「我此土安穏 天人常充満」の現代語訳を読み比べる
「我此土安穏 天人常充満」の書き下し文は、上記のとおりですが、現代語訳では、どのようになっているのでしょうか。確認してみましょう。
また、法華経のサンスクリット語からの翻訳も見てみましょう。
漢文では、「此の土」となっており、仏の国土とは書いていませんが、サンスクリット語の翻訳では、「ブッダの国土」、「仏陀の国土」となっており、仏の国土であることが明確になっています。よって、日蓮正宗宗務院の訳では、「仏国土」となっているのですね。
「我」とは、釈尊のことですから、「我此土」で仏国土を表現できると鳩摩羅什は考えたのかもしれません。
この「我」ですが、私としては、釈尊一人に限定するのではなく、すべての人々を包含していると考えたいと思います。我々の仏国土と捉えながら信仰をするのが適切と思われるのですね。
「天人常充満」では、「天」と書かれていますので、漢文からの現代語訳では、「天界」、「天」と表現していますが、サンスクリット語からの翻訳では、「神々」となっています。
よって、日蓮正宗宗務院の翻訳では、「天の諸神」としており、サンスクリット語を意識した翻訳となっています。
八百万の神と共に我々がいるという感覚が大切であることに気付きます。
また、「人」について、日蓮正宗宗務院の翻訳にあるように「清浄な人々」との解釈が妥当だと思われます。俗悪な人間は仏国土にいないと思うのですね。「天人常充満」は、麗しい人間関係、充実した人間関係のことといえるでしょう。
我々の住む地域が仏の国土であり,安穏、平安、安全であり、神々に守られながら、素晴らしい人々と共に生きていくことができるということが「我此土安穏 天人常充満」なのですね。素晴らしい経文であると思います。
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