法務担当者のための保険業該当性ガイド:総論
※本稿は私の個人的見解であり、現在所属する、あるいは過去所属した団体を代表するものではないことについて、あらかじめご留意願いたい。
Ⅰ イントロダクション~なぜ保険業該当性が問題となるか~
近年、サブスクリプションサービス(サブスク)やシェアリングエコノミーといった名前をよく耳にするようになった。コロナ禍の巣ごもり需要により、「毎月定額を支払ってサービスを受ける」というサービス形態がより一般的なものとして浸透しつつあると感じられる。
このような時流の中で、企業によっては【仮想事例】のX社のように、顧客にとって自社商品・サービスがより魅力的になるよう、サブスク的な付加サービスを考えるところもあると思われる。
X社のサービスは、顧客にとってみれば万が一スマホが壊れてしまってもアプリ会社にスマホの修理代金を支払ってもらえてありがたく、顧客満足につながる良いサービスであるとも考えられる。
しかし、X社がこのサービスを実施することは「保険業」に該当し、保険業法に抵触するおそれが高い。保険業法は、「保険業」を行う場合、原則として免許・登録を受けることを要請している。免許・登録無しに保険業を行う者は、無登録業者として罰則を受ける可能性がある。
企業としては、良かれと思って始めたサービスが保険業に該当しないよう、あらかじめ慎重にサービスの精査を行う必要がある。もっとも、保険業該当性を解説する文献はそれほど多くない。そこで本稿では、主として企業の法務担当者に向けて、保険業該当性の足掛かりとなる考え方を説明することとしたい。
Ⅱ 保険業とは何か
1 定義なき「保険」業
保険業法2条1項は「保険業」の定義を定めている。もっとも、その内容は平たく言えば「保険を引き受ける事業を保険業という」というものであり、トートロジー的であるとの指摘もある[1]。
「保険業」を解き明かす上で「保険」とは何を意味するのかということが次に問題となるが、実は、保険法・保険業法のいずれにも「保険」の定義は置かれていない。これは、「保険」を定義することで保険を装った詐欺的商法等に対する監視が行われなくなる懸念があることなどに鑑み、一義的に定めることが困難である考えられたためである[2]。
2 要素としての「保険」業
一般に、ある仕組みが「保険」であると認められるためには、以下の5要素を満たす必要があると考えられている。
現在、社会で取引されている保険は、大数の法則を応用し、統計学的に保険事故が発生する確率を予測して、必要となる保険給付の総額や保険加入者が負担する保険料を合理的に計算することにより成立している。この意味で、要素④・⑤は、保険が保険として機能するための中核的な要素であるといえる。
他方、業者規制の視点からは、あるサービスについて要素①~③が揃っていれば形式的には「保険業」であるとして、④・⑤は不要であるというのが通説である[3]。詐欺的商法等が監視の目をかいくぐることを防止するという観点からは、妥当な見解といえる。
3 監督官庁視点からの「保険業」
金融庁は保険業法を所管しており、保険業該当性の判断当は、監督局保険課にて行われている。金融庁が「保険業」該当性判断を行うにあたっての解釈基準は、「少額短期保険業者向けの監督指針」(以下、「少短指針」という)内の「無登録業者等に係る対応」に明記されている。少短指針では、保険業該当性の判断を保険業法2条1項に基づいて行うことが示されるとともに、金融庁が保険業に該当しないと考える類型も示されている(詳しくは後述)。この解釈基準に従い、金融庁ではノーアクションレター(法令適用事前確認照会制度に基づく照会。以下、本稿では「NAL」という。)やグレーゾーン解消制度を通じた事業者からの照会(以下、本稿では「GZ」という。)等に対して回答を行っている。
Ⅲ 保険業該当性の考え方
1 保険業該当性の検討枠組み
(1) 形式的要素をクリアできるか
あるサービスが保険の要素①~③を満たさない場合、そのサービスを行うことは「保険業」には該当しない。
ただし、少短指針では、要素①の「保険料」該当性と要素②の「偶然性」について慎重な吟味が行われることを示しており、保険業該当性が問題となるサービスでここをクリアできるものはかなり限定されると考えられる。
(2) 「保険とは異なる民事上の取引類型」に該当するか
形式的要素を満たす場合であっても、それが「保険とは異なる民事上の取引類型」に該当する場合、そのサービスを行うことは「保険業」に該当しない。
過去、金融庁が「保険業」に該当しないと判断した例として、賃貸保証会社による保証(NAL No.19)、損害賠償の予約(令和3年5月17日GZ回答)などがある[4]。
(3)少短指針の非該当類型に該当するか
少短指針では、金融庁が保険に当たらないと判断する行為類型(セーフハーバー)が3つ挙げられている。
「注1」は、人的・社会的関係に基づいて行われる慶弔見舞金の給付については、その額が10万円以下である限り、保険業には該当しないとする。
地域の互助会や大学サークルのOB会が、会員の慶事や弔事に対し、見舞金を出すことは珍しくない。見舞金の原資は各会員からの会費であり、見方によっては一種の費用保険とも見れなくはないが、こうした横のつながりによる見舞金については、10万円以下であれば社会慣行的なものとして保険業該当性が否定される。
「注2本文」「注2なお書」は、ともに役務提供サービスの保険業該当性について解釈を示すものである。もっとも、本文となお書とでは、サービスを実施する主体により、判断枠組みが大きく異なっている。
「注2なお書」は、商品の製造・販売業者が行う製造・販売商品の修理等を行うサービスについては、(あらかじめ一定の金額を収受していたとしても)保険業に該当しないとする。商品の製造・販売者は、その商品に対して製造物責任や契約不適合責任を負っているところ、こうした民事上の責任を顧客サービスの一環として、契約により拡張しているものであることが理由とされている[5]。
