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虎になる
虎になる、というと、山月記をまず思い浮かべる。もちろん、人が虎になることは現実にはない。でも、虎のようになることはある。
何か手に入れたいものがある、どこかに行きたい、何かを成し遂げたい、きらきらとした世界は人を憧れさせる。そういう目標に向かって走っているとき、走る楽しさがある。走れば走るほど、たくさんの変わる景色を見て、さらにその先の世界を見たいと思う。
ずっと走り続けられる才能のある人は限られているし、人の体力にも限りはある。長く生きていれば、守るものも増えてくる。どこかに引き際、というものがあるのかもしれないし、まだいけると思って突き進んだ先に、だれも見たことのない景色があるのかもしれない。
人生に正解も間違いも無い。でも、真っすぐ前を見て生きていても、ときどき道に迷うこともあるし、壁にぶつかることはある。人も世界もゆっくりと変わることもあれば、何かの拍子に急に変わることもある。急になにかが変わったとき、「正しさ」の定義も、「正しい」という判断も、変わってしまう。いままでのやり方が、正しかった世界が急に変わってしまう。今までの生き方では生きられなくなってしまう。
誰が悪い、というわけでもないし、変わっていく世界を責めることもできない。変わる世界についていけない、置いて行かれる、そんな焦りや不安、心配は自ずと生まれる。誰だって、そうだ。
人と人が交わってできている社会では、泥臭くて、面倒で、退屈な仕事もあるし、そういう付き合いもあるかもしれない。それらを避け続けることも、付き合い続けることも、どちらも辛い。
そのどこかで、ぴりっとした、なにかひやりとした違和感を感じ取ったなら、それは虎になる前兆かもしれない。
違和感や痛みやつらさ。そうしたものを無視して、気づかないふりをしながら、何も感じないように働いて、走り続けて、虎のようになってしまうのは、とても怖い。
怖いけれど、そうやって虎のようにならないと生きられない、それしか知らなかった、変わる世界にも自分にも気づかなかった、そんな物語は小説のなかだけじゃなくて、私たちの日常にあふれているように思う。
ときどき、給湯室に差し込む光を見てホッとする。休憩時間や一日の終わりに出会う、なにげないその柔らかい光を、美しいと感じられるだけの余白が自分の心にあることに、安心する。そんな景色をそっと切り取って、分かち合いたい。
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