連載第1回ヴァン・モリソン「アクセンチュエイト・ザ・ポジティヴ」から聞こえる音楽史 ベルファスト出身の名シンガーのアルバムを久々に聞いた。
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はじめに
いささか長い記事になリますので手頃な長さに分けて、分載、連載といった形にします。
記事中で、おなじみWikipediaは随所で参照しますが、当然のことながら、ただ右から左に書き写すわけでなく、私なりに信頼がおけると判断した場合において、記述の拠りどころにしたつもりです。
また、音楽ソフトの情報サイトDiscogの
ページも紹介することが多くなります。
本文を補足する形で「Reverb残響追加部」と「Overdub追加音響部」という項目がありますが、前者が「注」で、後者が本文内容に関連した「コラム」です。
ならば「注」に「コラム」とすればいいようなものですが、音楽に関する文章なので、そんな風にすれば楽しいかと思いました。
両者の違いは記事の本文との距離です。「Overdub(追加音響部)」の方が少し離れていることになります。
どちらにせよこの「Reverb(残響追加部)」と「Overdub(追加音響部)」は読まずにとばして、本文だけ読んでいただいてもよいようにはしてあります。読んでいただくに越したことはないのはもちろんですが。
ただ、「Overdub(追加音響部)」が長くて、本文の続きを見つけるのに長くスクロールしなくてはならない所があり、ご面倒をおかけして恐縮ですが、ご容赦いただきたく思います。
では始めます。以下、第1回目です。
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北アイルランド、ベルファスト出身の名シンガー、ヴァン・モリソン
2ヶ月半ほど前、今年の2月になって入ってきたニュースに「イギリスの北アイルランドで2年ぶりに自治政府が発足」して、「アイルランドとの統一を掲げるカトリック系の政党」の「オニール首相」は「対立してきたプロテスタント系の政党などと協力する姿勢」というものがあった。
このニュースがどんなニュースなのかは、上掲の元のニュースに当たっていただくとして、ここで確認したいことがある。それは、このニュースの前提になっているのは、北アイルランドが、地理的にはアイルランド島の一部(ご存知のように北東部に位置する)ではあるものの、国家の枠組としてはイギリスに属しているということである※1。
Reverb(残響追加部)※1
これは、ことさらに記すまでもない常識かもしれない。ただ、例えばイギリスのことをUKという略称で呼ぶのは、日本の音楽ファン、ブリティッシュ・ロックのファンの方もよくされることであるが、その際、UKという語が「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」の略であることが、あまり意識されず、十把ひとからげにイギリスという以上には意味が無い使われ方をすることがありはしないだろうか※2
Reverb(残響追加部)※2
と言ったって、そういう意味合いでUKという語を使ったら間違いだとは言えないだろう。何が悪いんだ⁈ってなことになる。
さらには、イギリスという連合王国を構成する4つの国の独自性について、実体験を通してよくご存知で、通りいっぺんの私の認識なぞ及びもつかない見識をお持ちのブリティッシュ・ロック・ファンの方が、実際にいらっしゃるのを私は知ってもいる(この件についてはラグビーとサッカー、その2種類のフットボールのどちらか、あるいは両方がお好きな場合、明確な認識を持つ人が多いことになるだろう)。
もちろん、音楽ファンの中ではこの4つの国のフォークロア音楽とその現代化の愛好家であれば、その各地域についての見識は格別なものである。
そう考えていくと私などが余計なことを言うまでもない気もますますしてくる。
しかし、北アイルランドの首府ベルファストの出身で、音楽家としてキャリアを積み重ねる中で、大英帝国勲章OBE(日本の文化勲章を思い浮かべれば当たらずとも遠からずだろうか)を受賞したりもしている名シンガーにしてソングライターのヴァン・モリソンについて、存在の前提となる事実には触れておきたかった。
つまり、イギリスとアイルランドの関係の歴史の中に生き、両国間の社会的、文化的はざまに立つ運命を担うひとりであるこの人も、境界線上の存在である音楽家ということになるだろう。
