たった1つの約束
昼休みが終わり、チャイムが廊下に鳴り響く。
あえて下駄箱がある校舎から通った。
なぜかはわからない。
直感だった。
すると昨日話題に上がったYくんがちょうど階段を下りてきた。
普段なら「早く教室に戻りなさい。時間ですよ!」と叱責していた。
昨日話したことを意識していたからだろうか、自然と叱責は出なかった。
「Y、ちょっといい?話したいことがあるんだけど。」
ちょっと身を引いたY。叱られると思って身構えていた。
「最近、廊下に出ることが多いだろ?Yが廊下に出るとどこにいるか先生見えないんだ。心配になっちゃう。」
Yはコクリと頷いた。
「だからさ。約束をしてほしいんだ。教室で寝転んでもいい。とにかく先生の目の映るところにいてくれ。ただし、授業の邪魔したりしてはいけないよ。授業に参加したくなったら座ってね。守ってくれるかな?」
「うん。」
素直に受け入れた。
道徳の時間になった。
私の約束を守ってくれていたのか、やはり席には座らずにいたが後ろの方で輪ゴム鉄砲をいじっていた。
私は彼にアイコンタクトをしてうんうんと頷いた。それでいいんだよ、と目線を送った。
時折黒板の前に出た。
私の発問に反応したのか、登場人物のある場面の気持ちを簡単に表情に表した。黒板の前で私の目の前で立ちながら手を挙げた。指名をした。周りは「Yくん描いてないよ!」と反発をしていたが、私は「Yも手を挙げていたから指したんだよ。」とサラッと流した。
今流行りの「ぴえん」の表情を描いた。
ふざけていると捉えることもできた。
しかし、彼は私の範読を後ろで聞いていたのだ。その時の登場人物は「悲しかった」のだから。
ぷぷぷ…と周りはクスクスと笑っていた。
蔑む感じではない。おかしいなぁ…笑という感じだった。
「あー!俺のと似てるー!」そんな声もあった。
ワークシートでは文字を写すところ、書くところがあった。
そこは全く書かず真っ白。
しかし、表情だけ描かれていた。
ほんの一瞬でも彼がやる気になり授業に参加したことこそ価値があると私は思った。
だから、授業が終わってすぐ彼が1番にワークシートを出しに来たので
「Y、先生との約束ちゃんと守ってたな。先生とっても嬉しかったよ。」
「手も挙げたな。授業に少し参加したな。えらいなぁ。」
膝に乗っけて、頭を撫でた。
「うん。」私の言葉にまたもや素直に反応した。
学年の先生にその話をしたら、
「やはり離席はいけない。なんとかせねば。席に座って授業を受けるのが当然なのだから。」
と問題視された。
私は、
「彼は今が限界なんです。私の指導力不足です。すみません。少しずつ席に座れるようにしていきます。今は許してやってください。」
そう懇願した。
席に座って授業を受ける。
それが当たり前なのかもしれない。
でも、今の彼にはそれが難しい。
彼が授業に一瞬でも参加する。ほんのひと時でも席に座る。名前だけでも書く。
それだけでもいい。
価値付け、褒めて、共に寄り添い歩んでいく。