仮面を被った街
ひとつ大きな嘘をついたら、約30の小さな嘘をつかなきゃ成立しなくなる。
詐欺師たちの化かし合いをコミカルに描いた映画『約三十の嘘』で登場する印象的なセリフである。彼らは会話の中でひとつの嘘がどう作用するかを知っている。だからこそ、話の核心部分以外はすべて本当のことを話すのだ。偽りを真実で塗り固める。人が真実を見失うのは案外簡単なことなのかもしれない。
俳優ジョージ・クルーニーがメガホンを取った映画『サバービコン 仮面を被った街』は、アメリカ社会の偽りを強烈に皮肉ったノワール・コメディだ。脚本は『ノー・カントリー』でアカデミー賞の話題をさらったコーエン兄弟が手がけている。主人公のひとりであるガードナー・ロッジを演じるのはマッド・デイモン。シリアスからコメディまで幅広い役柄を演じ分けられる彼の個性が、今作でもふんだんに発揮されている。1950年代、事件はアメリカンドリームを体現した理想の街「サバービコン」で巻き起こる。まず、ロッジ家の隣にマイヤーズ一家が引っ越してくる。彼らはこの街に住む初めての黒人家族だった。街の人たちは地価が下がる、治安が悪くなると過剰に不満を口にする。その日の夜、ロッジ家に二人組の強盗が入る。彼らは一家全員をクロロホルムで眠らせる。しかし、運悪くガードナーの妻ローズがクロロホルムの過剰摂取によって死亡してしまった。この事件を機に、一家のひとり息子であるニッキーは家族の本当の姿を知ることになる。
一方、マイヤーズの家では別の事件が起こっている。街の人たちが黒人排斥意識を共有し、家の前で抗議行動を始めてしまうのだ。スーパーマーケットでも一家だけ商品を販売してもらえない。彼らは次第にエスカレートしていく。最後には、一家の家が大規模な暴動の中心地となってしまうのだ。
本作は物語がニッキーの目線を中心に描かれる秀逸さに舌を巻く。強盗への恐怖も、家族の裏の顔も、隣の家で巻き起こる喧騒も、すべて詳細には描かれない。ゆえに、社会批判や人種差別、ミステリーといった作品の要素が、全体を通して不協和音のように感じてしまう。だが、ラストシーンまで作品を見ると、この物語構造すべてが調和の取れていないアメリカ社会に対する大きな風刺になっているようにも思える。スパイスの効いたクライマックスには言葉を失う。
殺人事件と暴動。本作では家族の崩壊と社会の破綻が同時に描かれる。偽りの社会は、ひとつのトリガーで一気に崩れ去る。エゴむき出しに動くガードナーと異分子排除のメカニズムの対象となったマイヤーズ一家が隣り合う姿は、全体主義的な空気をまとう昨今のアメリカ社会を痛烈に揶揄している。ジョージ・クルーニーとコーエン兄弟が描くブラックユーモアたっぷりのアメリカン・ドリームを、ぜひ劇場で覗き見てほしい。