なぜ私は租税法を選択したのか

私がなぜ租税法を選択科目として選択したのかについて書きたいと思います。
選択の理由は主に3つです。
  1.ロースクールで勉強していて楽しかった
  2.対策がしやすい
  3.法律家として必須の知識
そして,租税法に選択を躊躇させる幾つかのポイントについてもコメントします。

勉強していて楽しかった

私が租税法に出会ったのは,学部時代に受けた講義でした。
世の中で行われる経済活動に課税が付き纏うこと,課税のありようによっては経済活動ひいては国民経済に重大なインパクトをもたらすことを実感しました。
そして,租税法はいろんな法分野に絡む点も魅力に感じました。
租税法はそれ自体公法であると分類されることが多いですが,刑事法(脱税は犯罪です)としての性格も含みますし,課税対象となる経済取引の私法的性格が課税を考える上では大きなポイントになります。

このあたりが気になる方は,「法学科目のススメ」(法学教室2021年4月号別冊付録)の長戸准教授の文章を読んでみてください。

対策がしやすい

ロースクールで勉強していて楽しかったからというのも理由の一つですが,司法試験は合格しなければ意味がありません。
司法試験「租税法」は決して難しくないというのが選択の決定的な理由でした。

⑴ 租税法律主義
前回の記事「司法試験「租税法」では何が聞かれているのか」で私はこのように書きました。

結局のところ,「⑴誰の,⑵いつの,⑶どんな所得として,⑷どんな課税がされるのか」について,手を替え品を替え,聞いてきているだけだということです。
租税法の学習とは,4つのポイントそれぞれについての判断基準のインプットと当てはめのトレーニングをしていくことにほかなりません。

ここでいう4つのポイントは,全て条文で規定されています。
別の記事で詳しく書くつもりですが,⑴は所得税法12条が,⑵は36条が,⑶23条から35条が対応しています。
租税法律主義が憲法上の原則として掲げられているので,課税要件規定である租税法の条文は比較的明確に書かれているのです。
そして,それぞれの条文について,判例や学説が解釈論をしてくれています。
重要なのは,判例が積み重ねた解釈論を踏まえて,適切に条文操作することが求められているということです。
つまり,暗記すべきことがそこまで多くないし,分量もそこまで多くないということが租税法を選択するメリットと言えます。

⑵ 判例を援用すると加点される
租税法の科目としての興味深い点は,「判例の理解を示すと,加点される」ことが明確に打ち出されている点です。
令和3年の採点実感ではこのような一節があります。

本年の試験においては,上記のような手法で判例への言及を手短に,かつ,適切に行う答案が相当数見られ,中には事件名(通称)を付して引用している答案も見られた。これらの答案には,相応の高い評価を与えたことを強調しておきたい。

出典:令和3年司法試験の採点実感

判例の重要性・答案での示し方について,ある年の採点実感はこうも言っています。

 平成29年の採点実感においても指摘したことであるが,司法試験の解答に際しては, 論点について判例等がある場合には,問題文に特に「判例に言及しつつ」というような指示がなくても,これに言及することは,原則として必要だと理解すべきであり,それがない場合は減点を覚悟すべきである。自説が判例等と異なる場合であっても,この間の事情は変わらない。
 このような解答が作成できるようになるためには,基本書で基本的な知識や制度理解を身に付けた後,授業において用いられる判例教材に載せられている判決を深く読み込むことが必要であ る。一部の基本書や判例教材において,わざわざ個々の判例等に「事件名(ニックネーム)」を付けているのは,そのような学習方法の一助とするためなのである。
 なお,限られた試験時間内で答案を作成する以上,答案における判例等への言及と言っても, 特別なことが要求されるわけではない。問題文で判例等への言及が特に求められていない場合であれば,例えば,「〜については〜と解すべきである(判例同旨)。」「判例によれば,〜は〜と解されている。」というような表現で,自説と判例との関係を自覚していることが示されていれば一応は必要性を満たしていると言い得る(基本書等で用いられた事件名を附記できれば,さらに良いことは言うまでもない)。また,判例の趣旨を理解していることが採点者に伝われば足りるのであるから,一字一句判決文のとおりに書く必要があるわけでもない。誤解のないように付け加えておきたい。