といっても今回それについて書いてみようとしているアルバム「アクセンチュエイト・ザ・ポジティヴ(Accentuate The Positive)」は、イギリスとアイルランドの関係ということとは直接の関わりはない。ただそこにテーマとして、境界線上の存在であることが鳴り響いているのは確かなので、その点は明らかにできればとは考えている。
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30年ぶりにヴァン・モリソンのアルバムを体験
「アクセンチュエイト・ザ・ポジティヴ」は昨年11月に新作として発表されたアルバムで、やはり昨年発表されたその前作「ムーヴィング・オン・スキッフル(Moving On Skiffle)」にひき続いて、それぞれ新譜として私が聞いたというわけである。
だが、実のところヴァン・モリソンのアルバムをちゃんと聞く体験としてはそれは30年ぶりのことだった。
「アクセンチュエイト・ザ・ポジティヴ」Van Morrison Official Siteの紹介ページ
Van Morrison Official Chanelより
近年のアルバムの収録曲を1曲や2曲ならラジオやネットで聞いたことはあったが、まるごと全部アルバムを聞いたのは1993年に発表された「トゥー・ロング・イン・エグザイル(Too Long In Exile)」が最後だったのだ。
そんなわけで久々に聞いたヴァン・モリソンのアルバムだったが、2作共に充実していて、たいへん興味深い内容だったので、何か書いてみたいと考えたわけである。
しかし何しろ30年の空白である。その間のことに少しは見当をつけてから書くべきではないかとは思えた。
けれど30年の間の作品を聞いてからなどとしていては、いつになったら仕上がるか分からない。
だからアルバム1作聞いて、その体験から書けることを書くのに集中しようとしたのである。
だけど、結局好奇心に負けて、少しづつさかのぼって、このアルバム、次のアルバム、と聞いてしまい、30年の時をさかのぼることになった。
そしてそれは、なかなか有意義な体験であり、時間を割いてみてよかったのである。
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ヴァン・モリソンの音楽
ヴァン・モリソンはシンガーとしては発声、節回しが瞬発力に富んでいて、立ち上がりの素早い鋭角的な感触がある歌唱は物質的な存在感を備えている。それでいてそのエネルギーは外に向けて発散されるばかりではなく、静かに自らの魂のあり方を見つめる内省的な視点に揺るぎがないことを感じさせもする。
ブルース/40’s〜50’sR&B/ソウルミュージックの強い影響のもとにあるシンガーならではの力強く、歯ごたえのある歌唱を聞かせる一方で、フォークロック系の繊細なシンガーソングライターの内的な探求への志向をあわせ持つと言えばよいだろうか。
さらにジャズの要素が多く取り込まれ、場合によってはアイルランドやイギリスの
フォークロア音楽の現代化の要素とも関わるなど、その全体を一言では説明のし難い音楽性も重要な特徴である。
ソングライターとしても、ゼム(Them)というバンドを結成して活動をしていた頃、1960年代前半に作った「グロリア(Gloria)」はロックのスタンダード曲のひとつと言えるだろう。
ソロ活動を始めてからも名曲と感じさせる作品を数多く作っている。
この人は1945年生まれなので現在80代目前だ。その彼が近年も精力的に活動していることは、報道を通してなら認識していた。
しかし今回その作品群を聞くと、彼の存在、その活力がいきいきと感じられ、やはり音楽家のことを知るには、その音楽を聞かなければと、あらためて深く体感することに
なった。
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近年の速いペースでのアルバム発表
音楽のジャンルのことを言えばヴァン・モリソンはロック界の音楽家であるわけだが、そのロック界に限ってみても、今の時代ポール・マッカートニーやリンゴ・スター、ボブ・ディランに、ミック・ジャガーとキース・リチャーズといった面々が、80代を迎えて元気に活動している。だから彼の活動についてもそれほど驚くことではないのかもしれない。
ただ、それにしても、この人で目立つのは
この6、7年は発表するアルバムが多いこと。
もっとも、このヴァン・モリソン、そもそもが音楽家として多作なのも確かである。
