吾輩は台風である。
吾輩は台風である。
名前はまだ無い。
これからもない。
民衆は吾輩を番号で呼ぶ。
異国では命名されるが常だと言うのに、我が国では頑なに番号なのだ。
吾輩は囚人ではない。
さらにいえば番号の重複も見られる。
不思議と襲名性なのだ。
だが過去を忍ぶ者はほとんど居ぬ。
2代目3代目などの区分けもない。
今在る吾輩に性懲りもなく同じ番号を振る。
同胞(はらから)はもうない。
吾輩らの命は諸君らより短い。
命があるかも分からない。
産まれ、そして消ゆ。
遥か昔から繰り返してきた。
言うなれば諸君らの大先輩でもある。
にしても番号はあんまりではないだろうか。
吾輩もカトリーヌとかカスリーンとかアイオンとかに憧れる。
やはり、あんまりである。
吾輩は台風である。
名前は、どうやらあるらしい。
アジア諸国では命名リストなるものが用意されていると耳にしたのだ。
早速確認した。
吾輩は、どうやらサンサンらしい。
香港にて少女を意味する言葉だそうだ。
なるほど吾輩はサンサンであった。
しかし九死に一生を得た気分である。
何故かと言うと、次の11号には「ヤギ」という名前が命名される予定だからだ。
もし吾輩の発生が遅ければ吾輩はヤギになっていた。
吾輩はヤギである。
仮にこのような紹介で諸君らの前にでようものならとんだ誤解を産むに決まっている。
ヤギなどあんまりではないか。
きっと命名リストをお手紙の如く食べてしまうだろう。
諸君らも大いに混乱するだろう。
今年のヤギは大きい、などと文面にしてみただけで恐ろしいアンジャッシュである。
聞くに、日本語での命名候補は他にもいる。
ひとつは「コイヌ」である。
なんなのだこれは。
幻お蝶か。
聞くに日本語の命名規則は星座から拝借しているらしい。
星座ならまだしも、そのまま呼ぶと腑抜けた感じがどうにも拭えない。
吾輩はダサいと思う。
ひとつは「ウサギ」
可愛すぎるのである。
檻に放り込めばよろしい。
ひとつは「カジキ」
これは納得である。
雄々しく力強い。
それに水との関連性も賞賛できる点だろう。
吾輩は大層気に入った。
ひとつは「コト」
なんでやねん。
もはや生き物ですらないのである。
そして琴への風評被害もコトさらに酷いのである。
ひとつは「クジラ」
これもよい。
規模感と雄大さが絶妙である。
吾輩が思うに水生生物で統一するがよろしい。
なぜその路線で進めなかったのか。
ひとつは「コグマ」
これも妥当である。
しかしやたらと子にしたがるのは何故だろうか。
親グマでよろしい。
吾輩はクマである。
車じゃないよ。
クマである。
ひとつは「トケイ」である。
また迷走がはじまっている。
これほど間抜けな命名もないのではないか。
台風トケイ。
タニタの新商品と勘違いしてもなんら不思議はない。
せめて「ウォッチ」にするが吉。
台風ウォッチ。
…いや、これはこれでアウトである。
ひとつは「トカゲ」
急に爬虫類からのエントリーである。
異国では女性名で統一しているというのに思わず目を塞ぎたくなる。
ちょっとなんとかならないものか。
吾輩もそろそろ口調が崩壊してきたのである。
最後が「ヤマネコ」
ロシアの特殊部隊を連想させる。
悪くはないが、やはり統一感に欠ける。
トケイとコトとヤマネコが並ぶ不自然さを公式とした気象庁の強行に脱帽である。
と、このように吾輩たちには名前があったのである。
なるほどこれは浸透しないワケである。
かような候補なれば吾輩は名など要らぬ。
これからも要らぬ。
親しみを込めて番号で呼んでくれると嬉しいのである。