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マグロ漁で望外の収穫

自分にとって将棋の大会というのは2割が趣味、8割が同窓会という位置付で、もっぱら幼少期や奨励会で競い合った旧知の仲間と会うのが楽しみで参加しているようなものである。同窓会は毎月やるものでもないので、ここ数年はせいぜい年に2~3回、気が向いた時に出掛けるようなスタイルだった。

というわけで今回も気まぐれで出たマグロ大会。頑張って3勝してマグロの切り身くらいは持って帰るぞ、と人並みに意気込んで臨む。会場を見れば名の知れたアマ強豪、学生強豪、元奨励会員。元奨といっても私のように級位者のうちに足を洗った常識人(?)と、三段リーグで限界まで命を削った猛者は全く別の人種である。

ここ数年はちょうど私と同世代の仲間が惜しくも年齢制限で退会し、アマ大会で活躍する姿をちらほらと見ていた。彼らの活躍は嬉しくもあり、そこに自分が関わっていないことに若干の寂しさは覚えるものの、やはり友人たちが元気で将棋を指しているのは嬉しいことだった。

…と、やけに俯瞰して周囲の顔を見渡しながら対局に臨んだのだが、思いのほか上手く指せて午前中の第1局に勝利、第2局も中盤に相手のミスが出て快勝。なんだ、俺も案外勝てるな。切り身と言わず優勝してどでかいマグロをかっさらってやろう。人間は都合が良いもので、ちょっと上手くいくと欲が出る。

第3局。1週間ほど将棋ウォーズで特訓していた三間飛車を前2局に続き採用。手なりで指し進め、第1図△72飛の局面で目をこする。おいおい、仕掛けが成立するじゃないか。

第1図

第1図以下の指し手
▲65歩 △77角成 ▲同桂 △82飛 ▲64歩 △86歩 ▲同歩 △同飛 ▲68飛 △72角 ▲82歩 △73桂 ▲95角(第2図)

第2図

角交換になれば後手陣には▲83角の隙がある。△71飛には61角成~72金で一丁上がりなので飛車は逃げられない。実際には飛車を逃げず飛車角交換になるだけでこれからの将棋だが、アマチュア同士なら概ね振り飛車優勢である。

こういう時は自信満々に指すのがよく、ビシッと▲65歩と突いたら相手は辛抱の順を選んだ。しかし△72角と自陣に手放すのでは明らかに苦しく、第2図はハッキリ優勢である。以下、もたつきながらも勝ち切り、3連勝でマグロの獲得を決める。

そして第4局、相手は左玉模様。

第3図

ここから強気に▲77桂。乱戦どんとこい、の姿勢である。こっちはマグロを決めてるんだ。負けても刺身が待っている安心感から強気に指し進める。

局面が落ち着き迎えた第4図。

第4図

第4図以下の指し手
▲55歩 △同歩 ▲74歩 △同歩 ▲同飛(第5図)

第5図

なんと教科書通りの十字飛車が決まってしまった。第4図は次に△25桂から銀または桂を入手して飛車を詰ます筋があるので、実は先手が忙しい。▲74歩に△25桂と攻め合われても、難しいか少し苦しいくらいの形勢だっただろう。

あれよあれよと4連勝。相手のミスにも助けられ、あまりにも話が上手すぎる。スイス式リーグは5回戦までなので次が最終局(のつもりだった)。

第6図は▲55銀に△73桂と跳ねられた局面。

第6図

ここから▲64歩△65桂▲66角が当初の読み筋だったが、よくよく考えてみると▲64歩に△85桂と逆サイドに跳ばれると、▲66角に△65歩で角が死んでいる。

しかし予定変更で▲44銀と踏み込んでも、△65桂があまりにも気持ちの良い跳躍でまずそうである。こういう将棋は相手の右桂を無条件で活用されることだけは絶対に避けなくてはいけない。ええい、好きにしろの境地で歩を取り込んだ。

第6図以下の指し手
▲64歩 △85桂 ▲44銀 △77桂成 ▲同桂 △64角 ▲68飛 △28角成 ▲同玉 △44歩 ▲61飛成(第7図)

第7図

自分の角は相手の桂と交換になり、相手の角は守りの銀と刺し違えられる。攻めの桂で穴熊の銀を剝がされた勘定なので常識的に考えれば大損だが、飛車を成り込んだ第7図は意外と勝負形である。

途中はハッキリ負けの局面もあったが、最後は61の地点まで逃げ込んで入玉を確定させたところで相手が投了。数えていないが200手超えの大激戦だったと思う。追い回されながら▲51玉と指した時に、「先崎先生のトライルールなら勝ってるのにな」と思ったことだけを覚えている。