これに対して、「注2本文」は、サービスの実施主体を限定していない。ある商品について製造・販売者ではない、いわば「第三者」が行う役務提供サービスであっても、以下の事情を総合考慮した結果、保険業に該当しない場合があることを示唆している。
① 当該サービスを提供する約定の内容
② 当該サービスの提供主体・方法
③ 保険取引と異なるものとしての認知性
④ 保険業法の規制の趣旨(契約者保護のための財務健全性の確保など)
「注2本文」により保険業該当性を判断したものとして、NAL No.12(延長保証サービス、保険業該当)、NAL No.21(ガス機器修理サービス、保険業非該当)等がある[6]。
似たような機器修理サービスでもNo.12とNo.21で結論が異なるように、「注2本文」での保険業該当性の判断は難しい。「注2本文」により保険業に該当しないと考えてサービスを実施しようとする場合には、事前に金融庁に照会を行うことを強くお薦めする。
(4)保険業法上の適用除外類型に該当するか
あるサービスが(1)~(3)の検討の結果、「保険業」に該当する場合であっても、保険業法上2条1項各号の適用除外類型に該当する場合、免許・登録無しに実施することができる。ここではそのすべてを説明することはしないが、大きくわけて以下の3パターンに分類される。
① 他の法律上の根拠を有するもの(1号。JA共済、中退共など)
② 適用除外の列挙する集団内で行われるもの(2号。企業内共済など)
③ 1,000人以下を相手方として行われるもの(3号)
2 分析の4視点:「誰が」「誰に」「どんな」「どうして」
保険業該当性の検討枠組みは上述のとおりであるが、いざ自社のサービスを検討するとなると中々分析が難しい(取っ掛かりがない)と感じる法務担当者も多いと考えられる。
そのような担当者には、以下の4視点から自社サービスの保険業該当性の検討を始めることをお薦めしたい。
① 「誰が」サービスを提供するのか
② 「誰に」サービスを提供するのか
③ 「どんな」サービスを提供するのか
④ 「どうして」サービスを提供するのか
①「誰が」サービスを提供するのか
サービス実施の最終責任者である自社が、どういった立場でサービスを実施するのか(サービス主体の性格)を確認する。
②「誰に」サービスを提供するのか
誰にサービスを提供するのかを確認する。自社の取引先(顧客)なのか、このサービスからの新規客なのか(「誰が」サービスを提供するのかという視点と表裏の関係にある)。
③「どんな」サービスを提供するのか
提供するサービスの内容を確認する。金銭を給付するのか、何等かの役務を提供するのか。自社製品への役務提供なのか、他社製品を含むのか。
④「どうして」サービスを提供するのか
サービス提供の理由・条件(トリガー)を確認する。単なる顧客利便のためか。賠償的意味合いがあるのか。
Ⅳ 小括
今回は総論として、保険業該当性の基本的な考え方を解説した。
本稿が法務担当者の方の参考となれば幸いである。
次回以降は、NALの事例なども参考にしながら、より詳しく考え方を見ていくこととしたい。
なお、私は弁護士として、行政への対応(NALの提出・行政との折衝など)の依頼も受け付けているので、お困りの際は(もちろんお困りでなくとも)気兼ねなくお声がけいただきたい。
注:
[1] 西村あさひ法律事務所編(2017)『ファイナンス法大全(下)(全訂版)』商事法務、p.392
[2] 平成20年2月8日金融審議会金融分科会第二部会 『保険法改正への対応について』https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20080208-2.html
[3] この点については論者によってグラデーションがある。たとえば山下友信教授は「私見としては、要素①~③に加えて要素④および要素⑤が備わることが必要であると考えるが、要素④や⑤の意味内容は絶対的なものではなく、大量定型的企業取引として行われていればそれ自体で一応充足されていると考えた上で、それにより保険の範囲が過剰にならないように補助的な基準を随時用いることが適切であると考える。」とする(山下友信(2018)『保険法(上)』有斐閣 p.13-14)。
[4]
・NAL No.19:
(照会)https://www.fsa.go.jp/common/noact/kaitou/036/036_19a.pdf
(回答)https://www.fsa.go.jp/common/noact/kaitou/036/036_19b.pdf
・令和3年5月17日GZ回答
(概要)
https://www.meti.go.jp/policy/jigyou_saisei/kyousouryoku_kyouka/shinjigyo-kaitakuseidosuishin/press/210517_press.pdf
(金融庁回答)
https://www.meti.go.jp/policy/jigyou_saisei/kyousouryoku_kyouka/shinjigyo-kaitakuseidosuishin/press/210517_yoshiki.pdf
[5] 金融庁「広く共有することが有効な相談事例の公表」Q1回答
https://www.fsa.go.jp/common/noact/soudan/hoken.xlsx
[6]
・NAL No.12:
(照会)https://www.fsa.go.jp/common/noact/kaitou/036/036_12a.pdf
(回答)https://www.fsa.go.jp/common/noact/kaitou/036/036_12b.pdf
・NAL No.21:
(照会)https://www.fsa.go.jp/common/noact/kaitou/036/036_21a.pdf
(回答)https://www.fsa.go.jp/common/noact/kaitou/036/036_21b.pdf