1960年代後半にソロ活動を始めて以来、ほぼ毎年1作アルバムをだしていて、たまに少し発表のペースが緩む時期があっても、すぐにペースを取り戻し毎年アルバムを発表してきた。年に2作発表したことも何度もある。
21世紀になってからも2010年前後に少しペースが緩んだとはいえ、2016年にアルバム「キープ・ミー・シンギング(Keep Me Singing)」をだした後、コロナ禍が始まった2020年は、ネット上で数曲を発表しただけでアルバムをださなかったとはいえ、それ以外の年は毎年アルバムを発表し、2017年、2018年と昨年2023年は、年に2作を発表している。
内容自体はどの作品もしっかりした造りで、できあがったものへの評価は、またいろいろあり得ると思うが、いい加減に作られたものではない。
そして何作も続けざまに発表していても、どれも同じようというばかりでなく、制作の趣向を変えたアルバムもある。
そういった中には歌唱も演奏も雑なものではなくても、アルバムの狙いは外れているように私には思えるものもなくはない。
だとしても粗製乱造という言い方はできないようなアルバム群である。
確かにていねいに作り込んである、といった印象のものではないのだが、この人は普通にやれば、このくらいは軽くできちゃうんだろうな、そういった感じの充実ぶりなのだ。
もっとも近年ヴァン・モリソンのことが話題になったのは、その多作ぶりよりも、コロナ禍に対する見解と対応の姿勢だろう。
それは物議を醸すようなものであり、マスメディアでの発言のみならず、自作曲の歌詞にも、その主張は盛り込まれた。
この件については、ここではこれ以上深入りせずに話を進めたい。
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昨年、2作のカヴァー集を発表
ともかくそうしたことがあった後に、昨年、発表されたのが私が久々に聞いたアルバム2作だったわけだが、どちらもカヴァー集である。
カヴァー集というと、この人のようにシンガーソングライターであることが基本的なあり方だと、番外編のようにみられたり、あるいは気楽に作ったくつろいだ作品とも受けとられるかもしれない。
だが2作共に単なるカヴァー集というだけでない作品であり(といって堅苦しい音楽というわけでもないが)、アルバムによって照らしだされる音楽史と共に、ヴァン・モリソンという音楽家のあり方も明確に浮かび上がるものになっている。
コロナ禍に関することが、どうしたって印象に残ってしまうわけだが、そのことによって、このカヴァー集2作が提示しているものを見落としたくはない。
その2作の内、後からでたアルバム「アクセンチュエイト・ザ・ポジティヴ」について書いていきたいというわけである。
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最新作「アクセンチュエイト・ザ・ポジティヴ」
アルバム「アクセンチュエイト・ザ・ポジティヴ」は収録された19曲すべてが、20世紀半ばと言っていい時期に発表されたものである。
歌唱については近年のこの人、このアルバムに限ったことではなく、声に衰えが見られないのが、きわめて印象的だ。
それでいて長年活動を積重ねることで得られた熟成をしっかりと感じさせもする歌唱である。
21世紀に入ってから、活動を共にしてきたバックのプレーヤーたち※3の演奏も充実していて、ヴァンの歌との息の合い方も見事だ。
豪華ゲストが客演している曲もあるのだが、ヴァンと彼のバンドの奏でる音楽が、まず素晴らしく、ゲストもそれに自然にとけこんで、その中で、それぞれ味わい深いところを聞かせてくれる(どんなゲストがどの曲にといったことは後で順に紹介したい)。
それと全体の半分ほど、9曲でヴァンがアルトサックスのソロを吹く。アルトサックスを吹くのは、ヴァンのファンの方はご存知のように従来からのことだが、このアルバムの方向性との関わりが深いことでもあり、注目したい点である。
写真//Shutterstock
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連載の全体については以下の記事をご覧になっていただければと思います。
ガイドマップ的ご案内+目次 / 連載記事 ヴァン・モリソン「アクセンチュエイト・ザ・ポジティヴ」を読んでいただくに際して
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