松田青子「おばちゃんたちのいるところ」

「おばちゃんたちのいるところ」というタイトルに聞き覚えがあるなと思ったが、表題作を読んだらなるほど、絵本「かいじゅうたちのいるところ」をもじったものだと。
けれど私はその絵本を知らない。絵本は、うまくいえないけれど、読めない。
たまに読むと面白いけど、なんというか濃すぎるのだ。

で、表題作の短編。
つまりはおばちゃんやおじちゃんの幽霊というか、この世ならぬ人たちがこの世の人たちと入り交じってごく普通に生活しているという、いや、幽霊は死んでいるから、生活はおかしいか。とにもかくにも、そういう存在が混じり合う世界が描かれている。

「おばちゃんたち・・・」を読んで個人的に印象に残った場面が、主人公の茂が、自死した母親のお墓になんとなく(このなんとなく、が肝)通っている。すると、お墓のどこからか、「私の~おはかの~~ま~~えで、泣かないでください~」と歌声が、しかも死んだ母親の声で聞こえてくるというところ。この表題作の前に、母親は実は姪っ子のところに幽霊として?出てくるのだけれど、これが強烈なキャラクター。読んで私もすでに顔見知りのようになっているので、「ああ、おばちゃんが茂にお墓に来てほしくなくて歌ってんだな」くらいにしか思わないという仕掛けができている。私は関西人ではないので、このノリはかなりキツいのだが、この短編集はずうっと底辺におばちゃん、おじちゃんたちと、若い人たちが生死関係なく渡り合っている。

なぜこの「わたしの~~おはかの」歌が印象に残ったかというと、我が父が亡くなったとき、母がこっそり録った父の歌のテープが出てきたのだ。母曰く、「お葬式で流したくて。でもねえ、なんで録音したいのか、お父さんにいえないじゃない」といいつつ、ちゃっかり録音していた。なのに式の前に流れたのは、「銀座の恋の物語」であった。デュエットなのに、一人で歌うバージョン。それがまた、父らしく、それを選んだ母らしかったのだが。

で、この曲は、いかにもお葬式で使われそうなのに、おそらくそれを使う勇気がある人は少ないだろうと思った。つまり、おそらくお墓に入るであろう大勢の人たちにとってはピンとこない歌詞だし、入らない人にとっては、じゃあどこで歌えばしっくりくるのかというと、全くよくわからない。
つまり、この「おばちゃんたちの・・・」で使われるほどぴったりなシチュエーションはそうそうないということが言いたいのだ。うっかり死んじゃったおばちゃんが、ほかに行く場所がなくてついついお墓に来てしまう息子に対して「私はそこにはいません」と歌う。悲しいけれど、でもどこか間の抜けた、おばちゃんの思いは、確かにそこにある。

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