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刺激を求めて

わたしたちは、本当に生きているのか確かめながら生きている変な生き物だ。身体のあちこちを刺激して、その感覚を必死になって確かめている。

たとえば、暇な時間があれば大小様々な光を放つ機械を開発して、目から光を当ててみては、脳の反応を確かめている。
鼓膜を震わせるためにも、多種多様な道具を使う。
筋肉を壊して治ったあとを想像するために、綿密なスケジュール管理をして、実行する。

また、わたしたちはこすり付けて摩擦を感じるのがすきなはずだ。
ノドの奥を擦って旨味を感じるなどと言っては、長い物から粒状のもの、温度の変化や、刺激物を擦ってみては、その感覚を他人に共有するために一生を捧げる者も珍しくはない。
おかしなことに、それを何千年とやってる。

身体やあたまを振っているのは、肉体と心が擦れる気がするからだろうか?
単に、体を揺らして、心拍数をあげて、血管と血液が擦れるのが気持ちいいのだろうか。

わたしたちは、集中したいときは目を閉じて見ることが多い気がする。それはなぜだろうか?

分からない。

そんなことは、摩擦中毒者の我々にはわかるはずがない。ジャンキーと化したわたしたちは、今日も何処かを擦りながら互いの顔を見て笑っているのだから。
本当は、表情のないほかの動物が正常てあり、彼らから見たわたしたちが如何に恐ろしいかは、容易に想像できる。

もしかして、眠るときに目をつむるのは、空気で身体の内側を擦ることに集中したいからなんだろうか?

わたしは、気がつくと顎を人差し指で擦っていることが多い気がする。

皆さんは、なにを擦るのが好きですか?

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雨音ムッツ
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