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万引き家族

とかく1つの方向に流れやすいこの国の中で、この傾向はテレビの影響が大きいんですけれども、少数派であることを恐れないこと、多様な意見や立場をなるだけ登場させることで、この社会に自由の気風を保つこと、そいうことが含まれています。

ジャーナリストの筑紫哲也さんが、出演していたテレビ番組「NEWS23」で語った一節だ。番組の、ジャーナリズムの役割を説いたこの言葉には、近年より如実になってきたこの国の人たちの特徴が率直に指摘されている。

映画万引き家族は、邦画で久しぶりにカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した、是枝裕和監督の最新作だ。ある一家の数ヶ月間を描いた物語である。リリー・フランキーが父親を、安藤サクラが母親を、樹木希林が祖母を、松岡茉優が母親の妹を、城桧吏が長男を演じた。そう、まさに演じているのだ。ある日、父親と長男は虐待を受けている少女を家に連れて帰ってしまう。彼女の境遇がわかっていくごとに、5人の思いの歯車は少しずつ狂い始める……。

貧困、親子、家族、世間、教育、男女関係。数多くのテーマがあるにもかかわらず、観る人が混乱することのないよう驚くほど調和が取れている。そのさじ加減こそまさに是枝監督の美技といっていい。

社会学者の古市憲寿は著書『絶望の国の幸福な若者たち』で、格差の固定化について語った。自分たちの境遇を変えるために立ち上がるより、身の回りのコミュニティの庇護下に入り続けていたほうが楽なのだ、と。

今作では、だれの庇護下にも入れなかった人たちが数多く登場する。彼ら、彼女たちは互いを補完しあうように疑似的な家族であろうとする。血縁関係ではないコミュニティに生まれた不思議なツナガリは、当初「貧困を生き抜く」ための都合のいい手段でしかなかった。だが、その思惑がいつのまにか枷となり、6人は血縁のある家族以上の濃い人間関係で結びつくことになる。

いつの間にか、一緒に暮らす空間が「HOME」に変わっている。残念ながら今の日本の社会では、自らの常識の範疇を超えた多様性のある人生をちゃんと認められるほど寛容ではない。「そのために福祉がある」という人もいるだろうが、福祉というシステムの枠外に目を向けられないその事実こそが問題の深刻さを如実に物語っているとは言えまいか。多様化した社会において、人は自分に合ったメディアや情報を選べるようになった。その結果、選ばれなかった情報の存在が人びとの意識から消えてしまう結果を招いた。見たくなくても、見なきゃいけないこともある。映画を通じてそのことを強く訴えかけてくるからこそ、国を問わずさまざまな人の心に強く残る作品となったのだろう。

ぜひ劇場で、本作をご覧いただきたい。

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