基礎から分かるファイナンス法①~はじめに
唐突ですが、「基礎から分かるファイナンス法」というテーマで、不定期で(←これ重要)記事を書いていこうと思います。コンセプトは、いくつかの代表的なファイナンスのスキームを取り上げ、その背後にある考え方を法的な観点から解説してみる、というものです。
1.なぜ書こうと思ったのか:ファイナンス案件との出会いと苦悩
私の弁護士としてのキャリアは、ある企業のインハウスから始まりました。
入社初日はオリエンテーション的なもので、実質的な業務を開始したのは二日目からでした。朝出勤すると早速マネージャーから声をかけられ、「午後に打ち合わせがあるから、それまでに目を通しておいて」と、紙の束を渡されました。それは、100ページを優に超える契約書のドラフト、それも、国内案件でこれを超えるものは(少なくとも当時は)ほぼないであろうという規模のファイナンス案件に関するものでした。
いきなりすぎて面食らいつつも、「そういう会社だからこそ自分は入社を決めたはずだ。やったるぞ…!」と意気込み、その契約書を読み始めました。しかし、これが全く理解できない。幸いにも和文の契約書なので、読むことはできます。時間をかけて文章を追っていけば、何が書かれているのかをなんとなく認識することはできます。誤字や「てにをは」レベルの些末なミスに気づくこともあったでしょう。けれども、「なぜこの条項が必要なのか(ないとどうなるのか)」「この条項は取引全体の中でどういう意味を持つのか」「交渉のポイントになりそうな点はどこか」といった本質的なことはさっぱり分からず、ただ契約書の字面を追っているだけでした。文字通り、「砂を噛む」ような感覚です。
その後の打ち合わせでの議論も、「コベナンツ」「プロラタ」「パリパス」「ネガプレ」「レバレッジレシオ」「LTV」「トランシェ」「マンプリ」「クロスデフォルト」など、意味不明な用語のオンパレードで、何の話をしているのかさっぱり分かりません。
これが、私のファイナンス案件(というか企業法務の世界)との出会いでした。日本語の、しかも、自分がこれまで一生懸命勉強してきたはずの法律に関するトピックであるにもかかわらず、書いてある内容・話している内容が分からない。これはけっこう強烈な体験で、今でも少しトラウマになっています。ただ、それと同時に、ロジックに一分の隙もなく、プログラムのような精緻さをもって綴られたファイナンスの契約書は、一種の芸術作品のようでもあり、素直に「ああ、面白いな」と思いました。そして、「1年後には、この種の契約条項やそれに関する議論を、その趣旨や背景も含めて理解・説明できるようになろう」という密かな目標を立てたのでした。
それから、日々の業務に振り回されながら、ファイナンス関係の本を読みあさる日々が始まりました。入社したタイミングが(今思うと)よかったのか、短期間のうちに、大規模かつ多様なファイナンス案件に関わる機会に恵まれました。一例を挙げると、シンジケートローン、国内社債、外債、ハイブリッド債、クロスボーダーのプロジェクトファイナンス、マージンローン、ファイナンスと紐付いたM&A、投資側でのスタートアップファイナンスなどです(*1)。
ただ、個々の案件は、私が理解できているかどうかとは関係なく、大企業とは思えないスピード感で進んでいきます。全てが初めての経験である中、リアルタイムで完全に理解してついて行くことは困難を極めます。そこで、私は、与えられたタスクはこなしつつ、会議等で理解できなかった論点や用語をメモしておき、後で調べたり質問したりしてキャッチアップしていくという作戦をとりました。案件の規模に比して社内の実働部隊は少数で、財務メンバーとの距離が近かったため、彼らの問題意識を身近で感じられたのはラッキーでした。また、個々の案件が会社の経営戦略上どう位置づけられるのか、経営上絶対に譲れない点はどこなのか、といったウェットな情報に触れられたのも、インハウスならではの環境だったと思います。
こうして悪戦苦闘を繰り返す中、弁護士になって2年目の後半くらいから、個々の知識や経験が、少しずつ、つながってくるような感覚を得るようになりました。これまで分からなかったことが、「あのとき議論していたあれはこういうことだったんだな」「あのスキームの肝はここで、だから契約書はこうなっているんだな」などと「腹落ち」するようになりました。最初は何も理解できなかった、砂を噛むような契約書の文言が、これまで学んできた民法や会社法などの知識と有機的につながって、立体的に見えるようになってきたのです。
その後、より広く金融・ファイナンス分野に触れたいという思いから、縁あって、金融法務を中心に取り扱う法律事務所に移籍しました。それまで扱ったことのなかった、銀行取引、信託、投資信託、証券化・流動化、アセットマネジメント、デリバティブ、投資ファンド、暗号資産、フィンテックなどに関する案件を広く浅く経験させていただき(*2)、今に至っています。
