あなたを想って色とりどりに
”自分のために服を着る”ことが良いことみたいに言われるけれど、
誰かのために服を着るとき、わたしは無敵になる。
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ちょっと前、冬から長いこと会えていなかった祖母に会いに行った。恋人より誰よりわたしのいちばん愛しい人。
もう100歳も超えた祖母はいまだに人と接することや活気のある場所が好きで、
世の中がこんな具合であることまでは分からなかったとしても、人が訪ねてきたり訪ねて行ったりすることが極端に少なくなったことで、しょんぼりしている日が増えた。ぼんやりすることも増えた。
たとえそれが今は最善だったとしても、色のない場所で変わり映えのしない毎日を過ごし、外の空気を吸うこともろくに許してもらえずにいることは、彼女の生来の明るさや気力をあからさまに奪っていっているみたいだった。
だからわたしは祖母に会うのに、
とびきり綺麗な色の服を着ていくことにした。
祖母のいるところは保守的で、あんまり人目をひくような格好や言動は好まれない。
赤い口紅ひとつでさえ、年長者たちをびっくりさせてしまう。
だからその場に溶け込むためには、最近流行りのくすんだ色や、メゾンっぽいモノトーンの服装で行くのが無難だろうということは、ちょっと考えればわかること。
わたしは彼らが好きだし、うまくやっていきたいと思っている。だからいつもならクローゼットからそういう服を何枚か取り出すところだ。
だけどわたしはそれに従わないことに決めた。
世の中には綺麗な色がたくさんあって、世界はまだ楽しいところだと祖母に思い出して欲しかったから。
悪目立ちがなんだというのだ。
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きっと上半身にはっきりした色を持ってきたほうが、ばっちり目に入るだろう。
そう思ったから真っ白のタンクトップ。
それに潰して間もない葡萄の果汁のような、赤みがかった紫色の大きなストールを
むすんでひらいて、即席の服のように変身させて羽織る。
ぎらぎら銀色のグリッターのスニーカーも履いた。
このために塗ったわけではないけれど、ついでに言うと爪もアルミニウムみたいな銀色だった。
明らかに目立つだろうけど構わない、と思った。
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車に乗って会いにいく。そしてわたしの目論見は当たった。
ひさびさに会った祖母はまずわたしの服を見て
「綺麗な色だこと」と言った。まだ少し元気はなかったけど、ぼうっとしていた目の奥がはっきりとし始めたのがわかった。
途中で買ってきたアメリカのお菓子じみた色のアイシングクッキー。
黄色とピンクをふたつ渡して”どっちがいい?”と聞くと、それらを交互に見てからはっきりしたピンク色を選んで手に持った。
両方あげるよ。おなかが空いたらみんなに内緒で夜中に食べちゃえ、と囁くとちょっと笑っていた。わたしたちはどうでもいいことも内緒話にするのが大好き。
その日、祖母のいる場所のすぐそばの宿で眠った。案内された部屋の窓から見えた藤の花の色は、偶然にもわたしの着ていた服と同じ組み合わせだった。
こういう状況なのでずっと一緒に遊んでいられたわけではないのだけれど、それでも翌日帰りがけに会った祖母は、ちょっとだけ元気になっていた。冗談も言ったり笑ったりするようになった。
鮮やかな色が、彼女の心を少しだけ軽くしたみたいだった。
またすぐ会いにくるから、しっかり食べてよく遊んでよく眠ってねと言って、わたしはたくさん手を振って彼女の住むところを後にした。
祖母はこのところ近い出来事をよく忘れてしまうからすこし寂しかったのだけど、あとで聞いたらわたしが訪ねてきたと大叔母に電話で話したらしかった。
わたしの存在とわたしの着ていた色が、しっかり彼女の心の中に残ったようで嬉しくなった。
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わたしの派手ないでたちは、きっと周りの人たちからは異質なものとして映ったに違いない。
実際そういうことをちらりと言われたりもする。
だけどわたしはそれをなんとも思わない。
わたしはあの場所に行くとき祖母のために装う。
愛する人の記憶に残るために、愛する人の心に鮮やかさを取り戻すために。
誰かひとりを心に描いて服を着るとき、
わたしは何も怖くない。