日日是好日
映画館で見ないともったいない。
映画『日日是好日』は、名優・樹木希林が最後に出演したことで話題の作品だ。舞台は1993年。これといってやりたいこともない大学生活を過ごしていた典子は、母親の勧めで同い年のいとこ・美智子と茶道を習いはじめる。近所で茶道教室を営む武田は、穏やかに2人を迎え入れる。初めは嫌々ながら通っていた典子だが、ひとつずつの所作を身につけていくたびにあることに気づく。静かな空間の中だからこそ気がつく時間の流れ。20代から30代、継続して学んだ茶道から、積み重なる日々の美しさが描かれる。静かな空間で日々の悩みや考え事に惑わされることなく、目の前の茶の湯と対峙する。「静」の中で「動」を感じる難解な役どころを黒木華が見事に演じている。
所作に動きが少ない分、本作はぜひ「音」を感じてほしい。柄杓から湯や水が注がれる音、着物と畳が擦れ合う音、茶室の外から聞こえる四季折々の音。似たように聞こえても、常に違う音が響いてくる。典子が茶道の魅力に引き込まれていくごとに、ひとつひとつ鮮明に耳へ届く仕掛けになっているのは巧みだ。
茶室の音が広がっていく構成に、カナダの作曲家マリー・シェーファーが提唱した「サウンドスケープ」を思い出す。「音の風景」と訳される造語だ。シェーファーは、私たちが日常生活の中で音からどのような情報を得て、音を通じて社会環境とどのような関係を結んでいるかをこの言葉で問うた。本作には、長い時間をかけて茶室で典子が気づいてきた四季折々のサウンドスケープが謙虚に表現されている。
茶室の音がどう再現されているのか。音響設備の整った劇場だからこそ体験できる映画の楽しみである。静かな映画だからDVDや配信でとスルーしてしまうと、この映画の魅力は半減してしまう。ぜひ劇場でご覧いただきたい。