さて、前置きが異様に長くなりましたが(すみません)、この記事を書こうと思った第1の理由は、要するに、ファイナンス案件と悪戦苦闘してきた自分自身の経験から、「もっと早く知っておきたかった!」という知識や考え方を、自分なりの視点で、これからファイナンス法に携わる方・携わりたい方にお伝えしたいと思ったからです。
一般に、ファイナンスの分野は、企業法務の中でもとっつきにくい分野だと思います。取引自体が複雑化・高度化しており、民商法の理解は当然として、各種ビークルに関する法律や各種業法のほか、税務、会計、ファイナンス理論そのものに対する広汎な知識や経験が必要になるためです。ただ、その一方で、取引類型によっては、実務上スキームがほぼ確立しているものも見られ、そうした取引類型については、ややもすれば、(誰もわざわざ新参者に教えないので)確立したスキームを所与の前提として、ある意味で思考停止して、「そもそもなぜそういうスキームになっているのか」という根本的な理解を欠いたまま、「なんとなく」契約書をレビューするという状態に陥りがちな面もあるように思います。
そこで、いくつかの代表的なファイナンスのスキームを取り上げ、その背後にある根本的な考え方(=なぜそうなっているのか)を、かつて何も分からなかった自分の経験や視点も踏まえて、解きほぐしてみたい。そういう記事を書ければと思っています。
そして、第2の理由は、アウトプットすることを通じて、自分が何をどこまで理解しているか・書けるかを確認したいというものです。ちょうど弁護士になってから丸5年が経過しましたので、一種の節目として、これまでの実務経験で得た知識や感覚を言語化してみたいと思っています。案外、書けるかもしれませんし、案外、書けないかもしれません。それはやってみないと分からないので、とりあえず、やってみることにします。
2.読んで欲しい人
■ これからファイナンス案件に携わる/携わりたい人
■ ファイナンス案件に携わっているが、いまいち面白さが分からない人
■ ファイナンス案件に携わっているが、基本的なスキームの理解等に不安がある人
■ ファイナンスに関する法律やスキームに興味のある人
■ めちゃくちゃヒマな人
3.書きたいこと
冒頭でも述べたとおり、この記事のコンセプトは、いくつかの代表的なファイナンスのスキームを取り上げ、その背後にある「考え方」を法的な観点から解説してみる、というものです。タイトルのとおり、「ファイナンス法」を対象としています。
「ファイナンス法」という言葉は確立された用語ではありませんが(*3)、この記事では、「何らかの仕組み(=スキーム)を用いた企業の資金調達手法に関する法務」くらいの意味で用いています。したがって、預金・為替・貸出・担保・保証・回収といった体系で語られるいわゆる銀行取引(*4)や、それらのアンバンドリング・デジタライゼーションとしてのフィンテックに関する法務については、この記事では扱わないことにします(私自身が得意なのはむしろこっち方面なのですが)。
具体的には、以下のトピックについて書きたいと思っています(第3回以降は順不同)。あくまで現時点の思いつきなので、能力不足その他の理由により変更するかもしれません。なお、今回は文字ばかりですが、次回以降は図表などを多用して、ビジュアル的な分かりやすさも追及していきたいと思います。
■ コーポレート・ファイナンスの基礎知識(第2回)
■ 買収ファイナンス(LBO)
■ 証券化・流動化
■ プロジェクト・ファイナンス
■ ハイブリッド・ファイナンス
■ ベンチャー・ファイナンス
■ 投資ファンド
■ 商事信託
また、この記事では、各取引類型の代表的なスキームにおける「転換の仕組み」(後述)に着目し、その根底にある考え方を解きほぐすことに重点をおきます。そのため、筆者の能力の限界と note という媒体の性格も踏まえ、詳細な契約条項の解説や先端的な論点については割愛します。したがって、網羅的なものではなく、いろいろと荒削りなところはあると思います。そのあたりについては、必要に応じて、定評のある実務書や体系書(記事内でも適宜ご紹介する予定です)で補充していただければと思います。
4.私なりの視点:「転換の仕組み」に着目する
せっかく記事を書くのであれば、既存の実務書や体系書をまとめただけの「あんちょこ」的な内容だと何も面白くありません。とはいえ、かといって、私程度の能力では、既存スキームに代わる革新的なスキームを提案するなどといったことも到底できそうにありません。
ただ、個々の知識自体はコモディティであるとしても、そこに自分なりの視点や切り口を加えて、自分なりの言葉で語るものであれば、そこそこ面白いコンテンツになるのではないかと思っています。
この記事における「私なりの視点・切り口」は、個々のスキームにおける「転換の仕組み」に着目するというものです。
この記事で取り上げる予定の取引類型(前述)にあえて共通点を見出すとすれば、それは、資金提供者と資金需要者の間に別のエンティティ(ビークル)を介在させたり、あるいは、契約に一定のアレンジを加えるといった「仕組み」を用いることで、本来のプレーンな権利義務関係を、関係者の取引目的に沿う形式・内容に「転換」している、という点だと思います。この「転換」は、場合によっては「分離」「交換」「変換」「移転」といった言葉にも置き換えられるかもしれません。
