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続編

夕方6時過ぎ、大宮から高崎に向かう電車に乗り、
あとは座っているだけになったためようやく雑踏をイヤホンでかき消すことができるようになった。
ぎゅうぎゅうな車両内で、脳内だけはパーソナルスペースをとりたくてノイズキャンセリングを押す。

何か物言いたげなそんな可愛くない横顔のOL、日焼けしたバカそうな男子中学生たち、勉強なんかしていないであろう女子大生たち、疲れきって立ったまま寝ている作業服の男、強面で刺青の入っているガタイのいい極道面。

電車は個性を運んでいた。

北鴻巣に着き扉が開くと、田舎の中の都会、のようななんとも形容しがたいいい匂いがして、思わず扉へ振り向く。

疲れきった人々が一人、また一人と社会から自分だけの物語へと帰っていく。列車は変わらず動いた。

大宮始発では無い高崎行きは人がすごく多い。上尾や北本では椅子に座ることすら出来ず、扉にもたれ掛かる。

吹上に着いてようやく座れそうな席ができたようだ。どこかいい所はないかと席を探す。
荷物が大きいから人の邪魔にならない席がいい。
奇跡的に座ることが出来たのは扉のすぐ隣の席。

その時

「おいおっさん、うちらと座らないでくれる?どう考えてもうちらが一緒に座りたいと思わないよね。」

二人掛けが向き合った、この路線でしかまだ自分は見たことがない席で、女子大生三人組が座っていて、余った一席に座った作業服の男に文句を言っている。

かわいそうにな、おじさん。一番くたびれた顔してるのに。

「気持ち悪いんだよ、キャハハ」
「いいすぎだって、キャハハ」

OLは我関せずな顔でケータイを弄っている。男子中学生達は面白いものを見るような顔で撮影を始めようとしていた。

誰か助けてやればいいのに、他の人達は皆寝たふりとか寝てるとか、気付かないフリをしているに違いない。

「すみません、他の席に座りますので、」

「まだそんな席ねーだろ!他の人にも迷惑だから座んじゃねーよそんな汚い服で!」

おっと、すみません、電車が揺れた衝撃で隣の人に荷物がぶつかってしまった。足のバランスに集中した脳みそを口論に再度向ける。男子中学生達がことに巻き込まれないように息を押し殺しながら、それでいてにやにやしながら撮影を続けていた。

うちらサイコーのギャルマインド。他人からの注意やモラルを破ることを自分たちが良ければいいと解釈するマインドには正直腹が立ったが、自分が注意する勇気はないため見守りを続けた。

おじさんが席立った時、ドスの効いた声がした。

「おいあんた、ここ座んな。」

振り向くと、極道面。自分の座っていた席を立って指さす。

女子大生3人組はもちろん、中学生も背筋が凍ったように真っ直ぐ伸びて、何も言えないでいる。

向かいのドア際のOLは我関せず。だった。
イヤホンもしてないのにイヤホンしてる俺の方がビビってるよ。全くどういう神経してんだこのOL。

「私、ですか、」

「あんたしかいないよ。ほら、さっさと座んな。あんたが1番偉いんだぜ。どう考えたって一番くたびれてる。現場帰りかい。」

極道面のドスの効いた声は温かみを帯びていた。
多分この場の誰よりも思いやりがあった。

「すみません、本当にありがとうございます。」

おじさんは丸い背中をさらに丸めてお礼をした。

俺はそのまま女子大生に言ったれ!撮影してるガキにも!言ったれ!と思っていたが、それ以上極道面は何も言わなかった。そして女子大生にも中学生にも、何も言わせなかった。そんな空気を作っていた。

熊谷で女子大生達は降りていった。バツが悪そうに、おじさんから遠い方の扉から降りていった。

籠原の車両切り離しの時、OLは降りていった。
ちらっと目が合ったが、やっぱりそんなに可愛くなかった。

中学生は岡部で、既に話題は流行りのYouTubeの話になっており、ケラケラ笑いながら降りていった。

作業服のおじさんは、神保原でより一層疲れた顔で。たださっきより少しは良くなった背筋で降りていった。極道面に再度お礼はしなかった。

人は、こうして社会という共同創作の物語から降りていくのだろう。
それぞれに家があって。家族がいたり、一人暮らしだったり、彼氏がいたり、猫がいたり。

あんな女子大生も家では真面目にしているかもしれないし、OLは映画を見て泣いているかもしれない、中学生は夕食を待ちきれずにいるかもしれない。おじさんはビールだろうな。

一人一人がクランクアップしていく。
その人の物語へと降りていく。 人が居なくなったスペースに何か侘しさのようなものが埋まっていく。

彼ら一人一人の生活を想うと、少し寂しくなった。

極道面のおじさんはほぼ最後、倉賀野まで降りなかった。この人はどんな人生を歩んでいるのかな。

とうとう車両には自分と詫びしさだけになり、窓を流れていく一つ一つの家屋の生活の光が、何気ない日常を強く思わせ、その侘しさをより強くした。

沢山の登場人物がいた、社会の、この電車内の物語に。皆そこから降りて、俺の知らない物語へと帰っていく。

何か物言いたげなそんな可愛くない横顔のOL、日焼けしたバカそうな男子中学生たち、勉強なんかしていないであろう女子大生たち、疲れきって立ったまま寝ている作業服の男、強面で刺青の入っているガタイのいい極道面。

寝たフリをする主婦。ゲームに夢中で事に気付かないオタク。勇気を出して注意しようとしたけどあと一歩足りなかった青年。いい年こいて若者みたいな服装してるロックンロールなおじいさん。優先席に我がもの顔で座る健康そうなメガネ。

電車内で起きたことに心の中でいちいちイチャモン付けながら特段何もしない。そんな傍観者、自分。

すごく寂しくなった。見ていただけなのに。
物語に入れてもらえていなかったような気がした。

列車は高崎駅に着いて、扉は気の抜けた炭酸のような音で開く。ホームに降りて、自分も「物語」から降りる。

演じるなら、もっと人間でありたい。

演じるなら、もっと、生活を愛したい。

演じるなら、もっと、もっと、必死に暖かくありたい。

俺も生活に帰っていく。変わらず、続く。
それが愛しいんじゃないか。

秋らしくなってきた夜の空気に触れ、ため息をついた俺は彼らの今を想像しながら、階段を上がっていった。

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あとがき

フィクションです。いやにリアルだけど。
「4月の怪物」を聴きながら。


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