これで5連勝。参加者が130人なので全勝者が4人出て、これからプレーオフをやるらしい。朝7時過ぎに家を出てこの時点で17時半、ヘトヘトである。同じく勝ち残っていたK君(今回の優勝者)と「もう10秒将棋で決めてくれよ」などと冗談を言っていた。

そうは言っても逃げるわけにはいかず泣く泣くプレーオフを戦う。5分30秒の超早指し(スイス式は10分30秒だった)となったが、もう本当に10秒将棋にしてくれと思っていた。

第8図

第8図から▲14桂が勇み足で、冷静に△23玉とかわされてみると二の矢がない。△13歩から桂を取り切られ、端を逆襲され、形作りもできず完敗である。

ようやく終わった、同率3位で終了か…と思っていたら、3位決定戦のテーブルに案内される。嘘だろう、勘弁してくれ。10代の頃ならともかく今の自分に1日7局も将棋を指す体力はない。戦う前から戦意喪失していたところ、運営の人から「3位と4位ではマグロの大きさが結構違うんですよ」と耳打ちされた。咳ばらいをし、気合を入れ直す。そうだ、俺はマグロ漁に来たんだ。マグロの切り身を買いに来たのではない。ここが正念場である。

第9図は中飛車のような将棋だが元は三間飛車だった。後手が8筋を突き捨てた局面である。

第9図

第9図以下の指し手
△55歩 ▲同銀 △58歩 ▲同飛 △69角 ▲54銀 △58角成 ▲43銀成 △49馬 ▲32成銀 △同金 ▲49銀 △58銀 ▲同銀 △48飛 ▲38金 △58飛成(第10図)

大決戦になったが、金駒1枚を得するやり取りで第10図は先手必勝形である。龍を作られているものの相手玉は薄く、先手の手駒は豊富な上に72の歩は飛車の横利きを止めて光り輝いている。

ふう、流石に勝っただろう。かれこれ20年以上も将棋を指しており、ここまで優勢なら適当にやっても勝てることを経験則で知っている。もう頭ではマグロをどうやって食べるかしか考えていない。せっかくだし良い刺身包丁を買おうか。マグロの皮で出汁を取ると美味いらしい。温泉気分ならぬ刺身気分である。

第10図

第10図以下の指し手
▲76角 △78龍 ▲87角打 △同龍 ▲同角 △42金打 ▲61飛 △52銀(第11図)

相手玉を睨む角の連打で龍を消す。金をボロッと取られたが、元が銀得なので問題ないだろう。実際にはかなり差が詰まっているのだが、対局中はまだ楽観していた、というか刺身包丁をどこで買うか考えていた。

第11図

第11図以下の指し手
▲23銀 △同玉 ▲21飛成 △22金打 ▲11龍 △86飛 ▲25桂 △同歩(第12図)

こんなの簡単に寄りだろう、と▲23銀。△同玉▲21飛成に対して11の香を守るために△22銀の一手だと思い込んでおり、そこで▲35桂△同歩▲32角成△同金▲34銀と迫る予定だった。ところが△22金打がしぶとく、このあたりでどうやら局面が簡単でないことに気付く。

▲25桂は△同歩に▲15銀と捨てて、△同歩なら▲24香で寄っているという算段だったが…

第12図

第12図以下の指し手
▲54角 △43金直 ▲31銀 △13銀 ▲22銀成 △同銀 ▲21龍 △31銀打 ▲13銀 △同玉 ▲12金 △23玉 ▲22金 △同銀 ▲24香(第13図)

第12図から▲15銀には、以下△同歩▲24香△同玉▲15龍△35玉の局面で先が見えず、30秒で急遽の予定変更。しかし、桂を捨てて決めに行っておきながらただ角を逃げるのは大変調である。

とはいえ途中▲21龍と逃げた手が24香の先手になっており、第13図まで進むとギリギリ攻めが繋がっている。対局中は生きた心地がしなかった。

第13図

以下30手ほど進み、後手玉に必至をかけたのが第14図。

第14図

第14図以下の指し手
△39銀 ▲同金 △17銀 ▲同香 △18金 ▲同玉 △26桂 ▲同歩 △27角 ▲同玉(投了図)

先手玉は、「ZのようでZではない形」として馴染みのある形である。△39銀以下は教科書でも紹介される迫り方だが、この筋で本当に詰んだ将棋を私は今まで見たことがなく、実際本局も詰まなかった。

投了図

終局後はどっと疲れが押し寄せたが、朝から晩まで全力で将棋を指したのは久々だったので心地よい疲労と充足感を覚えていた。

優勝したK君は彼が奨励会級位者の頃に競い合った仲で、せっかくなら決勝で対戦したかったことだけが心残りではあるが、気まぐれに出た大会でここまで勝ち進めたのは望外の結果である。やはり将棋を指すのは楽しいので、来年からはもう少し大会に出る頻度を上げていこうと画策している。


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