ファイナンスの定義を、「時間軸上においてどの時点でいくらが支払われるかは異なるが、現在価値が同じになるキャッシュフローを、2人もしくはそれ以上の当事者がやり取り(交換)すること」とする見解がありますが(*5)、こうしたキャッシュフローの「交換」も「転換」の一つの側面であると捉えています。
この「転換の仕組み」に着目するという視点・切り口は、四宮先生の『信託法』の一節から着想を得た(≓パクった)ものです。これを読んだときは、ファイナンス法という社会事象を自分の目で認識するための「自前の概念装置」(*6)を獲得したような気がしました。
「信託は、・・・他人に事務処理させるという形で、「形式的な財産権帰属者」=「管理権者」と、「実質的利益享受者」を分裂させながら、利益享受者のために《財産の安全地帯》となることができる。かような信託の特性を利用することによって、信託は、財産権ないし財産権者(財産権者になるべき人を含む)についての状況を――実質的に失うことなくして――財産権者のさまざまな目的追求に応じた形に転換することを、可能にする。信託には、かような転換機能という共通の機能が存するのである・・・。」(四宮和夫著『信託法〔新版〕』(有斐閣・1989年)14頁。太字化は筆者による(以下同じ))
ちなみに、ちょっと脱線しますが、四宮先生は、信託の転換機能に絡めて、以下のように述べています。
「信託は、その目的が不法や不能でないかぎり、どのような目的のためにも設定されることが可能である。したがって、信託の事例は無数にありうるわけで、それを制限するものがあるとすれば、それは、法律家や実務家の想像力の欠如にほかならない。」(同15頁)
「以上のような転換機能は、時として信託をして脱法行為におもむかせる。信託は、英米法で育成せられた trust を継受するものだが、その trust の前身たるユース(use)の歴史が示すように、財産権にまつわる制限や負担を免れるために利用されることが、少なくないのである。むろん、脱法行為は無効としなければならない。ただ、――ユースの歴史がまた示すように――法による制限や負担が新しい社会の合理的要求に適合しなくなった場合には、そのような制限・負担を免れさせるための行為は容認されるに至るのであり、信託は、――転換機能のコロラリーとして――右のような、法を社会に適合させる道具としても機能するのである。」(同35頁)
うーん、シビれますね。水野祐先生(@TasukuMizuno)が提唱されている「リーガルデザイン」の思想(*7)にも通ずるところを感じます。
一見もっともらしく見えるルールの適用関係を、何からの法的な仕組みによって、あるいは、法律家の柔軟な想像力によって、別の法的構成に「転換」するという考え方は、ファイナンス以外の分野でも、さまざまな局面で必要とされます。新たなテクノロジーやビジネスモデルが先行し、「法の遅れ」が顕著になってきた昨今では、そうした「転換」の発想は、もはや法律家として必須のスキルであるようにも思われます。
この記事のテーマはファイナンス法ですが、個々の記事の内容を通じて、上記のような考え方の一端にも触れられればと思っています。
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以上、長々と意気込みを書いてはみたものの、どのくらいの頻度で更新するかも含め、いつまで続くかは私にも分かりません。突然飽きてやめてしまうかもしれませんし、案外長く続くかもしれません。note という気軽な媒体なので、そこはあまり気負わずに、細々と続けていけたらと思っています。もしよければ、お付き合いいただければ幸いです。
【脚 注】
*1:記事内容との関係上ファイナンス関連のみ挙げていますが、NDA・売買契約書・業務委託契約書等のドラフト・レビューや各種法律相談など、一般的な法務業務もかなりの数をこなしたように思います。念のため。
*2:こちらも同上で、金融・ファイナンス以外の分野も一応扱っています。念のため。
*3:「ファイナンス法」という用語の位置づけ等については、西村総合法律事務所編『ファイナンス法大全(上)』(商事法務・2003年)3~4頁に言及が見られます。
*4:いわゆる銀行取引法に関する体系書として、鈴木禄弥・竹内昭夫編『金融取引法体系』(有斐閣・全6巻)や、松本貞夫著『改訂 銀行取引法概論』(経済法令研究会・2007年)などが挙げられます。
*5:大垣尚司著『金融と法 企業ファイナンス入門』(有斐閣・2010年)17頁参照。
*6:内田義彦著『読書と社会科学』(岩波書店・1985年)参照。
*7:水野祐著『法のデザイン 創造性とイノベーションは法によって加速する』(フィルムアート社・2017年)参照。
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