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憧れたあの人は『心地よきおひとりさま状態』|文章デトックス

隔週投稿だった猫暮~。
ついに定期投稿に帰ってくる~!
ということで、ご無沙汰しております。猫暮です。

あ、なんか文章書く人です。
よく「文字生生物もじせいせいぶつになりたい」とか言ってる変な人です。気を付けてください。
最近スッカリ不定期になっていたnote活動ですが、予告通り再開してみようかな~と。週3くらいで。

書くっていいよね。書くと気持ちが良い。心にたまったモヤモヤをデトックス。きっとスランプやら抑鬱やらにも、うってつけでしょう。スランプってわけじゃないけど。


さて、猫暮、最近VR居酒屋の店員さんとか始めたり、漫才の台本書き貯めながら相方(ボケ担当)探してたり、ユングとアドラーを悪魔合体してたり、一日猫吸ってたり、シーリングスタンプで手の甲にセルフ焼き印つけちゃったりと、それなりの毎日を送っています。

とにかく好奇心の赴くままに手をつけているけど、基本的に室内で完結することばっかなので、技術の発展って改めてすごい。椅子から一歩も動いてないのに異世界旅行気分。

ほとんどひきこもりも同然だけど、アクティブなインドアという珍しいスタイルのおかげか、人とお話しする機会はやたら多くなっております。一年くらい前までは雑談大っ嫌い人間だったけれど、心機一転、お話って奥深くてドはまりしている。

すると(あ、この人すごいな)って思わず憧れてしまうような方に、やっぱり出逢ってしまうわけです。


で、私の憧れるそういうすごい方って、大抵かなりの変わり者。
決して万人受けするようなタイプじゃない。
すっごい雑に言っちゃうと「まるで普通じゃない人」なのです。

たとえば、ゲームが上手だったり、お金を一杯稼いでいたり、熟達したコミュニケーション能力があったり、そういう方向性ではあんまり憧れない。

ブランドやら信頼をコツコツ築いて一代で財を成したりとか、特定のプラットフォームで莫大な収益を上げてたりとか、努力の鬼!みたいな感じも、そんなに憧れない。

むしろ、猫暮が憧れる人たちは、自身の好奇心の赴くがままに行動されているんです。世間体や周囲の興味・関心は二の次。比較なんざ気にしねぇ。

中には人生RTAしすぎて「おまえマジで死ぬど?!」ってくらい命の消費速度が尋常じゃない方もいらっしゃったりします。

まるで普通じゃない!
でも、そこに痺れる憧れるぅ、なんです!

Q「え、結局、普段何してる人が『普通じゃない人』なのよ?」

A「きっと今この瞬間も好奇心の矛先が変わっているので、”今”聞いてみないと分かりません☆」

いっつも別の何かしてる&楽しそう!

ざっくり、そんな感じ☆

で、そんな方々と幸運にも巡り合った猫暮は、大いに影響を受けまして。嫌われようが好かれようが構わない、自身の好奇心に忠実に生きれるように、素直になれた気がします。

「普通」とかいう、スーパーイデオロギーリストを丸めてポイッとしたら、あとは着の身着のまま心のまま。以前よりもずっとご機嫌な時間が増えました。豊かな時間、身に染みて体験中。

そしたら私自身も晴れて、何している人なのかさっぱりだ!みたいな存在になれちゃったわけです。やったね!

身近な友人曰く、猫暮には以前からそういう性質はあったらしいけれど、最近の私はすごいらしい。ぜんぜん分からんらしい。むしろ嬉しいまである。

私はこの状態を「心地よきおひとりさま状態」と名付けました。

この状態の面白いところは「おひとりさま」なんて銘打ってはいるけれどぜんぜん孤独じゃないこと。むしろ以前SNSに依存ハマり散らかしてた頃に比べたら、孤独感めっちゃ薄れたまである。

たとえば『3時間』を、なにかしらのプラットフォーム上で100人の誰だか分かんない匿名さんたちに割くより、目の前にいる1~3人くらいの仲間とじっくり言葉を酌み交わすほうが、猫暮的には好きなのさ。