出典:平成30年司法試験の採点実感

つまり,「無理にとは言わないが,判例のニックネームを書いてくれると嬉しい」と試験委員は言ってるわけです。
こうなったら,やることは簡単です。
自作論証はなるべく判例の言い回しを用いて,判例の事案・理由づけ・規範・ニックネームをセットで押さえていくことを目指すのです(注)。

(注)「ニックネームってなんだよ!」って方もいらっしゃると思います。さしあたり、『ケースブック租税法』(考査委員経験者が編者)が網羅的に判例に通称をつけてくれているので、それに従うのが楽です。

司法試験「租税法」についての誤解

さて,司法試験「租税法」を選ぼうとしたとき,自分自身,不安でした。
当時の不安な気持ちを振り返ると,原因は次のようなものでした。
  1.周りの受験者数が少ない
  2.会計や数字の知識がない
  3.他の試験科目とのシナジーがあるのかわからない

ただ,今になって思うと,どれも租税法選択をやめる積極的な理由にはならないと思います。

1.周りの受験者数が少ない受験者数が少ないのは事実です。
少ないからといって対策がしにくいかと言われればそのようなことはありません。 
確かに大手の予備校では対策講座が組まれていませんが,現状の受験生(=顧客)のボリュームゾーンに対応する講義を提供しようとしているからであって,租税法が難しいからとか,租税法では合格しにくいからではありません。
いずれ書きたいと思っていますが,信頼に足りる基本書や判例集も揃っていますから,インプットも過不足なく行うことができます。
TKC模試では租税法の問題が用意されていますし,出題パターンが固まっていることからすれば,過去問演習をするだけで十分です(注)。

(注)そもそも,選択科目はそれ自体で合否に直結するものではありませんし,そこまで時間とコストをかけるわけにもいきません。

2.会計や数字の知識がない
租税法を選択しようとする際に最大のハードルとして立ちはだかっているように思われがちなのが,会計や数字の知識が必要ではないかという考え方です。
これに対する私の考えは,「あるに越したことはないが,なくても十分上位答案は書ける」というものです。
あくまで司法試験「租税法」は法律科目であって法的素養・能力を試すものです。

3 今後の出題について(抜粋)
 内容としては,所得税法,法人税法,国税通則法に関する基本概念や制度に関する基本的な知識の有無及び程度,更にこれらの知識を利用して条文の文言を解釈し,当該条文を具体的な事実関係に適用して結論を導くことのできる能力を試す問題が望ましいと考えられる。

出典:令和3年司法試験の採点実感

会計の考え方に基づいて条文が定められていることは否定しませんが,その場合でもその都度押さえていけば問題なく対応できます。
少なくとも,「簿記3級がないかぎり租税法の答案は書けない」というようなことは決してありません。
数字についても同様です。四則演算さえできれば全く問題ないですし,条文に従って計算できれば誰しも正解に辿り着くことができます。

3.他の試験科目とのシナジーがあるのかわからない
租税法は他の試験科目と関係があるのか。
この答えとしては,もちろんある,ということになります。
なぜなら,そもそも租税法は「法学の総合科目」の色彩が強いからです。

例えば,租税自体が憲法上の概念です(84条参照)。
また,行政法で理由付記に関する判例法理を学習することがあると思いますが,これは元はと言えば租税法分野で発展してきた判例法理です。
この他,信義則の適用に関する判例(最判昭和62.10.30 集民152号93頁)や行政調査に関する判例(最大判昭和47年11月22日刑集26巻9号554頁)も租税関係に関するものとして有名です。

また,課税は経済取引(売買,賃貸借,時効取得…)に着目して行われます。
そうすると,問題となる取引の私法上の性格が課税上の取扱いを大きく左右することになるのです。
このため,民商法の知識が重要な意味をもつことは,租税法の一分野として「租税法と私法」という領域が広がっていることからも言えると思います。


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