IPM実現へ-新技術と新たな農業時代へ

(全てフィクションです、IPM(総合的病害虫・雑草管理)とか特許とか登場人物とか)

「わが社はこの技術により世界のトマト生産を一つ進んだステージへと押し上げました」

その男、黒木行也は朗々と歌い上げるようにカメラに向かって言った。この日のために仕立てた紺のスリーピースはスポットライトの下で重厚な光沢と軽やかなしわを表現している。自社の公式チャンネルによるライブ配信によって新たな特許技術を発表する場がここだ。

「さあお見せいたしましょう、わが社の新たなパッケージを!」

カメラの前に老若男女さまざまな人々が現れた。一様に灰色の作業着、胸には企業ロゴが縫い付けられた以外はホームセンターに並ぶようなものだ。プアシェイカーと紹介された彼らの顔に覇気はなく、足や手がわずかに揺れている。彼らは係りの者に促されるまま、椅子に座った。黒木もそれに合わせて場所を移し、カメラも動く。その椅子はトマトの育つ設備の端にあった。彼らは座ると共に自ら体をベルトで固定していく。黒木は自信を示すようにその長い脚を大きく運び、一つの椅子の前に来た。

「このパッケージは社員の派遣と設備導入というソフト・ハード両面におけるテクニカルな内容となっています。ただ技術を形にし、売るのであればどの企業にだってできる。しかしそれでは我々の目指す未来にたどり着けないのです。我々は農業を通して社会を改善していく企業理念があります。それは決して、農業だけを扱うわけではない、技術も、人も進化させる、そういうものです」

一息つき、椅子に座る中年の男性を見やる。男性は覇気がない中に少しの苛立ちを垣間見せる様だ。

「この社会には難しいものを抱えた人々が数多いる。我々はそんな躓き、立ち上がれなくなった人々に輝ける場所を用意したのです!……それでは実際に、ご覧ください」

黒木が係員に頷き、係員が笛を吹いた。数秒間、ライブを画面越しに見る視聴者たちには何が起きているのか分からなかった。しかし、一つ二つと、チャンネルに書き込みがされると多くの人が気づけた。いつの間にかトマトが揺れている。そしてトマトの栽培棚に上部でつながるパイプを目で追うと、栽培設備の両端に座る作業着の者たちが体を揺すっている。その絶妙な振動が、優しくも情熱的な、傷を癒した小鳥たちが世界に解き放たれた如き喜びを持った、ひどく複雑な内面が、ただの揺れとなり、コナジラミをトマトに寄せ付けない。五輪仕様の超高性能カメラが1mmのコナジラミを映し出し、トマトに着けず右往左往する様子を視聴者に見せる。小さなどよめきが会場の記者の間で起こった。チャンネルの書き込み欄もすごい速さで流れていく、フィクションと疑う者、笑いが止まらない者、様々に。

「人間のストレスからくる揺れを利用した、エコで環境負荷の全くない防除システムです。これにより苦しむ人たちをありのまま、苦しいままで働かせることができる。無理なく、それぞれの歩みで、多様な人生を支援できるのです!」

政府の掲げるみどりの食料システム戦略を満足させる、画期的なものであると自負しておりますよ、と。笑いながら記者とカメラに向かって黒木は鷹揚に頷いた。記者たちは正気を疑う目で黒木と、振動し続けるプアシェイカーを見る。唖然としつつも指だけはシャッターを押し続けるプロ意識は流石と言わざるを得ないだろう。

「ストレス管理も万全です。適度にストレス状態を維持するために、日々の管理は大変丁寧に行われます。人権、倫理、労働者の幸福、あらゆる観点から我々は管理を行います。ストレス管理を行うストレッサーたちによる過度な管理を防ぐために、定期的な被いびり経験を実施しています。もちろん、経営陣も経験し、その安全性を確認しました」

画面が切り替わり、黒木がいびられる映像が流れる。百マス計算中に何度も話しかけられイラつき、発音の悪い日本人の方言を聞き取るテストでは怒鳴り、ユーチューバーの真似事をする小学生の動画を強制視聴させられその真似を始めた。『イライラしなきゃ堪んねえんだよぉ』と叫ぶ黒木。見るに堪えない歪んだ被虐欲が余すことなく露わになっていた。なんなら先ほどいびりと明言してしまっているが、全く焦る様子もない。おかしなことを言った自覚もない。誰もあえて言及しなかったが、さっきからカメラではなく、照明に微笑んでいる。朗らかな狂気が会場を二層に分けていた。末期だった。

「地震かぁ!?」

揺れが激しくなりすぎたプアシェイカーの老人が叫ぶ。係員がすぐにバックヤードに引きずっていった。そこに黒木がすかさず飛び込む。

「ぜひご検討をぉぉぉぉぉぉ」

世界は震撼した。

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