見出し画像

Zと言えば……フランスの今①

Zと言えば、何を思い浮かべますか? フェアレディー? それとも漫画?

フランスでは、少し前まででしたら、Zといえば、アメリカ発のヒーロー、怪傑ゾロ(Zorro)でした。ゾロは立ち去るときに「Z」の文字を書き残すのです。夫は子どもの頃にアメリカのTVシリーズで親しんだとかで、わざわざDVDを買って息子達が幼い頃に見せていましたし、義妹などは子どもにディエゴ(ゾロの平常時の名前)と命名したほど、ゾロは国民的英雄なのです。

でも、今フランスで「Zと言えば、何を思い浮かべますか?」と尋ねられたら、ゾロではなく、Zemmourと答える人が圧倒的に多いと思います。エリック・ゼムールは、最近政界に急浮上した政治評論家。どのような顔立ち、いずまいの方かというと、こんな感じです↓。ぜひ動画で、その語り口や所作を観てみて下さい。

いかが思われましたか? 小柄で、お世辞にもハンサムとは呼べない初老の男性ですが、言葉に淀みがなく、冷静かつ自信たっぷりでしょう? 私はただただ圧倒されてしまいました。(好き・嫌いはまた別)
フランスでは半年後に大統領選がありますが、ゼムール氏の人気はうなぎ登りで、今では(11月初旬)現職マクロン氏に次ぐ支持率を得るまでになっているのです。

現代の怪傑ゾロ、それとも、危険な扇動家?

ゼムール氏は、元はフィガロ紙のジャーナリスト・批評家でしたが、昨今ではニュース番組を持つなど、テレビでも論客として活躍していました。

そこにコロナ禍があり、市民の政府への不満が高まる。また外出禁止期間中、家にいるのでテレビを見る人も増え、ゼムール氏は持ち番組にて、多大な知識とデータを駆使した持論を繰り広げ、ファンを増やしていきます。意外なのは、かなり懐古主義というか反リベラルな主張が多いのですが、若者層の心を掴んだことです。
ちなみに、ゼムール氏の政治スタンスは、ドゴール主義ーーー外国の影響力から脱し、フランスの伝統的なアイデンティティーを追求すること、だそうです。

ーーーここまで読まれて、「何か恐いなぁ」と思われる方も多いのではないでしょうか。「雄弁で」「扇動的で」「若者を魅了して」と来ると、かつての残酷な独裁者を彷彿してしまうのは私だけではないでしょう。それに「『外国の影響力を脱し』って、反グローバリゼーションじゃないの? 時代錯誤のナショナリストですか」、と。ちなみにゼムール氏は、人種差別的発言をしたとして懲罰を受けたこともあります。本当に、まだまだゾロなのか扇動家なのか分からないところが多い人です。
ここで取り上げた理由は、ゼムール氏を推すためでも、アンチを増やすためでもありません。ただ、フランスのメディアは、政府寄りなところがあるので、「トランプの二番煎じだ」と貶めようと躍起になっていますし、日本のメディアでは、「ゼムール=極右」として報道されていて、それでは「ルペン(極右政党主)の二番煎じか」と受け取られ兼ねません。「大統領選も、決戦では極右が落選するのは毎度のこと、大丈夫なんでしょ」と軽視されそうで気になってしまって。

というのも、私の感触ではゼムール氏はルペンより手強いと思うのです。トランプとは全く別質でもある。フランス人がどうしてこの極端で反リベラルなゼムール氏に魅了されているのか、私なりの考察と感触をお伝えしたくて書いています。

Zと言えば、「ジェネラシオンZ」

若者にも人気があると触れましたが、ゼムール氏の思想を支持する若者層の有志グループ「ジェネラシオンZ」の活動は目を引くものがあります。96~2010年生まれのジェネレーションZとゼムール氏のZを掛け合わせたグループ名が利いていますよね。ゼムール氏を22年の大統領選で当選させようと、街にポスターを貼ったり、メディアで氏の思想について語ったり、SNSで拡散したり、ビラを配ったりと、熱心なこと!(サイトのサムネールはこんな感じです)

実は私も、16歳と14歳というZ世代の息子達を通してゼムール氏の存在を知りました。わが家は新聞もテレビもみない家なので、ゼムール氏の人気者ぶりを知りませんでした。それがある日、息子達が夕飯に降りてこないので呼びにいくと、「ゼムール聞いているから」とネット配信を見ていて、「誰それ?」となり、知ったという。長男も次男も、学校で「ジェネラシオンZ」に参画しているクラスメートがいて、それで興味を持ったようです。子ども達が政治に関心を持ったことが嬉しくて(日本でも是非そうなって欲しい!)、と同時に、ゼムール氏が危険人物でないことを確認したくて、ゼムール・ウォッチを始めたところがあります。

