彼女はいつも膝を擦りむいてる
「長いこと表現を続けたいなら、作品と自分は早めに切り離せ」
そう言ってくれたことが、わたしはとても嬉しくて
でもやり方が分からずに、わたしは相変わらず膝を擦りむいている。
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随分と皮肉っぽくて、ぶっきらぼうに見えて、
こちらが傷つこうがそんなことお構い無しに正直で、
だから内心、その人と打ち解けられる気はまったくしていなかった。
長いこと芸事の世界で身を立ててきたという人だった。
その人と会うのに前後して、わたしはひとつの作品に取り組んでいて、
ベッドに突っ伏して泣いては、それでも這うように作業台に向かい
分解しては戻し、修正を繰り返し、
人からの意見に一喜一憂し、そして全てを無視したりしながら
なんとかそれを完成させた。ある人へのある気持ち、それだけが動力だった。
完成させられたことは嬉しくて、
そしてそれが自分の中で、他人に見せられるレベルに達したことも同様に嬉しくて、
それでそんなことを話のついでに、ぜんぜん関係もないその人に聞いてもらったのだった。
取るに足らないもののように扱われるだろうとどこかで思っていたけれど、そのときは嬉しい気持ちの方が勝っていたから。
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反応は意外だった。
澪は想いが強いんだ、と前置きしてから、その人は随分と真面目な顔をして冒頭のようにわたしに言った。
「長いこと表現を続けたいなら、作品と自分は早めに切り離した方がいい」と。
ふうん、と流されたりとか、
あっそう、と興味なさそうに言われるような未来を予想していたものだから
あんまり真剣に言ってくれたことにわたしはちょっと驚いて、
でも同時にすごく、ちょっと今までにないくらい嬉しかったのだった。
ものを生む人間から、ものを生む人間として見てもらえたこと。
しかもそれが焚きつけやそそのかしじゃなく、ちゃんとした、真摯な言葉だったこと。
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それで、生活に戻ってからも、その人が言ってくれたことをよくよく考えている。
わたしのことを思って言ってくれた言葉だということも、
彼の言うことがおそらく、芸術や芸事の世界ではほぼ全面的に正しいのだろうということも、
今まで見聞きしてきたことから照らし合わせればよく分かった。
それがきっと、生き残り、自分の作品を残していくためには必要な性質なんだと思う。
だけどいままで、わたしはそういうことを考えたことがないから。
わたしの愛するアーティストたちも、自分の命を燃やすことで人の心を打つような、そんな人たちばかりだったから。
やり方がよく分からなくて、わたしは相変わらず泣いたり、落ち込んだりしながら作品と向き合っている。
だけど大切なことを言ってもらったのには気づいている。
どうやったら、生き続けて、素晴らしい作品を残すことができるのだろう。
それに試行錯誤して、わたしは膝を擦りむいている。
だけど膝を擦りむきながら、次は上手に転べるように、その次は転ばずに欲しいものをつかまえられるようにって。
その人がわたしを「もの生む人間」として扱い、言ってくれたことを大切にしたいから、
少しずつ、自分のなかの何かを変えてみようと思う。
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