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【猫小説】スミオ 11:追いかけた、まおさん


シャ太郎くん、ニンゲンのおとうさん、きなこちゃん。続くお別れ。
そこに、さらに追い打ちをかけるように悲しい試練はやって来た。

本当に信じがたいことだけれど、きなちゃんが亡くなって四日後のこと。
まおさんも亡くなってしまったんだよ。

きなちゃんが病気になってから、思えば、まおさんも元気がなくなっていた。時々吐くこともあったんだけど、歳をとると、そういうことは良くあるので、お母さんは気にしてはいなかった。
だけど、きなちゃんがいなくなったとたん、まおさんはお水も飲まないし、
ご飯も食べなくなった。それなのに吐いてしまう。
お母さんは、まおさんを病院に連れて行った。

「腎臓の数値がとても悪いですね。脱水もひどいです。点滴をして様子を見ましょう。できれば毎日続けた方が良いのですが、入院しますか? 
それとも、朝連れてきてもらって、お迎えに来てもらっても構いませんよ」

お母さんは、明日からは、朝連れてきて、夕方お迎えに来ます、と言った。

帰って来た、まおさんは、フクロウのようにふくらんで、目を閉じてじっとしていた。

「大丈夫? どこか痛いの?」
僕が聞くとまおさんは、ふくらんだまま言った。

「いや、痛くはないよ。
でもなあ、わしももう、みんなのところに行こうと思うよ。
わしがこの家に来た時、今のわしみたいなおじいちゃんの猫がいてな。
優しい猫だった。
それから、シャ太郎が来て、オス三匹で仲良く暮らした。
おじいちゃん猫が死んでしまった時は、後ろ盾がなくなったようで、
とても悲しかったよ。それから、きなちゃんが来て、こなす姐さんが来て。こなす姐さんは、外に行ってしまった。そしてスミオ、お前が来たんだ」

「こなす姐さんのことは、前にシャ太郎くんから聞いたよ」

「こなす姐さんにとっては、それが最善だった、というのはわかっているが、残された方にしてみれば、やっぱりどんな理由があっても寂しいもんだ
よ。それなのに、頼りにしていたシャ太郎も、あんなに可愛かったきなちゃんも、わしより先に死んでしまって……」

まおさんは眼にいっぱい涙を溜めて、言葉を詰まらせた。

僕は言った。
「僕がいるよ」

「そうだ。だからスミオ、お前には、あとのことを頼みたいんだ。元気なお前なら、きっとお母さんを支えることができる」
「そんなこと言わないで! 僕と一緒に支えて行こうよ!」
「それは……。できん。わしは、みんなを追いかけて行きたいんだ。
わしも向こうに行って、みんなに逢いたいんだよ。
この老いぼれの願いを、スミオ、どうかわかってくれ」

声を絞り出すまおさんに、それ以上、何も言うことはできなかった。
だけど、これだけは言っておきたかった。

「まおさんに、いっぱいちょっかいを出してごめんね。僕、遊びたくて……」
「わしにだって仔猫の時はあったからな、わかっているよ。でも、歳をとると、いろんな物事に対しての許容範囲が、どうしても狭まってしまってな。わしの方こそ、遊んでやれなくてごめんよ」

僕は、まおさんに、ぎゅうっとくっついた。
まおさんは、もう逃げずにじっと受け止めてくれた。

次の日。
その日はきなちゃんが亡くなってから四日目だった。

まおさんは、朝、病院に行き、点滴をしてもらっている間に、病院で息を引き取った。

まおさんをお迎えに行ったお母さんは、泣き腫らした眼をして帰ってくると、僕を抱きしめて言った。
「どうして? どうしてまおちゃんまで、こんなふうに死んじゃったんだろう。もしかしてずっと具合が悪かったのかな。
まおちゃんは、おとなしかったから、なんでも後回しにしちゃってた。
あの時もっと気にかけて見ていたら。あの時気づいていれば。そんなことばっかり思っちゃう。
お別れのあとは、いつもそんな気持ちになって、たまらなくなるけど、
まおちゃんには特に、そんな『たられば』が、多かった気がして、
もっともっとたまらなくなるよ」

僕は、抱っこされながらお母さんの顔を見上げて言った。

「お母さん? 
まおちゃんはね、みんなに逢いたいから、追いかけて行くって言ってたよ。だから、お母さんのせいじゃない」

お母さんは、ハッとした。

「僕の声、聞こえたんだね?」
「スミちゃん、聞こえたよ。聞こえた。そうなんだね。まおちゃん、追いかけたんだね。
まおちゃんは、みんなのこと、お見送りばかりして、きっと辛かったよね。だから追いかけて行きたかったんだね」
「そうだよ。今ごろ、みんなと逢って、宴会してるはずだよ」
「だったら、良かったって思わなくちゃいけないね。
悲しがってたら、みんなに余計に心配かけちゃうもんね」

それぞれが、それぞれのお別れを選んで決めたこと。
それぞれにとっては、良かったことなのかもしれない。
だけど、まおさんが言ったあの言葉。

「残された方にしてみれば、やっぱりどんな理由があっても寂しい」

僕も本当にそう思う。そういうものなんだと思う。

ニンゲンが三人と猫が四匹。それが僕が来た時の家族全員。
でも今は、お母さんとお姉ちゃん、僕だけになってしまった。
そして、お姉ちゃんは、もうすぐお嫁に行ってしまう。

僕とお母さん、一人と一匹の暮らしが始まろうとしていた。

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