
【猫小説】スミオ 4:シャ太郎くん

シャ太郎くんは、少しは遊んでくれるけど、
遊べない時は、ついっと僕から逃げて、高いところに行った。
でも僕が、おとなしく隣りに行くと、
必ず、少しずれて僕の居場所を作ってくれた。
二匹でくっついて並ぶと、いつもシャ太郎くんは、静かに話をしてくれる。ニンゲンの家族のこととか、僕が来る前にいた猫のこと。
まおさん、きなちゃんのこと。
シャ太郎くんは、お母さんが大好きだと言った。
お母さんが猫だったら、結婚したいくらい好きなんだと言っていた。シャ太郎くんの声は落ち着いていて、聞いていると、いい気持ちになった。
ある日シャ太郎くんは、お前に話しておくことがある、と言った。
「俺さ、病気なんだよね。癌なんだ。
腺癌。病気がわかってから三年経つよ、手術も二回した」
「えー! 手術もしたの? 二回も? 痛かった?
病気だなんて全然わからなかったよ、シャ太郎くん、全然普通だもん」
「ほらここ。左っかわの耳の後ろ。腫れてるだろ? わかる?
手術したのに、また腫れてきてんだ。
手術は麻酔かけるからさ、痛くないんだけど、傷が治るまでは
ちょっと痛かったな」
「お母さんが朝と夕方に、何か小さい粒をシャ太郎くんに飲ませてるやつ、じゃあ、あれは薬なんだね。手術もしたし、薬飲んでたら治る?」
「そうそう、あれは抗がん剤。新しく出た薬だとかで、
今のところ俺には効いてるらしいぜ。
だけどなあ……。腺癌ていうのはさ、治らないんだ」
「治らないの⁈ どうして!」
「雑草が生えてる時に抜くとするだろ?
でも根っこまでは抜けなくて、根っこは地面の中に残ってる。
だからまた草が生える。
それと同じように、
手術しても根っこまでは取り切れないから、また、なっちゃうんだよ。
ほんとは三か月くらいで再発して
そのまま弱っていくケースがほとんどみたいなんだけど、
俺はほら、もう三年、こうして生きてるわけ。
病院の先生も、シャ太郎くんはすごいね、ミラクルキャットだって、
いつも褒めてくれてんだ。俺ってすげーだろ。」
「うん! すごいよ!」
シャ太郎くんは、いつも明るくて、
お母さんともよくおしゃべりをしている。
お母さんが何か言うと、ちゃんと返事をしたり、自分からも話しかけて、
二人で笑っている。
とてもフレンドリーで、誰かお客様が来たときは、面白い挨拶をしたり、
ヘソ天をして見せたりして、場を明るくする、まさしくムードメーカーだ。
僕が興奮してまおさんにちょっかいを出し始めると、
それとなく間に入って気をそらせてくれたりもする。
まさか病気だなんて思いもしなかった。
「それでさ、お前に頼みがあるんだけど。
俺は多分、あとしばらくしたら死ぬんだ。これはもう変えられない。
そうしたら、お母さんは、きっと、すごく悲しいと思うはずなんだ。
だからお前はさ、お母さんと話したり笑わせたり、
ほかのみんなのことも考えて、俺みたいになるんだぜ」
「僕になれるかな……」
「なれるよ。っていうかお前じゃなきゃだめなんだ。
猫テレパシーで情報集めて、お前のこと探したんだからさ。
お前なら、スミオなら、っていうんで、みんなで気持ちを送って、
お前をこの家に引っ張ったんだから」
「そうだったの……。だから僕、この家に来られたのか……。
わかった。僕、できるかわからないけど、やってみるよ」
そうは言ったものの、僕の「血気盛ん発作」は、すぐには止まなかった。
でも、それでも、少しずつ、僕は成長していたと思う。
反対にシャ太郎くんは、少しずつ弱っていった。
手術は、もうできなかった。
そのうち耳の後ろの腫れものが破れてしまった。
でも、皮膚は再生しない。
お母さんは、毎日消毒をして傷口を綺麗にし、
病院でもらってきた、剥がしても毛が抜けない、
動物用の特別なテープを巻いて、傷口を保護した。
頭にぐるっとテープを巻かれたシャ太郎くんは、
「かっこいいだろ?」と笑っていた。
シャ太郎くんは、だんだんとごはんが食べられなくなった。
まずカリカリごはんが食べられなくなった。
お母さんは、少しでもシャ太郎くんが食べられるようにと。
いろんなものを買ってきた。
おいしそうな猫缶とか、ニンゲンのツナ缶とか、
栄養ドリンクみたいなちゅ~るとか。
だけどそれも、すぐにほんの少ししか食べられなくなった。
お母さんがごはんを食べる時、シャ太郎くんを呼ぶ。
「シャ太、一緒にごはんたべよう」
シャ太郎くんは、お母さんの前にお行儀よく座る。
お母さんが自分のお刺身を、小さく切って小皿に取り分けて、
シャ太郎くんの前に置くと、
シャ太郎くんは、おいしそうに少しだけ食べた。
「お刺身食べられたね、良かった」
お母さんが笑う。
「明日もおいしいもの、買ってくるから、また一緒に食べようね」
僕は、見ていることしかできなかったけど、
シャ太郎くんがごはんを食べたら、元気になるんじゃないか、と思って
嬉しかった。
まおさんも、きなちゃんも、僕も、たくさん応援の気持ちを送り続けた。
それからしばらくしてー。
シャ太郎くんはー。
本当に死んでしまった。
「しっかりしろ、シャ太郎!」
「そうよ、起きなきゃだめ!」
「やだよう、死なないでよう、置いてかないでよう」
みんなで泣きながら止めたけど、だめだった。
その時が来たのは、お母さんが出かけていて、留守の時だった。
帰って来て、倒れているシャ太郎くんを見つけたお母さんは、
まだあったかい、留守の間にひとりで逝かせてしまった、と、
ものすごく泣いた。
でもね、お母さん、違うよ。
シャ太郎くんは、お母さんのいない時に逝くことを、
自分で選んだんだよ。
その時の姿をお母さんに見せたくないから、って。
それにね、僕たちが一緒にいたから、ひとりなんかじゃなかったよ。
だから自分を責めたらだめだよ。
「スミオ、みんなのこと、頼んだぜ。お前なら大丈夫だ」
シャ太郎くんが僕に遺してくれた最後の言葉だった。
余命三か月と言われてから三年半が経っていた。
シャ太郎くんは、僕のお兄ちゃんになってくれた。
僕が尊敬する、すごくカッコいい自慢のお兄ちゃんなんだ。
#小説 #猫小説 #猫 #ねこ #猫のいるしあわせ #猫のいる生活 #スミオ #シャ太郎