知っているとドヤれるかもしれない法令トリビア(2020年版)
このエントリは、菱田昌義先生から(ちょいちょい煽られつつ)バトンを受け継ぎ、「法務系Advent Calender 2020」の19日目の記事として書かせていただきます。表・裏ともに、今年も個性あふれる濃厚なエントリばかりで楽しませていただいています!
(表)https://adventar.org/calendars/4958
(裏)https://adventar.org/calendars/5012
はじめに (いいわけ)
昨年の法務系Advent Calenderでは、SmartRoppoという自作の法令リサーチツールの発表をさせていただきました。
法律実務家やエンジニアの方々からは多くのポジティブな反応をいただき、とても励みになりました。いま自分で見てみても、完全にゼロの状態からよくここまで形にしたなあと思います(何目線)。ただ、処理速度や自動レファレンス機能のカバー範囲・精度の面で大きな課題があり、実務での使用に耐えうるものとは言えませんでした。
そこで、今年の夏ぐらいからぼちぼちとリニューアル作業を開始し、全体の設計や法令データの解析アルゴリズムを抜本的に見直しました。試行錯誤を繰り返した結果、バックの処理はなかなかいい感じに仕上がってきており、たとえば自動レファレンス機能に関しては、順参照・逆参照を問わず、概ね95〜97%くらいの精度を達成できています。
本来は、最初の発表から1年後にあたるこのエントリで、SmartRoppo ver.2 をお披露目しようと考えていたのですが、フロント側の実装が間に合わず、泣く泣く断念しました。本業の合間を縫って細々とコーディングしているため、スケジュールはどうしても遅れ気味になってしまいますね。。
というわけで書くネタがなくなってしまったのですが、先日書いた記事に思った以上の反響があったこともあり、せっかくなので、法令データをいじくり回している中で得た豆知識をいくつかご紹介したいと思います。
皆様のエントリにインスパイアされ、私もエモい感じの話を書きたい衝動に駆られもしたのですが、それはまた、別の機会にしたいと思います。
あらかじめ項目を列挙しておきます。
1.条文の数が最も多い法令は?
2.条文の数も少ない法令は?
3.文字数が最も多い条文は?
4.文字数が最も少ない条文は?
5.かっこのネストはどこまで深くなるか?
6.条文の枝番号はどこまで深くなるか?
7.「号」以下の細分化はどこまで深くなるか?
8.構造的に最も複雑・難解な条文は?
1.条文の数が最も多い法令は?
まず、条文の数が最も多い法令は何でしょうか。
単純に考えると、各法令の最後にある条文の条文番号を比較していけばいい気もします。しかし、枝番号(第〇条の〇)が存在する法令については、枝番号の条文を独立した1個の条文としてカウントする必要があるので、そうもいきません。枝番号については、白石先生の下記エントリが大変分かりやすいです。
例えば、金商法の場合、本則の最後の条文は「第226条」ですが、途中に多数の枝番号が登場するので、条文数としては1068個もあります。
以上を前提に、附則は含めずに本則のみの条文数を比較すると、最も条文数が多いのは「地方税法」で、条文数は1654個(本則の最後の条文は「第803条」)でした。ちなみに、条文番号として一番数字が大きなものは、民法の「第1050条」でした。
2.条文の数が最も少ない法令は?
次に、条文の数が最も少ない法令ですが、本則の条文が一つしかない法令は実は多数あります。代表的なものとして「失火責任法」や「元号法」などが挙げられます。
なお、このように条文が一つしかない法令については、「条」という単位は設けず、「項」のみとするのが法制執務上の慣例とされています(外山秀行著『法令実務基礎講座』(同文舘出版・2017年)129頁)。
【余談:文字化けっぽい法令名】
条文数が比較的少ない法律(6条)として「臘虎膃肭獣猟獲取締法」が挙げられます。最初に見たときは文字化けかと思ったのですが、これが正式名称で、「らっこおっとつじゅうりょうかくとりしまりほう」と読むそうです。膃肭獣というのはオットセイのことらしいです。
3.文字数が最も多い条文は?
