらの規定は下記のとおり、国が国民の生命や家庭生活を保護する義務を定めており、危険な気候変動から保護されることも、これに含まれると主張したのです。

欧州人権条約(抜粋)
第2条(生命に対する権利)

1 すべての者の生命に対する権利は、法律によって保護される、何人も、故意にその生命を奪われない。ただし、法律で死刑を定める犯罪について有罪の判決の後に裁判所の刑の言い渡しを執行する場合は、この限りでない。
(中略)
第8条(私生活及び家庭生活の尊重についての権利)
1 すべての者は、その私的及び家庭生活、住居及び通信の権利を有する。
2 この権利の行使については、法律の基づき、かつ国の安全、公共の安全若しくは国の経済的福利のため、また、無秩序若しくは犯罪防止のため、健康若しくは道徳の保護のため、又は他の者の権 利及び自由の保護のため民主的社会において必要なもの以外のいかなる公の機関による干渉もあ ってはならない。

出典:ミネソタ大学図書館ウェブサイト

2.欧州人権裁判所の判断

⑴ 気候シニア協会の訴え

 この訴訟の論点の一つは「原告適格」でした。原告適格とは、その人・団体が、裁判を行い判決を受ける適格性の要件です。 
 欧州人権裁判所は、気候変動が「人類共通の関心事」であるという特別な特徴や、世代間の負担分担を促進する必要性などを挙げ、気候シニア女性の会の原告適格を認めました。
 その上で、気候変動が生命、健康、幸福、生活の質に及ぼす深刻な悪影響から公的機関による実効的な保護を受ける権利が、欧州人権条約8条に包含されるとして、スイス当局がこの権利を侵害したとの判断を示しました。スイス政府が、気候変動対策として十分な措置を講じてこなかったことを認定したのです。
 欧州人権条約2条は引用されませんでしたが、2条の原則は、8条と非常に類似しているということは指摘されました。
 なお、同裁判所は、6条(裁判所へのアクセス権)の侵害も認定しています。

⑵ 個人会員の原告適格:否定

 一方で、この訴訟には、気候シニア女性の会の個人会員も原告として参加していました。欧州人権裁判所は、個人に原告適格が認められるには、気候変動の悪影響に高い頻度でさらされていることを示し、個人を保護する必要性が差し迫っていることを示す必要があるとしました。
 その結果、個人4人の原告適格は認められませんでした。

3.判決の影響

 この判決は、欧州人権裁判所が、加盟国の気候変動対策の不十分さを「人権侵害」だと認定した初めての判決といわれています。
 この判決は欧州理事会の加盟国46か国に対する先例となります。そのため、ヨーロッパ地域への影響は大きいものになるでしょう。
 また、人権の普遍性を考えれば、欧州人権条約の範囲にとどまらず、日本を含む各国政府が、危険な気候変動から国民を保護する義務を負い、十分な気候変動対策を行う必要があるといえます。

#スイス #気候変動 #気候訴訟


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