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AIのそれっぽさ(後編)—AIの嘘に騙されないために #AI時代の素人哲学 vol.5

前編では、私たちがどのようにして「それっぽさ」に騙されるかを考察しました。後編では、AIがこの「それっぽさ」を使ってどのように私たちを誤解させ、騙す可能性があるのかを具体的に掘り下げていきます。そして、その対策として、個人レベルと社会レベルで何ができるのかを考えていきます。


AIのそれっぽさが人間社会へ及ぼす影響

AIの「それっぽさ」が持たされる人間社会への影響を哲学的に考察すると、いくつかの重要な側面が浮かび上がります。

1. 現実と虚構の境界の曖昧化

プラトンの「洞窟の比喩」は、現実を認識する際に影や表象に惑わされることを描いています。AIによる「それっぽさ」は、私たちに対してまさにこの「影」を現実として捉えさせる力を持っています。AIが生成する映像、音声、文章は、見た目や言葉遣いが非常にリアルであるため、私たちの現実認識が混乱し、虚構を事実と誤認してしまうことがあります。これは、社会における現実と虚構の境界がますます曖昧になることを示唆します。政治的なディープフェイクやフェイクニュースはその一例であり、これが社会的な混乱や信頼の喪失を引き起こす可能性があります。

2. デカルトの懐疑主義とAIへの信頼

デカルトの懐疑主義は、感覚や表象に頼ることの不確かさを指摘し、確実な知識の基盤を探るためにすべてを一度疑う姿勢を提唱します。AIによる「それっぽさ」によって、私たちはその情報やデータを無批判に信じるリスクがありますが、この姿勢はデカルトが警告した「錯覚」に他なりません。AIの技術が高度化すればするほど、私たちはその「それっぽさ」に依存し、判断力を失ってしまう可能性があります。社会全体がAIの提示する情報に過度に信頼を寄せると、デカルト的な懐疑主義に基づく批判的思考が失われ、技術に依存する社会が生まれるリスクが高まります。

3. ウィトゲンシュタインの言語ゲームと社会的枠組みの再定義

ウィトゲンシュタインの言語ゲームの理論において、私たちの言語や行動は社会的なルールやコンテキストに基づいて意味が形成されます。AIが社会における「それっぽさ」を生成する能力を持つことで、社会的なルールや言語の枠組みが再定義される可能性があります。たとえば、AIが生成する言葉や行動が社会的に信頼されるようになると、そのルールがAIによって書き換えられ、従来の人間中心の社会規範が揺るがされるかもしれません。AIが生成するコンテンツや行動が「それっぽさ」を持つことで、私たちが従来信じていた社会的ルールの基盤が変化し、人間の役割や責任も再考を余儀なくされるでしょう。

4. 権威主義と「それっぽさ」の悪用

フーコーの権力論に基づくと、権威は単に力の行使によって生じるものではなく、知識や「それっぽさ」によっても構築されます。AIはその高精度なデータ分析や知識の提示によって、権威を持つ存在として認識されやすくなり、私たちの意思決定に強く影響を与える可能性があります。しかし、この権威主義的な「それっぽさ」は、社会における権力構造を歪め、技術者やAI開発者に過度な影響力を与えるリスクも存在します。AIが無意識のうちに権力を持つ存在となり、人間がその判断に従属することで、自由な意思決定が制限される可能性が高まるのです。

5. 人間らしさの再定義とアイデンティティの変容

AIが持つ「それっぽさ」が増すことで、私たちは人間らしさや人間のアイデンティティについて再定義する必要に迫られています。ハイデガーの存在論において、人間は「存在すること」そのものを通じて自己を理解しますが、AIがその存在の一部として機能し始めると、私たちのアイデンティティが変容する可能性があります。人間がAIと共存し、AIの「それっぽさ」に頼ることで、自己理解や存在の意味が変わり、アイデンティティに混乱が生じるかもしれません。

それっぽいAIに騙される代表例

- ディープフェイク

AIが作成した偽の映像や音声によって、政治家や有名人の発言が偽造される事例が増えています。選挙期間中に、AIが作成した偽のスピーチが広まり、多くの人々がそれを信じた事例が報告されています。これによって、社会的な信頼や選挙の公平性に深刻な影響が及ぶことがあります。

- チャットボット詐欺

AIを用いたチャットボットが、実際のカスタマーサービスを装い、ユーザーの個人情報を騙し取る詐欺手法も増えています。特に銀行や保険会社のサイトを模倣し、信頼感を与えることで情報を盗む手口が多発しています。これにより、消費者の情報が不正利用される危険性が高まっています。

- AIによる偽ニュース生成

自然言語処理を利用して生成された偽ニュースは、信頼できるメディアの記事のように見えるため、多くの人々がその内容を信じ込んでしまうことがあります。最近の事例として、AIが生成した偽ニュースがSNSを通じて世界中に拡散され、社会的混乱を引き起こしました

AIのそれっぽさへの対応

- 個人レベルでやるべきこと

  • 批判的思考を養う
    AIが提示するデータや情報を無批判に受け入れるのではなく、常に自分で検証する習慣が重要です。特にディープフェイクや偽ニュースの可能性を常に考慮し、情報の出所を確認することが求められます。ニュースを読む際には、信頼できる複数のソースを確認し、AI生成コンテンツに対しても過度に依存しない姿勢が必要です。

  • 多角的に情報を確認する
    AIが提供する情報に対して、複数の信頼できるソースから確認することで誤った判断を避けることができます。特に、SNSで拡散された情報は、その信頼性を必ず他のソースで確認する習慣を持ちましょう。

- 社会レベルでやるべきこと

  • 規制と透明性の確保
    政府やテクノロジー企業は、AIが生成するコンテンツの透明性を確保するための規制を強化する必要があります。ディープフェイクや偽ニュース対策として、コンテンツがAIによって生成されたことを明示するラベルの導入や、AI生成物の出所を追跡できるシステムの導入が考えられます。これにより、偽造コンテンツの拡散を防ぐための法的な措置が講じられる必要があります。

  • 教育と啓発活動
    AIリテラシーを向上させるための教育も不可欠です。学校や職場で、AIの仕組みやリスクについて学び、偽情報や操作を見抜く力を育てることが求められます。特に、フェイクニュースやディープフェイクの見分け方を教育するプログラムが有効です。

結論:AIの嘘に騙されないために

AIの「それっぽさ」は私たちの現実認識や社会構造、さらには人間そのもののアイデンティティに深く影響を及ぼす可能性があります。技術の進化に伴い、私たちは感覚や表面的な信頼に惑わされやすくなり、AIの持つ「それっぽさ」が現実を凌駕することすらあります。しかし、このような状況でこそ、哲学的な視点が重要な役割を果たすかもしれません。


AI技術が急速に進化する中、私たちはAIとの共存の方法について再考し続けなければなりません。この「AI時代の素人哲学」シリーズでは、AIにまつわる哲学的な問いに焦点を当て、素人の視点からその影響や可能性を考察しています。次回も引き続き、AIと人間の関係について探求し、私たちが直面するであろう新たな問いを一緒に考えていきましょう。

🤖💡 「AI時代の素人哲学」シリーズでは、AIが私たちの生活や思考に与える影響について、哲学的な視点から考察しています。
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