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鈴原るる卒業とその終わりの迎え方

6/24、にじさんじ所属のバーチャルライバー、鈴原るる6月末での卒業を発表しました。

その美大生設定から生まれる個性派サムネイルの数々や、負けず嫌いだが常に物静かで、表情の豊かさと長時間配信をものともしないタフさを兼ね備えた、癒しと恐怖の申し子とも言うべき唯一無二のライバー。

他者のマネできないその個性的なキャラクター性は、とても好感の持てるものだったと思います。

そんな鈴原るるの卒業報告は、とても唐突に訪れたように感じました。
卒業発表があったのは、本人の誕生日に配信された歌枠の後半、ラスト1曲を歌う直前でのことでした。

にじさんじライバーの「自身の記念日に卒業を発表する様式」は、昨年10月の出雲霞誕生日記念配信や、今年3月の御伽原江良2周年記念配信と、なんだか最近は恒例になりつつあります。

このことについては、本人との契約期間更新や、記念グッズ等物販収益の企業的理由などもあるでしょうから、ある程度致し方ないことと理解は出来る反面、とても残酷な卒業様式だと、毎回思います。

特に推しのライバーの誕生日を純粋に祝いたかっただけの人の耳に、唐突に口にされた「卒業」の言葉は、どのように響いたのでしょうか。

しかし、今回の彼女の6月末の卒業に限って言えば、それこそ1~2カ月前ぐらいから、実はネット上で杞憂する声がちらほらあったことも事実です。

終了告知のあったパーソナリティを務めるラジオ放送、過去の休止や病気の報告、GWに何故か夏の怪談企画開催、ANYCOLOR株式会社のtwitterファンマークが何故か鈴原るると同じ「🎨」、珍しく連続する仲の良いライバーとのコラボ、6月末に向けて進むポケモン配信のラストと、同じく唐突にスケジュールに載った彼女の代名詞とも言うべき魔界村配信、等々。

その都度都度では杞憂とされた「上記の動向を理由にした卒業の推察」は、結果としては「大当たり」だったわけですが、これらの兆候を事前に確認し、ある程度心構えが出来た状態で配信を視聴し、卒業報告を受け止めることができた人は、今回どの程度居たのでしょう。

もちろん卒業・引退はいつかは訪れることですし、その別れが唐突であることもそう珍しい話ではありませんが。

その「唐突な別れ」を各ライバーの卒業ごとに繰り返された結果、ファン側が推しライバーの挙動に一喜一憂し、杞憂し続けなければいけないような状況が、どうもファンの一部には生まれつつあるような気が、私にはしてなりません。

それこそつい先日、SEEDs1期生の3周年コラボが発表された際に「前回SEEDs1期生が全員集合したコラボの後に出雲霞が卒業した」ことから、「今度もまたSEEDs1期生から誰か卒業するのではないか?」という杞憂とも邪推ともいえる話題が出ていたあたりなどが、その顕著な例ではないかと思います。

特ににじさんじに限った話でもないのですが、最近の大手Vtuber界隈で増えたこの手の杞憂連打と、それに付け込む愉快犯が頻繁に生まれ、結果として「ネットで情報を拾えば拾うほど企画を気軽に楽しんでいられなくなる」という状況は、どうにかならないものでしょうか。

ただ、今回の鈴原るるの卒業理由については、最終日の配信である6/30には語られるとのことなので、ひょっとするとその卒業の唐突さについても、何らかの答えは得られるのかもしれません。

今はその日が来てほしいような、来てほしくないような、そんな複雑な気分でいます。


さて、今回の鈴原るるの卒業は「2021年のにじさんじの卒業ライバー」「チャンネル登録者数50万人以上の卒業ライバー」「2019年上半期デビュー組の卒業ライバー」、いずれも御伽原江良に続いてこれで2人目になります。

 2018年にVtuber業界で頭角を現した「にじさんじ」というグループ。

そのグループが業界の主流になるまで成長した理由のうちいくつかは、私は2019年の上半期、御伽原江良鈴原るる達がデビューした頃に感じた、ライバーごとの「配信の多様性」と、その独自路線のライバー同士のコラボによって「毎日新しいお祭り騒ぎが生まれる」勢いがあったからこそ、だと思っているのですが。

そのお祭り騒ぎの立役者にして、独自路線の双璧とも言うべきライバー2人の相次いでの卒業が、今後のにじさんじにどういった影響を与えるのかは、まだわかりません。

しかし少なくとも、これまで私たちが楽しんできたお祭りのいくつかが、もう二度と手に入らない過去の物になることだけは確かなのだと思います。

鈴原るると過ごすお祭りの残された時間はあとわずかですが、そのお祭りを最後まで私も楽しみたいなと思います。


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