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【猫小説】スミオ 6:きなこちゃん

それからのきなこ、きなちゃんのことを話そうと思う。

きなちゃんは、お姉ちゃんが運命を感じて、家族にするために連れてきた猫だそうだ。
ペットショップで、お姉ちゃんと出逢った。
しっかり者で、良く気が付く。可愛いものやおいしいものが大好き。
好きな食べ物は、おいしいハムと、ふわふわのスイーツ。
お姉ちゃんは、きなは、猫界のマリー・アントワネットだね、と言っていた。
お姉ちゃんと仲良しで、
お姉ちゃんが家にいる時は、必ずお姉ちゃんの部屋に行って、一緒に眠ってた。

お母さんとお姉ちゃんは、僕たちみんなのテーマ曲を考えてくれて、
歌がうまいお姉ちゃんは、よくそれぞれの曲を歌ってくれた。
きなちゃんのテーマ曲は、最初の頃の「美少女戦士 セーラームーン」のエンディングテーマ「乙女のポリシー」で、すごくぴったりだと思った。

「わたしって可愛いじゃない? 可愛いって最強だし、女子の特権だし、
すっごく大事なことなのよ。
だから、わたしは、お母さんにもお姉ちゃんにも、いつも可愛くいてね、って言ってるの」
「僕は? 可愛い?」
「スミちゃんは、そうねえ、可愛いよりも、カッコよく、いてほしいかな」
きなちゃんは、ピッと凛々しい、お姫さま気質の猫だった。

僕は走り回って物を落として壊したり、興奮してお母さんの足をかじっては、やめって、って怒られていた。
まおさんは、たまにトイレじゃないところで粗相をして、お母さんを困らせた。
シャ太郎くんに至っては、お母さんの注意をひきたくて、
棚の上の新しいワインの瓶を、わざと落として割って、
床にワインをぶちまけたりしていた。
だけど、きなちゃんは、怒られるようなことは、ただの一度もしなかった。

五月になって、夏の匂いがし始めた頃、きなちゃんは少し元気がなくなった。
「なんだか最近だるいのよね。眼もかすむことが時々あって」
僕は、元気づけたくて、きなちゃんにアログルーミングをした。
その時、きなちゃんの身体に、かさぶたみたいなボツボツがあるのを見つけたんだ。

「ねえ、身体になにかできてるよ? 結構たくさん」
「え? あ、ほんとだ。何これ? 
痛くもかゆくも、なんともないから気が付かなかったわ。
でも、こんなのができちゃったら、可愛さが台無しじゃない、やだあ」

お母さんもお姉ちゃんも、異変に気が付いた。そしてきなちゃんを病院に連れて行った。

早く帰って来ないかな。
あ、帰ってきた。
「お帰り。どうだった? 病院」
「まだよくわからないみたい。血液検査、したよ。結果は一週間後だって。しばらく通うことになりそう。あと、今日は、かさぶたを先生がとってくれて、薬を塗って、様子をみましょうって」
「そうかあ。早くスッキリするといいね」
「うん、ほんとそう。
すみちゃん、ありがとうね。
わたし、なんだか疲れちゃった。少し寝るわね」
そう言ってお気に入りの場所で丸くなるきなちゃんを、まおさんも心配そうに見ていた。

ところが。
かさぶたみたいなボツボツをとったところは、新しい皮膚ができてこなかった。
きなちゃんは、じっとしてることが多くなった。
原因がわからなくて、いろんな検査をしているとかで、三日おきに病院にいっていた。

そしてー。
ようやくわかった原因というのは、とても悲しいものだった。

進行の速い悪性のリンパ腫。余命はあとわずか。
きなちゃんは、静かにそれを受け入れた。

「命あるものは、みんないつかは死んでしまうから。わたしはちよっとそれが早く来てしまったのよね。
だけど、お姉ちゃんの結婚が決まったら、わたしもついて行って、
ずっと一緒に仲良く暮らす、っていう約束は、果たせなくなっちゃう。
それが一番の心残り」

お母さんが、離れて暮らしているお兄ちゃんに伝えると、お兄ちゃんは、
なんでうちの猫たちばっかり、そんなことになるんだよ、って、電話口で泣いた。
お姉ちゃんは、まだきなちゃんはがんばってるんだから、泣くな! きっと大丈夫だから! って、お兄ちゃんを叱咤していた。
ほんとはお姉ちゃんが一番に泣きたかったのに。

きなちゃんに異変が起こって一か月も経たない、五月の終わりの朝。
お姉ちゃんが、きなちゃんを抱いて、二階から降りて来て言った。
「もう、力が入らないみたいで、ベッドから降りたら、登れなくなっちゃって」
「今日、会社休む?」
お母さんが言うと、お姉ちゃんは、
「休んでも、きなは、喜ばないと思うから。だから仕事には行く」
そう言って支度をし、ぐんにゃりしているきなちゃんを撫でながら
「乙女のポリシー」をきなちゃんの耳元でそっと歌って仕事に出かけた。

お母さんはその日の予定をキャンセルして、きなちゃんにブラシをかけて可愛くしてあげていた。
ずっときなちゃんのそばに座っていた。
きなちゃんの声がした。

「スミちゃん、そろそろ時間が来たみたい。
ほんとは、わたしも、シャ太郎くんみたいに誰もいない時に逝こうって思ってたんだけど、お母さん、出かけるのやめちゃったから予定が狂っちゃった。
でも、綺麗にしてもらって、これはこれで良かったかな。
お姉ちゃんが歌ってくれたのも、すごく嬉しかったよ。
スミちゃんとは、あんまり長く一緒にはいられなかったけど、
わたし、スミちゃんのこと大好きよ。
それからまおさん、仔猫の時にここに来てから、ずうっと優しくしてくれて、ありがとう。
まおさんも大好き。
いつかまた、きっとみんなとは逢えるから、それまでいったんお別れね。
さようなら。またね」

夜、仕事から帰ってきたお姉ちゃんは、それまで聞いたことがないような大きな声で泣いた。僕は何も言えなかった。
まおさんも、ただ黙って涙を流していた。

きなちゃんは、八月で七歳になるはずだった。
病気がわかってから一か月も経っていなかった。

お別ればかりが続く。だけど、まだ、これで終わりじゃなかったんだ。

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