次に、文字数が最も多い条文を調べてみます。
法律に限定すると、「租税特別措置法」70条の7が最も長いようです。長すぎるので引用はしませんが、約27,000字(!)もあります。
法律以外の政省令を含めると、「普通交付税に関する省令」12条が最も長いようで、約170,000字(!)でした。条文中に出てくる表が長さの原因と思われますが、それにしても長い。長すぎる。税法おそるべし。
なお、今回の調査では単純に条文の文字数をカウントしただけで、条文中に出てくる定義語の中身や参照先の条文の文字数はカウントしていません。これらを考慮した文字数(=その条文が持っている実質的な情報量)を算出してみると、また結果が変わってくるかもしれません。
4.文字数が最も少ない条文は?
会社法3条の「会社は、法人とする。」が10文字で最も短いようです。司法試験受験生の頃から「これ以上短い条文はないのでは?」と思ってはいたのですが、やっぱりそうでしたね。
なお、以下のとおり、文字数が10の条文は他にもいくつか存在するのですが、会社法とほぼ同じような規定ぶりになっています。
・ 健康保険法7条の3「協会は、法人とする。」
・ 土地区画整理法22条「組合は、法人とする。」
・ 保険業法261条「機構は、法人とする。」 など
5.かっこのネストはどこまで深くなるか?
会社法や金商法などを読んでいると、条文中にかっこ書きがあり、そのかっこ書きの中にさらにかっこ書きが登場することがあります。こうしたかっこの入れ子構造(ネスト)はどこまで深くなるのでしょうか。
私自身が実務で出会ったものとしては、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」12条5項に出てくる四重かっこが最もネストが深いものでした。といっても、それぞれのかっこ内の文字列が比較的短く、かつ、内容的にも「〜を除く」といった逆接系ではないので、それほど読みにくくはないですね。
しかし、改めて調べて見ると、「普通交付税に関する省令」12条5項(さっきも出てきましたね)の表中で五重かっこ(!)が4箇所登場するようです。鬼のように読みにくいので引用はしませんが、六重以上のかっこは存在しないようなので、これが最深と思われます。
【余談:法令データのバグ?】
本エントリの調査ではe-Govで公開されている法令データ(XML形式)を使用しています。法令データで用いられる英数字・記号は基本的に全角で統一されていますが、ごくまれに半角かっこが混じっていてバグが出ることがあります。また、かっこの一方が重複して存在するケースなども見られます。こうした細かい誤記が、もともとの法文の誤りによるものなのか、データ化の際のミスなのかは分かりませんが、プログラムで処理する際には正規化などの対応が必要になります。
6.条文の枝番号はどこまで深くなるか?
上記1で触れた枝番号(第〇条の〇)ですが、たとえば「第〇条の〇の〇」といったように、枝番号にさらに枝番号が付される場合があります。こうした枝番号のネストはどこまで深くなるのでしょうか。
調べてみると、「第〇条の〇の〇の〇」まで存在するようで、たとえば「金融商品取引法施行令」や「銀行法施行規則」などで登場します。
7.「号」以下の細分化はどこまで深くなるか?