孤独でも、孤高でもない、すごく中動態な感じ。

「えっ、好奇心のままに自分勝手に行動なんかしてたら、周りから見放されちゃうじゃん!」なんて意見あるかもしれないけど、そんなことは全然ない。むしろ濃厚なコミュニケーションが増えていくんです。

もちろん、みんながみんな、そういう密なコミュニケーションを望んでるわけじゃないのは百も承知。

今この瞬間も、到来した膨大な数のコメントにお返事してる方がいるかもしれないし、ChatworkやDiscordに届いたメッセージを、AIの助けを借りながら何とか捌いている人もいるでしょう。

現実問題、世間体こそ信用の証。実績を積み重ね、豊かな暮らしを育むことを目指される方はたくさんいらっしゃいます。

でも、そういった方々と猫暮は巡り合わないわけです。猫暮がこの「心地よきおひとりさま状態」を続ける限り、袖振り合う事はあれど、朱に交わることはない。すれ違いざまに袖をちらつかせながらも、自身の世界へ足早へ去っていく。

逆に、同様のおひとりさまスタイルを持った方や、「普通」の価値観に疑問を持たれている方は、立ち去る前にハッと振り返る。そうして同様に振り返った私と目が合う。

これは比喩ですけれど、そういうカチッとハマる瞬間が巡ってくる。
そこで初めて時間を共有し、血肉の通ったコミュニケーションが成立するんです。


と、まぁ長ったらしく話してますが、シンプルに「いまを大切にしようぜ!」くらいのテンションです。

よくある話だけど、カントリーロードみたいな長い道を走っている時、たまたま方向と速度がおんなじくらいの人と一緒に時間を過ごすみたいな感じ。

バスに乗ってるんであれば、たまたま乗り合わせた人と席を譲りあうし、ロードバイクに乗ってるんであれば、たまたま並走した人としばらく道を共にする。


で、分かれ道に差し掛かったら、さようなら、楽しかった!と手を振る。その人とは、またどこかで巡り会うかもしれないし、二度と会わないかもしれない。

もしくは当初の目的を忘れて、終点までついつい乗り合わせちゃうくらい気が合う人もいるかもしれない。でも、遅かれ早かれ、どこかしらの分岐路で別れは来る。

風景が変わり始めたことを不安がって、引き返す人もいる。
もしくは好奇心に駆られて、速度を速める人、あるいは立ち止まる人なんかもいるかもしれない。
猫暮も変わるし、当然相手も変わる。

でも、気にしない。
また会うもまた会わないも、些細な事。
無理に会う必要もないし、無理に遠ざける必要もない。

私の憧れる人は、このことを良く理解している気がする。
だから新陳代謝がすっごく早い。
一緒の空間に居れたとしても、ほんの一瞬だけ。

なので、変に悲しまずこじらせず受け入れる、受容の心が大切だなぁと最近は実感しています。

「心地よきおひとりさま状態」

とってもスキ。




一年くらい前の話だけれど、わりと人間関係こじらせちゃってた時期がありました。今思うと、「結局、今のわたしは何がしたいわけさ?」ってすっかり迷子になっちゃっていて…。完全に目的見失っちゃってたなって。

世間体やら、人間関係やらに執着し始めると、目的がきれいさっぱり消失しちゃってても気づけなくなる。むしろ、目的をむりくり合理化したりとか、すり替えたりして自分を保とうとしちゃう。

究極的には、当初の目的から別の目的へガラッと変えたってイイ。人間なんだからそれは当然の変化。でも変えた先で「自分にウソをつき続ける」のは、べらぼーにしんどいぞ、と…。

だから、ピタッと立ち止まって考える時間は本当に必要。
今の自分は、ちゃんと好奇心に従って行動しているのかな?って。

ぶきっちょな人ほど、時間を惜しんじゃいけない。
回り道、大事。

迂回先で、たまたま一緒になる人だっているんだし、高速道路に乗り続けるだけが最適解じゃないんだよ~、って感じです。

(にしても猫暮は路地裏行きすぎだし徐行運転しすぎ感あるけれど。)


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