以下、ジェネラシオンZのサイトより、「ああ、これは確かに共鳴する人が多いだろうな」と思ったトピックを取り上げたいと思います。

理解できる点

まず教育。ゼムール氏は、政府は教育にイデオロギーを盛り込み過ぎだ、と批判しています。
この点に関しては、以前より息子達から同様の不満を聞いていました。
たとえば歴史。「共和国主義」をインプットしたいために、そのスタート地点であるフランス革命への時間配分が多く、中世からいきなり革命に飛ぶような感じだそうです。近年、フランス革命に関しては批判も多いというのにそこは飛ばし飛ばしで、革命の次には大戦時代にまた飛ぶという。王政時代やナポレオン時代もフランス史の上で重要なはずなのにバランスが取れていない、と歴史オタクの息子達は不平タラタラ。その上、革命では王をギロチンに掛けた、大戦時代の植民地政策では悪いことをした、とフランスを下げるようなことばかり押しつけられるから嫌になる、「もっと自分の国に誇りを持ちたいのに」と言います。Z世代はポジティブ大好きなのです。
だからといって自国を美化して欲しい、ということではないようです。息子達は通常のクラスに加え英国式のカリキュラムをオプションで取っているのですが、そこで習う英国史では、王政が好き放題をやっていた頃から各革命、議会制大戦も全部均等に扱われているそう。そこから英国の素晴らしさを知るとともに、当然、現代の倫理観と照らし合わせた批判も生まれる。「それでいいじゃないか、自由に考えさせて欲しい」と息子達は言います。

近年のイデオロギーといえばLGBTQやフェミニズムですが、これも授業に取り込まれています。これもゼムール氏はこの2点は教育と関係ない、と批判します。私は「関係ない」というのは強すぎると思うのですが、一方で、フランスの、この2点への取り組み方が唐突かつトゥーマッチで戸惑っているというのは本当です。でも、「やり過ぎじゃないの?」と声を挙げられずにいる、何故ならLGBTQとフェミニズム自体に疑問を呈しているのか、と間違った受け取られ方をされそうだからーーーそういう人は私だけではないと感じています。

では、どんな風に教育に盛り込まれているか。フェミニズムを例を挙げると、長男の高校では、昨年一年フランス語の授業はフェミニズム文学ばかり読まされました。秀逸なフランス文学は沢山あるのに、何で文学的には中庸な仏フェミニズム文学を優先的に取り上げるの? とうんざり顔でした。
LGBTQについても、中学生の次男は、「『差別はやめましょう』と繰り返されるのだけど、元々差別する気もないし、LGBTQは個人的なこと。差別心を持つ生徒がいたとして、授業で上辺だけの教えを聞いて『そうか差別やめよう』と心変わりする人なんていない。もっと個人的な経験がなければ、人の気持ちなど変わるものか」と言います。
頭でっかちで尊大な物言いの息子達に、なに生意気言ってんの!と思うと同時に、私も肯かざるを得ないものを感じています。

次に移民対策。ゼムール氏は移民に対して非常に厳しくて、移民受け容れを休止すべきといいます。理由として、フランス国内には膨大な人数の違法・合法移民がいて国民の生活を圧迫しているとし、データを挙げて説明します。例えば生活補助を受ける世帯の43%はフランス国外で生まれている(≒移民)とか、亡命・移民申請の6割強が却下されるのだが、実際に送還されるのは15%ほどだ、とか。ちなみに不法移民や罪を犯した移民を母国に送還したくとも、母国が受け容れ拒否するので実質上無理だそうです。

移民に関しては、多くのフランス人はオブラートに包んで呑み込んでいるところがあると思います。昨今は「移民反対」と声を挙げるルペン氏の極右政党が台頭しているとは言うものの、それでも正面切って「反移民です」と言い切るフランス人は少数派でしょう。難民が舟で地中海を漂流してやって来るニュースをみて、心痛めないフランス人はいないと思います。
でも一方で、社会保障・徴税に関して、多くのフランス人は不満を抱えているという現状もあり。特にサラリーマンやミドルクラスは、税回避策を取るほどの資産はないのでガッツリ取られる。だけど恩恵を受けるのは貧困層で、その多くは「移民」。ミドルクラスも、家賃・ローン、教育費、食費と家計は苦しいのに、何故なけなしのお金で膨大な人数の移民を養わなくてはならないの?と、何年も何年も不公平感を抱えプスプス燻っているのです。

膨大な人数……政府の移民政策が寛容なこと(日本に比べたら絶対に!)もありますが、加えるに、フランスの移民は大家族なイスラム系が殆ど。一人受け容れてしまうと、家族を芋づる式に母国から呼び寄せるので一人が五人、十人となります。稼ぎがなくとも、フランスは社会保障が手厚いのでそれで何とか暮らせるのです。それ狙いの移民も多いと言われています。働いて稼ぎたい移民ももちろんいるでしょうが、受け入れキャパを越える数でくるから、言葉や職業訓練も追いつかない。よってゲットーができ、犯罪率も増えます。

それでも、移民批判すると非人道的だとバッシングされるからぐっと口を噤んできたフランス人。プスプスと胸の中で煙が溜まっていく一方でした。

そこにゼムール氏が現れ、タブーを恐れずに、「移民政策、おかしいでしょう」ときっぱり明解に言語化してくれた。「ああ、息が出来る!」とほっとした人が多いのだと思います。

