言葉は武器じゃない
世界は変わっても、人の心は変わらない。
だから千年前に書かれた文学にも共感できることがある。
いま私たちが書いている言葉もいずれ昔の世界の昔話になるけれど、そのとき感じたこと、思ったことは残り続けて共感されるかもしれない。
言葉は残すことができるから、強い。
でも『言葉にできること』は強さでも、武器でもない。言葉は、人を守るためのものだ。誰かを傷つけたり、戦ったりするための道具じゃない。
最近は聞かなくなった(気がするけれど)ポリティカルコネクトを主張することを、ポリコレ棍棒と呼ばれることがある。
たしかに、正しさをまっとうに主張することは、耳が痛い話もあるだろうし、当然反感を買うこともある。でも、なぜそれを言葉にして言わなければならないか、といえば、誰かを守るためじゃないかと思う。
不当に社会から抑圧を受けている、うまく言葉にできずにつらい思いをしている、そういうひとたちのための言葉を、『武器』として表現したくない。
言葉は武器じゃない。いまの私たちの言葉がいつか誰かにとって救いになるかもしれない。実際にはなんの役にも立たない言葉のほうが、ずっと多いと思う。うまく言葉にできないことのほうがいっぱいある。それでも、言葉にし続けることを忘れずにいたい。
言葉にしたことは残る。わかりにくいことも、まとまってないことも、全部。気持ちを乗せた、色や温度のある言葉を残していきたい。
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