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『海馬の夢』 とヴェネツィアの俳句

古本屋さんに並んでいた一冊の本、
海馬の夢』(深夜叢書社)。

「私の本だ!」と即 購入しました。
実は「海馬」という単語、いえ、その “字” に執心していたので、ろくに内容を確かめることなく持ち帰ったのです。

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どうして私が「海馬」というタイトルだけ見て、即購入したか・・・については本筋から離れるので、この記事の最後に書きます。お時間ある方だけお読みください。

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何について書いてあるのかよくわからないまま購入した『海馬の夢』(古本屋さんで確か800円)。
黒塗りの外箱がカッコいい!のです。
帰宅して黒塗りの外箱から中身を引き抜くと、グレーの内箱にもシルバーで題名と作者名が印字してあります。美しい✨。

左が外箱、その中にシルバーの内箱(右側)

そのグレーの内箱は真ん中から二つに分かれます。左右に開くと、中から書籍が出てきました。なんとお洒落な造りでしょうか。

シルバーの内箱が真ん中からパカーッと開いて書籍が出てきます

これだけで「購入して成功!」とニヤニヤしていました。
副題は『ヴェネツィア百句』・・・ヴェネツィアの俳句でしょうか?。
海馬」というので、脳科学か何かの専門書だと勘違いしていました。
作者は馬場駿吉氏。。。お恥ずかしながら全く存じ上げないお方なので、ネット検索してみました。

馬場駿吉ばば しゅんきち(1932年生まれ)は、俳人、美術評論家、医師(医学博士)。名古屋市立大学名誉教授(耳鼻咽喉科学)。
__中略__
2006年 名古屋ボストン美術館館長に就任。

Wikipediaより

美術館の元館長⁈。なんとまあ。。。私が知っておくべきお方だったのですね。
馬場氏ではなく馬場先生!と呼ばせていただきます。
このご縁に感謝、感激です。

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医学博士の馬場先生は、学会出席のため訪問したヴェネツィアに魅せられて何度も滞在。そのヴェネツィアについて詠んだ100句が、日本語とイタリア語やくで併記されているそうです。

この内容を知った途端、私の気持ちは憧れの地・ヴェネツィアに持っていかれました。いつか、必ず訪れると決めています。

まだ見ぬ憧れの地・ヴェネツィア

私がイタリア・ヴェネツィアについて知っているのは、
▶︎ 美しい水の都
▶︎ カーニバルで人々が変装する仮面や衣装
▶︎ ティツィアーノに代表される色彩が美しい絵画
これだけです。

ヴェネツィアの歴史や文化についてよく知らず、また俳句とは全く縁がない私に “句を読むかいしゃくする” ことなどできません。
なので今回は文字を見て(言葉の力)、声に出してみて(音感やリズム)、気になった句をいくつかご紹介させてください。

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【水の都】
「カナル・グランデ」(大運河)から広がる小運河が、まるで毛細血管のように広がっている都市・ヴェネツィアの情景が目に浮かぶ俳句がこちら。

◉ヴェネツィアに 貴腐きふの家々 水ぬる
◉ゴンドラは 蜜月の棺 水ゆる

→ 「水がゆるむ」という表現が肯定的なのか否定的なのかによって全体の解釈が異なりますね。

◉濃紫陽花ヴェネツィアいまだ溺死せず
◉ヴェネツィアの濁り永久とは鳴る水の秋

→ 水の上に築かれた都市・ヴェネツィアは、これまで何度も洪水に見舞われ、水没の危機に瀕しているのですね。

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【カーニバル】
ヴェネツィアといえば、カーニバルです!。

ヴェネツィア・カーニバル

◉春黄昏假面かめんつければみな無名
◉花火消え空眼そらめ残りたる假面かめん
◉月下ふと假面かめんに死相 謝肉祭
◉春光を海より紡ぎレース編む
◉鏡中に二人目のわれゐる春夜
◉疫病の飛び火の街も謝肉祭

→ 仮面をつけた人々、ゴンドラのレースに花火。。。
 この美しくも 何やら怪しい世界観が大好きです。

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【芸術】
音楽、文学・映画そして絵画…。ヴェネツィアからインスピレーションを得た芸術は少なくないのですね。

◉雷火飛び墓中おくつきストラヴィンスキー
ヴィヴァルディの蚊にあたふ血一滴ひとしずく

→ ヴィヴァルディがヴェネツィア出身だったこと・・・初めて知りました。

◉わが死後も鳴るピアノなれ秋深し
◉ 春の鬱深きピアノの蓋を閉づ

◉ヴェネツィアに櫻桃をみ|櫻桃忌《おうとうき》

 ※櫻桃忌…小説家・太宰治の遺体が発見された6月19日

◉一身に大罪七つ更衣ころもがえ
◉チーズアッシェンバッハいみ不明

 ※アッシェンバッハ…映画『ベニスに死す』の主人公ですね!