ご存じのとおり、条文の構造は「条」「項」「号」「イ・ロ・ハ…」と細分化されていきます。この細分化がどこまで深くなるかですが、条文の本文(別表を除く)としては、「輸出貿易管理令別表第一及び外国為替令別表の規定に基づき貨物又は技術を定める省令」9条1号が最も深いようです。以下のような構造になっています。
この一番深い部分を参照する場合は、「第9条第1号イ(一)2一二(一)」みたいな表記になるのでしょうか。。
第九条 ・・・
一 ・・・
イ ・・・
(一)・・・
1 ・・・
(略)
2 ・・・
一 ・・・
二 ・・・
イ ・・・
(略)
ニ ・・・
(一) センサーの動作
(二) 走査に用いる音波の状態
(三) センサーが感知する音波の速度
なお、別表も含めて探索すると、「関税定率法」に上記よりもさらに3段階深い細分化が登場するようです。
【余談:記号の表記ゆれ】
「号」以下の細分化の際に用いられる記号は、その階層ごとに
❶ イロハ…
❷ (1)(2)(3)…
❸ (i)(ii)(iii)…
❹ (a)(b)(c)…
の順で用いられるケースが多いですが、比較的古い法令では❷に「(一)(二)(三)...」が用いられたり、❸に「(イ)(ロ)(ハ)…」が用いられたりするケースなども見られ、必ずしも統一されていないようです。
8.構造的に最も複雑・難解な条文は?
さて、最後に、私の独断の偏見で、構造的に最も複雑・難解だと思われる条文の一つをご紹介します。「租税特別措置法施行令」附則(平成13年3月30日政令第141号)第16条第2項です。
平文ではまず間違いなく読めないので、装飾を施した条文を引用します。下線部分がご紹介したい部分です。
大きな構造をとると、「改正法附則21条4項中、●●とあるのは●●とする」といういわゆる「読替え規定」になっています。読替え規定が出てくるとプログラムによる解析の難易度は上がるのですが、これを人間の目でパッと見る限りは、文字数も少ないですし、普通に読めそうな気がします。
ではどこが複雑なのかというと、読替え後の内容(青色かっこ内)をよく読んでみてください。その内容が読替え規定(オレンジかっこ内)になっていることが分かりますでしょうか。つまり、ここで何が行われているかというと、読替え規定の中でさらに読替えを行うというネスト構造になっており、いわば「読替えの読替え」が行われているわけです。
そして、「読替えの読替え」によって読み替えられるのは(旧)租税特措法の施行令ですので、読替え後の施行令の条文がリファーされた(旧)租税特措法の規定まで遡らなければ、これらの規定群が定めるルールの全体像は見えないということになります。さすがに複雑すぎませんかね。。
こうした「読替えの読替え」を行う必要性は論理的にはないはず(元の条文を直接読み替えればよいだけ)で、なぜこのような規定方式を採ったのかは謎なのですが、期間限定の経過措置だからというのが一つの説明にはなりうるのかもしれません。
あと、全然関係ないですが、途中で出てくる
「とあるのは、」とあるのは「とあるのは」と、
のところなんか、もうええかげんにせえよという感じがしますね。。
なお、ここでの着眼点は「構造的な」複雑・難解さなので、「意味的な」複雑・難解さはまた別の問題です。とはいえ、上記の条文は意味的にも相当に複雑・難解な気がします。
おわりに
以上、特に何の役にも立たない法令トリビアをご紹介させていただきました(間違っていたらすみません)。
法令トリビアをもっと知りたいという奇特な方は、参議院法制局HPの「法律の[窓]」をご覧いただくと新たな発見があるかもしれません。
また、トリビアの域を超えた、法制執務のディープな世界を知りたい方は、法制執務研究会編『ワークブック法制執務〔第2版〕』(ぎょうせい・2018年)のほか、金融法務事情で高橋康文先生が連載されている「法令執務雑記帳」を読まれると面白いかもしれません。
より実践的な条文の読み方という意味では、西村美智子=中島礼子著『そうだったのか!税法条文の読み方』(中央経済社・2013年)がおすすめです。税法に限らず、複雑な法令一般に使えるテクニックが紹介されています。
なお、本来ここでお披露目する予定であった SmartRoppo については、来年の1月〜2月のリリースを目標に鋭意開発を進めていきます。リリースされましたら、是非一度使ってみていただると嬉しいです。
また、しばらく更新が滞っている「基礎から分かるファイナンス法」も年明けくらいからぼちぼち再開しようと思っています!
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以上、長々とお付き合いいただきありがとうございました!
次は msut1076 さんです!よろしくお願いします!