見出し画像

【短編猫小説】またね。


生まれた時から、家には猫がいた。わたしは猫たちと一緒に育った。

社会人になってすぐ、通りかかったペットショップで、
飛び跳ねて遊んでいる仔猫に出逢った。

「元気な女の子なんですよ。抱っこしてみます?」
ペットショップの人に、声をかけられ、
抱っこさせてもらったら、くったり身体を預けてくる。
抱っこされながら、わたしの顔をじっと見上げてくる。
小さくて柔らかくて、あったかいかたまり。

どうしても離れがたくて、わたしはその仔猫を家に連れて帰ることにした。
家にいる猫たちは、いや、とにかく猫はみんな、
わたしにとっては、愛しいものなのだけど、
初めてわたし自身が、一緒に暮らしたいと感じた猫だった。
ちな、と名付けた。

ちなは、先住猫ともすぐに仲良くなり、
眠る時は、わたしのベッドに入って、同じ枕に頭をのせて眠った。
わたしがいない時は、母のベッドで眠るらしかったけど、
その時は、足元のほうのお布団の上で寝るのだそうで、
やっぱり一番の仲良しは、わたしなんだと思った。

猫たちも、それぞれ食の好みが違っていて、塩のヤキトリが好きだったり、
お刺身が好きだったり、さまざまだったけど、
ちなは、ふわふわしたスィーツと、高級なハムが好きだった。
家族の誰かが、ハムを食べようとして、冷蔵庫を開ける気配だけで、
二階にいても飛んで降りてくる。
うちでは、ちなを「猫界のマリー・アントワネット」と呼んだ。
わたしって可愛いでしょ?と思っているから
誰かがブサイクなんて言おうものなら、見るからに不機嫌になる。
悲しいこと、嬉しいこと、毎日ちなに聞いてもらいながら、
一緒に眠った。

ちなが五歳になったころ、わたしは、結婚することが決まった。
彼の理解も得て、ちなも一緒に連れていくために
ペット可の物件を探していた。そんな矢先―。

なにか元気がない。
毛に隠れていて、わからなかったけれど、
身体の皮膚にボツボツがいくつもできていて、
かさぶたみたいなものがとれても、皮膚が再生しない。
眼の焦点もどこかずれていて、これは明らかに普通じゃないと思い、
すぐに病院に連れて行った。
原因はなかなかわからず、いくつもの検査を繰り返して
ようやくわかった病名は、悪性のリンパ腫だった。
病気の進行は、とてもとても速かった。
看病も虚しく、それからひと月もしないで、
ちなは、いなくなってしまった。
一緒に歳をとっていこうね、
ずっと仲良くふくふく暮らそうねって約束していたのに。

あの時もっと早く気づいていたら。
こうしていたら。こうしなかったら。
そしたら何かが違っていたかな。

後悔ばかりのわたしに、ある日、ちなからメッセージが届いた。
母の友人のアニマルコミュニケーターの人が、
ちなの言葉を聞きとり、伝えてくれたのだ。

「あの時お店で遊んでるわたしを見つけてくれたでしょ。
目が合った時、わたしも一緒に行きたいって思ったの。
そしたら連れて帰ってくれたでしょ。嬉しかったよ。
毎日がすっごく楽しかったよ。  
短かったけどぎゅぎゅーって大好きがいっぱいつまった、
しあわせなしあわせな時間だったよ。
だからどうか悲しまないでね。ちなみたいに、可愛くいてね。
可愛いは大事なんだよ。可愛いは最強なんだから。
ほんとにほんとにありがとう。大好き!またね」

またね? いつかわたしが死んだら
向こうの世界でまた逢えるっていうことなのかな。

縁があってまた、わたしは猫と暮らし始めたけど、
その子は。威勢の良い庶民的な町娘のような子で、
ちなとは全く違うタイプだった。

そして数年後―。
わたしには女の子が生まれた。
「ママー、わたしって可愛いでしょ?」
「ねえ、ふわふわした甘いお菓子食べたい、これ買って」
「このハムは、やだ!もっとおいしいのがいい」
「ママー、大好き!」
ああ、ちなちゃん。
「またね」ってこういうことだったんだね。

*アニマルコミュニケーター:動物の気持ちや記憶を、五感で読み取って
              言語に変換して、飼い主に伝える人(仕事)

#猫小説 #短編小説 #猫 #ねこ #猫のいるしあわせ #猫のいる生活 #ちな


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集