 → 『ベニスに死す』大好きな映画。もう一度見たくなります。

◉ 五月の夜冷えて弦楽「死と乙女

→ 『死と乙女』と聞くと、エゴン・シーレの作品しか知らなかったのですが、ここではシューベルトの楽曲なのですね。

桃酒ベッリーニ一盞いっさんほどの春の鬱  
◉春雷にティエポロの空眞青

→ ヴェネツィアが生んだ巨匠たちです。「桃酒」に「ベッリーニ」とルビを振っているのが気になります。

◉身に添はすりの名マリア更衣ころもがえ
◉逆剃りのわが頬燃えて悲傷聖母圖ピエタ
◉ガラスペン折れて薔薇色なる春夜しゅんや

→ “絵画的” な句ですね。カンヴァスに広がる鮮やかな色彩を思い描けます。

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運命さだめ
かつて繁栄を極めたヴェネツィアは、悲しい運命を背負っているイメージがあります。運命(滅び・死)を感じる句がこちらです。

壁龕へきがんに天使還らず蔦枯るる

壁龕へきがん…西洋建築で、彫像などを置くため壁面に設けられたくぼみ

◉天へ階残す癈館猫のこい
◉ヴェネツィアに死すべき猫と猫の戀
◉春蚊出づ伯爵家の血遠に絶え
がための葬鐘そうしょう不死鳥座に薔薇に
◉逝く春の墓前に朽ちしトウ・シューズ

→ 「廃墟」「血が絶える」「とむらい」「朽ちる」。
1000年以上続いたヴェネツィア共和国が辿った運命でしょうか。

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【海馬】
そして、私の「海馬」がついに出ました!。

舷飾げんしょく海馬の夢に春の雪

ここで「海馬」とは、ギリシア神話の生物ヒッポカンポスを指し、ゴンドラの船首に飾られた半馬半魚の怪物の彫刻のことだそうです。

タツノオトシゴのような形をした、ゴンドラ船首を飾る「海馬」

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うおーーっ。
あまりにも素敵なので、次回はもう少し私なりの想像を膨らませたいと思います。

<次回へつづく>

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私が「海馬」という文字に執心する理由がこちら。
時間と興味がある方だけお読みくださいませ。

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わが家にはいくつかの年間行事があり、お正月は[書き初め]。
新年の挨拶 → お雑煮・おせち料理を食べる → 片付け → その後、リビングいっぱいに新聞紙と道具一式を広げて「さあ、スタート!」。
各々が筆を持ち、2枚の清書を提出すべく3時間ほど練習に取り組むのです。
2枚とは、
① その年の干支である動物の漢字
 2024年は辰年なので「龍」、来年は巳年なので「蛇」ですね。
② 抱負や、自分の好きな言葉
というのが決まり事です。

①はお題が決まっているのですぐに練習に取り掛かるのですが、問題は②。
新年の抱負を真剣に考えて、難しい四字熟語など捻り出すのですが、いざ筆を握ると私は “初めて書道をした小学生のような 字” しか書けません。字がヘタなのです。

完成したら清書2枚(①②)を手にして全員で記念撮影をするため、少しでも見栄えの良い代物しろものにしたい・・・。
結局上手く書ける文字を探し、逆算して抱負を決める、という変なパターン。
毎年悪戦苦闘していたのですが、5年ほど前に発見しました!どうやら私は
・「さんずい」の漢字であればバランスがとりやすい
・「母」「毎」という漢字は、上手な人が書いたように見える
・「馬」は何故だか下手が誤魔化せる!
そこで2019年の抱負は「海馬」に決まりました。
(「海馬」とは記憶や空間学習能力に関係する脳の器官の一つ)

2019年お正月の集合写真の一部分を拡大。
これでも、私の習字史上 最高傑作です

全員から、
「下手くそは誤魔化せるけど、海馬って何よ!」と突っ込まれるので、
海馬、つまり記憶力を鍛えよう!ってことよ」と押し通し、清書として堂々と掲げたのです。
なので、もしいつの日にか公の場で「習字を書いてください」と依頼されたら(←そんな状況は絶対にないと思いますが)「海馬」と書くことに決めました。

という訳で、私は「海馬」という文字が大好きなのです!。

ちなみに「海馬」とは、1)セイウチの別名、2)タツノオトシゴの別名でもあるそうです。
なるほど。

以  上

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