死亡逸失利益の定期金賠償のお話

前置き 

 先日、交通事故の後遺障害逸失利益の賠償について、定期金賠償が認められた例を記事にしました。今日は、それに関連して、事故で亡くなった方の損害として挙げられる死亡逸失利益について少しご紹介します。
 先に結論的なことを書いておきますが、おそらく死亡逸失利益については定期金賠償は認められません
 その上で、過去に公刊物で1例だけ認められた死亡逸失利益の定期金賠償の事例を最後に触れます。

死亡逸失利益とは

 事故により将来生じる損害の賠償という点でよく上げられるものとして、後遺障害の逸失利益(後遺障害を負ったことで将来働けなくなった分の利益)、将来介護費用(事故により介護が必要な状態になった場合に将来にわたって必要となる介護費用)の他に、死亡逸失利益というものがあります。 

 死亡逸失利益とは、事故によって亡くなってしまった方が、生きていれば働くなどして得られたであろう利益を損害とするものです。

 理屈としては、後遺障害逸失利益と同種のものですが、大きく違うのは、被害にあった方は既に亡くなられていることです。
 事故の後、生きていく中で状況が日々変化していく後遺障害の方と異なり、事故後、亡くなった方自身が変わることはありません。

死亡逸失利益の定期金賠償の可否(否定)

 後遺障害逸失利益については定期金賠償の可能性がありますが、死亡逸失利益については基本的に定期金賠償は認められないと思われます。
 定期金賠償というもの自体については、先日の記事を参照いただきたいと思います。

 後遺障害逸失利益の定期金賠償が認められる根拠は、被害者が被った不利益の補償(被害回復)損害の公平な分担という不法行為における損害賠償制度の目的と理念にあります(最判令和2年7月9日)。
 後遺障害の場合には、被害者が後遺障害を抱えながら日々生きていく中で発生する損害について、その都度補償を受けながら、その損害の多寡が変化すればそれを判決の変更手続き(民事訴訟法117条)によって是正するということが被害回復という目的や損害の公平な分担という理念に妥当な場合が認められうるところです。

 しかし、死亡事故の場合、遺族に損害の賠償がなされても被害者が還ってくることはありません。
 逸失利益は将来得られたであろう利益の賠償ですから、被害者が生きていたら日々得られたであろうその時その時の稼働の成果です。
 しかし、被害者が生きてその時を過ごすことはありません。被害が現実化するたびに被害者に補償を行い、被害者の生活を支えるという可能性がないのです。

 そうすると、定期金賠償を考えるにあたって、被害回復という側面は乏しく、損害の公平な分担を考えても、損害に変化の余地がなく金額が決まっているのであれば、定期金賠償をあえて選択するメリットはありません。

 定期金賠償を受ける場合は中間利息控除(将来払われるものを早く受け取る代わりに差し引かれる利息)がないので受取総額が大きくなるという違いはあり、現実にはこれは非常に大きな差があります
 ただ、法制度上は、それは等価値という前提で整理されています
 将来の損害を現在の価値に引き直しただけで、損害の大きさとしては同じというのが制度設計です

 そうすると、先日あれこれあげたデメリットを踏まえて、紛争の一回的解決を犠牲にしてもなお死亡逸失利益について定期金賠償を選択すべき事例というのはほとんどない。というのが通常の整理になるかと思います。

 補足意見ですが、上記最高裁判決でも、後遺障害を負った被害者が途中で死亡した場合は一括支払いに変更する判決変更の訴えができることを示唆しています。また、その補足意見において、中間利息控除はあくまで損害賠償額の等価性を保つための擬制的手法であり、このことを考慮要素として重視することは相当ではないとしています。

死亡逸失利益の定期金賠償が認められた事例

 その上で、公刊物で過去唯一死亡逸失利益の定期金賠償が認められた事例をご紹介します。東京地方裁判所平成15年7月24日判決(交民36巻4号948頁)です。裁判所ウェブサイトにも載っています
 「東名高速飲酒運転事故」と呼ばれる事故です。ウィキペディア等でも概要はすぐに分かりますが、危険運転致死傷罪制定の契機となった事件です。

 本当は事故の概要や被害内容も少し触れようと思ったのですが、改めて判決文を読んでいて、とても書く気になれなくなってしまいました。すみません。ご興味ある方は裁判所ウェブサイトでご確認ください。ただ、非常にしんどい内容ですのでお気を付けください。

 端的に書くと、常習で飲酒運転していた輸送トラックに追突された車が炎上し、当時1歳と3歳の乳幼児が焼死した事故です。事故は1999年発生、刑事事件の判決は地裁判決が2000年、高裁判決が2001年にあり、実刑4年となっています。

 この裁判で、ご遺族は、被害者の死亡逸失利益について、一定年数の間は定期金賠償方式、その後に一括賠償方式とすることを求め、裁判所も認定、被告側が控訴しませんでしたので確定しています。
 定期金賠償の支払い日は死亡日、つまり命日に支払いを求めるものとなっています。

 このときの東京地裁の判断は、理論上、逸失利益が将来発生の損害である点で後遺障害逸失利益や将来介護費用と同種であることから定期金賠償の可能性があること、実質的な考慮として中間利息控除による支払総額が大きく違うことを指摘しています。
 ただ、中間利息控除による支払総額の多寡を主たる理由に定期金賠償を認めるのは、上記最高裁判決(とその補足意見)からは今後難しいと思います。

 この裁判例の価値としては、丁寧な事実主張に基づいて事実認定を行い、被害額を認定しているところと思います。そのため、判決文を読めば、(おそらく刑事記録に基づいた)かなり詳細な事故前後の経緯が分かるようになっています。
 判決文やご遺族の手記を見る限り、裁判所の姿勢が完全に公平無私なものだったかは少し脇に置く必要があるようにも思えますが、許容される範囲だとは思います。

 昨今の厳しすぎると思われる飲酒運転の規制や、被害が小さい(無い)飲酒運転事案の刑事事件の処分の重さを疑問視する声もあります。
 ただ、高速移動する凶器を飲酒運転するということが、どれほどの危険を孕んでいるかが現実化したこの事故の判決を読んでもなお、飲酒運転狩りが不当に厳しいものだといえるかどうか、少し考えてみるべきではないかと思います。

以上