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雑記 

 今日の天気が悪いのは台風がくるのだから当たり前のことだ。そういう理由をつけて二度寝をした。
 うつらうつらと時計が進んだ。
 結局、10時前には起き出して、カーテンから外を覗く。地面が濡れてはいるが今は曇り空。風も無いようだった。すると、途端に退屈になり、それから頭が回らないのは運動不足のせいだから歩いたほうがいいと、台風接近中らしからぬ発想が浮かぶ。子供の頃にも同じようなことがあった。

 わたしは小学生のころ、習字を習いに行かされていた。1週間のうち好きな曜日に1回行くというシステムだった気がする。子供でも歩いて十分程度のところにある酒屋さんのお父さんが先生だった。酒屋の倉庫の二階が習字教室になっていて、長机一つに子供が2人づつ座れる。それが10個あった。今思えば繁盛していたように思う。近所な小学生でいっぱいの部屋は、順番待ちのスペースにも誰かいるのが普通だった。その順番待ちのスペースには古い漫画の単行本がたくさんあった。たぶん、わたしが漫画というのは一冊で終わらないんだと学んだのもそこだったように思う。
 しかし、わたしは漫画が読めることよりも面倒だという気持ちのほうが明らかに勝っていた。なにしろ、習いに行かされていたのだから。田舎特有の見栄だったのか、本当に子供には必要な習い事だと思っていたのか親の気持ちは分からない。言われた通りにいつの間にか行くようになって、べつに逆らうわけでもなく同級生たちが習うのを辞める小学校高学年まで行っていたように思う。ある意味、わたしは素直だったようだ。
 週に1回、それが決まりだった。
 大抵は下校時に、
「今日、習字いく?」と友人と平日の同じ日を選ぶ。土日を選ぶ小学生なんて、余程のまじめか習字が好きなだ。でもわたしは土曜に一度行った記憶がある。それは台風の日だった。

 ニュースで大きな台風がくると言っていたようで、「台風が終わるまで遊びに行くな。家にいろ」と親から忠告されていた。
 そのときだ。わたしは「ああ、だったら習字に行こう」と思ったのだ。どうせ友達も同じことを言われて遊べないのだ、だったら今のうちに習字に行っておけば明日遊べる。ニュースでは土曜の夜に台風は終わりだといっていたと。
 ひらめく、というのはこういうものかと、わたしはすこし得意気になった。そして、雨ガッパを着て習字道具をもって家を出た。だが、大人たちの反応は予想とだいぶ違うものだった。
 習字教室は鍵が空いておらず、となりの酒屋さんに習字を習いに来たことを伝えると、随分と驚かれた。怒られはしなかったが、呆れていたことだろう。
「こんな日に誰も来ないと思った」と言いながら鍵を開け、普段なら1時間程度の習字を3枚くらい書いたところで、「今日は終わり」と家に帰された。

 わたしは台風の去った次の日、すぐに友人に自慢した。台風の日は習字が3枚で終わるんだと。「スゲーッ」と友人たちは口を揃えて言っていた。多分、その夏、小学生の天気予報の視聴率が上がったことだろう。小さな台風の日を狙い撃つために。

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