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かける君、最後のお願いです。
私を殺して、綺麗な海沿いで燃やして欲しいのです。
犯してはいけないことだと、分かっています。
ただ、私にとって棺桶は狭いのです。さざ波を聴きながら、自然と一つになって終わりたい。冷たい波にほだされながら眠りたい。最後まで何も叶わなかった人生です。一つだけ、叶えてくれないでしょうか。

寝ている彼女の枕元に僕宛ての手紙があった。

これまでの思い出が胸をつんざいて、手紙を握る手に自然と力が籠る。皺がつかないように手紙を大事に戻して、彼女の最後と向き合う。

「手紙、呼んでくれた?」

向こうを向いたまま彼女は囁いた。

「起きてたのか。」

それ以上、何も言えなかった。

「明日、私をここから運び出して。」

「、、、、、、、」

「最後の願いを、叶えてね。」

どうしてそんなに優しい口調で話せるのか、分からなかった。

「もう助からないのは、お医者さんも、言ってたけど、まだ諦めちゃ

「いいの。大好きなかける君に、苦しいとことか、弱ってるとことか、見せたくないから。」

彼女の声は震えを押し殺していた。

「今日はもう帰るよ。家で、考え、させて。」

無機質な部屋に沈黙がこだました。

「帰る前に、こっち、来て。」

彼女は寝たまま僕を強く抱き寄せ、キスをした。

もう忘れられないじゃないか。

涙を必死にこらえながら、何度も口付けた。

僕はもう正気では居られなくなりそうだった。

「今日も吸ってきたでしょ。病人を肺がんにするつもり?」

僕の決断は早かった。

家に着いて、彼女の必死の作り笑顔と、痩せ我慢の冗談を見て、覚悟が自然と決まった。

次の日は、大学を休んだ。

夜遅く、彼女の眠る部屋に忍び込み、彼女を車までおんぶして運んだ。

あの手紙は、机の上に置いてきた。
内容的にちゃんとお願いしてあるから、警察が来ても大丈夫だって、そんなわけないよな。

背中にのしかかる体温は、間違いなく彼女が生きている証で、背中に伝わる早い鼓動は、やっぱり彼女が生きている証だった。

ものの数十分で、僕らを乗せた車は人気のない港に着いた。

「一思いに、お願いね。遠慮すると何度もやる必要があるでしょ。痛いのはいやだよ。」

彼女は僕に包丁を握らせ、震える手を両手で包み込んでくれた。

「やっぱり、俺、」

「今までありがとう。大好きでした。これからも、大好きだよ。」

宵闇の中、月明かりに照らされる彼女の目を見た。もう彼女は半分この世界にいなかった。

両手で思い切り包丁を振り上げた。

ブルブル震える手とぐしゃぐしゃになった視界、荒くなった呼吸が僕の形を歪めた、


ドスッ


彼女の下顎呼吸を聴きながら。愛を伝えた。
ずっと、伝えていた。朝が来るまで。
彼女はできる限り聞いてくれた。ありがとうね。

その後は自分でも不思議なくらい冷静だった。

人に見つかる前に、と砂でくぼみを作り、痩せて血も抜けたせいか軽石のようになった彼女を寝かせ、
火をつけた。

流石にそれは見れなかったが。煙となって空へ登る彼女をずっと見ていた。

朝の海岸線に煙が登っていく。

海岸に伸びる二人分の足跡は、一人分になった。

僕は二本タバコに火をつけて。一本は口に、もう一本は彼女に備えた。

今日くらいは、一緒に吸ってくれよ。

朝焼けに照らされて、煙の彼女はキラキラ輝いていた。

天使みたいだ。

空が、飛んでみたいって、言ってたもんね。

煙はゆらゆらくゆって、それが、彼女が手を振っているようだった。

途端僕は泣いた。大声を上げて。

口元のタバコの煙が彼女と交わって、ひとつになって、高く高く登っていった。

踊っているようだった。

僕も、踊った。


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あとがき

深夜にかきました。
betcover!!の回転・天使、を聴きながら。






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