……長くなってきましたので、次に賛同できない点に行きましょう。

理解できない点

ゼムール氏は人気も高いですが、一方で嫌悪する人も多いのです。彼のタブーに踏み込み挑発的というか、断定的な物言いに、「ええーっ、そこまで言う?」と思うこともしばしば。

たとえば、移民政策に関しては、ゼムール氏は移民の存在は経済的理由だけでなく、文化的にもフランスのアイデンティティーを脅かしていると攻撃します。宗教の自由は結構だけど、フランスの文化と同化できないのであれば、国民となることは許されるべきではない、というのです。
その中で、嘲笑に晒されているものに名前の問題があります。ゼムール氏は、移民は、フランス国民になるのであれば、ファーストネームもフランスらしい名前ーーキリスト教の聖人や聖書、もしくはフランスの歴史に出てくる名前にすべきだ、というのです。
これを初めて聞いたときは唖然としました。余りにも時代錯誤!今さら「フランスらしい名前ではくてはダメ!」なんて無理です。私も、もし将来フランス国籍を取得した場合、フランスらしい名前に改名しなさい、と言われたらかなり困惑することでしょう。この主張に多くの人が笑ったように私も失笑しましたよ。

でも、息子達は笑いません。「あれはゼムール、引っ込めるべきだ」とは言いますが、「言いたいことはわかるんだ」と。「どういうこと?」と聞くと、息子達は逆に、
「どうしてママは僕達の名前をフランスらしい名前にしたの?」
と聞くのです。その名前が好きだから、恩を感じている聖人の名前だから、などそれぞれ理由はあります。
「でも何で、和名はセカンドネームにしたの? 」
と追求されます。それは、息子達はフランス、もしくは西洋社会で生きて行くことになるだろうから、フランスらしいファーストネームを選び、和名はセカンドネーム扱いでいいか、と考えたのです。
「でしょ? ゼムールもそういうことを言いたいんだと思うよ。フランスで生きて行くなら同化する姿勢を見せるべきだ、って。ーーーでも、いずれにせよあれは引っ込めるべき。そういう時代じゃないんだから。ディエゴ(冒頭で触れた、息子達にとっては従兄弟)も笑っていた。『今さらジャックとか呼ばれたくないよ(ディエゴは十二使徒ヤコブのスペイン語版で、フランス語だとジャックと変わります)』って。ゼムールは子どもっぽいんだよ。喧嘩売られると一々買って引っ込めないんだから」
と意外と冷静な彼ら。これもZ世代の特徴なのでしょうか。

命名事情 1993年までは、フランスに子どもの命名に関しては「フランスらしい名前をつけること」が義務化される法律があったようです。結構最近まで命名の自由はなかったのですね。なので、これを覚えている世代のフランス人には意外と受け容れられる主張なのかもしれません。

ーーーさっきから、「理解できない」といいながらも肯いているじゃないか、と指摘されそうですが、そこなんですよ。ゼムール氏の主張は、一瞬「何それ!」と身構えさせられるのですが、氏の理由付けを聞いていると「うーむ」となってしまうのです。言いくるめられているのか、それとも、彼は真実をついているのか。

ちなみにゼムール氏は二重国籍にも反対だそうです。正直私は、もう国境とか愛国心とかは、ない方が健全な気がするのですが、どうなのでしょう。またイスラム系については、女性が頭や身体を隠す布、ヒジャブの着用も許しません。女性蔑視がベースにあるから、だそうです。

ゼムール氏自身はアルジェリアからのユダヤ系移民2世で、両親はフランスに同化するのに苦労したそうです。だからゆえ、同化しようと努力せずに、社会保障のベネフィットにたかる移民達が許せないのでしょう。
逆に言えば、同化する努力をして社会に貢献している移民に関しては穏便に扱ってくれるのか、一移民の私としては大いに気になるところです。

フランス大統領選は2022年4月!

まだ政治国際情勢の項目に触れていませんが、長くなりましたので割愛します。それにジェネラシオンZのサイトでは、ゼムール氏を大統領に推しているというのに、この二つの項目の扱いが短いのです。その上「経済」や「国防」についてのページもないという。
甘いなぁ、と苦笑いすると同時に、それほどに若い層は、フランス人としてのアイデンティー問題に危機感を持っているのかな、とも考えたり。

思うに、マクロン政権は、やたらに「EU、EU!」と推しているけれど、「EUって何? 27カ国も加盟しているけれどイギリスは抜けたし、よくわからない。それにEUの存在がフランスの国としての色を希薄化してない?」と皆が不安になってきたのではないでしょうか。その中で「ドゴール将軍の頃のように、愛国心が強い、古き良きフランスに立ち返りたい」と思う人が増えていたのかな。

最後になりますが、実は、11月現在、ゼムール氏は大統領選に立候補していません。それなのに、他の候補者からゼムール氏の名前が出てこない日はありません。(後記:12月に正式に立候補しました)十中八九立候補するだろう、と言われています。
選挙権を持たない私は外野でしかありませんが、今回の大統領選は面白くなりそうです。
(カボチャ対決の写真は本記事と無関係です!)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?