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連載第2回ヴァン・モリソン「アクセンチュエイト・ザ・ポジティヴ」から聞こえる音楽史 ロック成立の「手前、直前」の視点から鳴り響く21世紀の音楽

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20世紀半ばに作られた曲が収録されている。

 この「アクセンチュエイト・ザ・ポジティヴ」というアルバム、全曲カヴァーであるわけだから選曲が注目点になる。
 そして実際のところ、取りあげられている曲からは、きわめて興味深いあり方が見てとれるのだ。

 収録曲が最初に発表された時期は第1回で述べたように20世紀の半ばと言えて、1930年代終わりから1960年代前半までに及ぶ。20世紀のいわば第2四半期から第3四半期とみることができる。
 ただ、それらの曲がとりあげられるにあたって、その前提となっているヴァージョンを推測してみると、1950年代から1960年代前半にかけての録音が意識されていると判断でき、時期の幅はもう少しせばまる。
 といっても、それ以前の録音がまったく関係ないわけではないと私には思えるのだが。

サウンドの基調から浮かび上がる方向性、発想

 アルバムのサウンドの基調は1950年代から1960年代初めのR&B(Rhythm And Blues)〜ロカビリー〜ロックンロール※4である。それにそれと同時代のジャズが少し織り込まれる。
 それらのミクスチャーであり、いわば過去の音楽のリミックスだが、その仕上げ具合は曲によってさまざまであり、サウンド全体が均一で個々の曲の独自性が聞けないわけではない。

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Reverb(残響追加部)※4
 R&B、ロカビリー、ロックンロールを「〜」でつないだのは、3種の別々の分野が隣あっているというより、互いにつながり
あっていて、明確な境界のようなものは見定め難いことを示したかったからである。特にロカビリーとロックンロールがどう違うのかなどと言いだせば、中々の難問だと思うし、この3種の音楽に分かちあっているものがあるのも確かなことだろう。また、この3種の言葉が、それぞれ言葉のあり方として同じ次元にあるものなのかという問題もある。ロックンロールという言い方でこの3種すべてを含んで意味する場合もあるのだ。といって、もちろんそれぞれの言葉が個別に意味するものが成りたたないわけでもない。そうした具合に、いろいろ躊躇や棚上げを含みつつ、この言い方で示したい音楽の実例を少しでも挙げておきたい。
 なにしろそれぞれに大変分厚い分野、傾向なので、例を挙げるったって途方にくれるが、とりあえず目についたものをということで、ご容赦いただければと思う。
 R&Bは1950年代から1960年代にかけてのそれを聞くためには外せないレーベルであるアトランティックの音源の動画サイトにあったものから。
 アルバム「アクセンチュエイト・ザ・ポジティヴ」収録曲中、オリジナルをビッグ・ジョー・ターナー(Big Joe Turner)が歌った曲のうち、「Flip Flop And Fly」が「Volume 4: 1955-1957」で、「Shake Rattle And Roll」が「Volume2: 1952-1954」で聞ける。

ロカビリーでは

サブスクからロカビリー集

 ロックンロールという語をロカビリー〜
ロックンロール〜R&Bを含んだ意味合いで
使って選曲してあるプレイリスト。
 アルバム「アクセンチュエイト・ザ・ポジティヴ」収録の「Hung Up My Rock And Roll Shoes」の、チャック・ウィリス(Chuck Willis)によるオリジナルヴァージョンが聞ける。


本文「Reverb(残響追加部)※4」前からの続き

 ただ、このアルバムの多くの曲で印象的であるオルガンの演奏については1960年代のソウルミュージックの色合いが濃い※5

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Reverb(残響追加部)※5
 1950年代のR&Bのオルガンというと
デイヴ・“ベイビー”・コルテス(Dave “Baby” Cortez)やビル・ドゲット(Bill Doggett)の名が挙がると思う。後者の音楽では主に前面に出るのはサックスかギターではあるのだが(以下の動画の内デイヴ・“ベイビー“・コルテスのものはふたつとも同じ曲だが、レコードのレーベルと本人、両方見ていただくことにした)。
ビル・ドゲットは2曲。

デイヴ・“ベイビー“・コルテス

ビル・ドゲット

 そして同時代のジャズ界ではジミー・スミスがこんな演奏をしていた(1957年のアルバム「グルーヴィン・アト・スモールズ・パラダイス (Groovin' At Smalls' Paradise [Volume 1])」まるまる1枚。

 本作にとってはきわめて大きな存在で、アルバムの主要なテーマのひとつと言える音楽家がレイ・チャールズだが、彼の1961年のアルバム「ジニアス+ソウル=ジャズ(Genous + Soul = Jazz)」において聞けるレイが弾くオルガンは、その鍵盤楽器の1950年代と1960年代、そしてジャズとR&Bの間をつなぐような印象がある(アルバム全体を収めたものと、そこからの楽曲「ワン・ミント・ジュレープ[One Mint Julep]」と「モーニン[Moanin’]」)。

 そして1962年にブッカー・ティー・アンド・ザ・エムジーズ(Booker T. & The MG's)の「グリーン・オニオンズ(Green Onions)」が世にでて大ヒットとなる。ソウルミュージックのオルガンと言えば、やはりこの曲以降ということになるのではないだろうか。


本文「Reverb(残響追加部)※5」前からの続き

 しかし、ともかく全体としてはロック、ソウルミュージックの時代直前、その手前の時期の音楽の要素が聞けるわけである。

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ジャンル成立の直前、手前からの視点が意味すること


 直前、手前と記したが、そのありふれた言葉が意味するところは、このアルバムの根本にある指向性を示している(英語にするとしたら[“just before” oriented]とでも言えばよいのだろうか)。

 それは全体を通して聞ける音楽性が、ロックとソウルの時代であった1960年代半ば以降の直前、手前の時期のそれであることだけを意味していない(現在から見れば1960年代全体をロックとソウルの時代と言ってしまいたくなるが、その10年間の序盤は、まだロックとソウルが形成され始めた時期ということにはなるだろう)。

 あたりまえのことだがいつの時代も、あるジャンルが成立するに際してはその直前、手前の時期があり、それは、まだそのジャンルが成立してなく、といって影も形もないわけではなく、何かができかかっている、成立しようとしている、そういった時期があるというわけなのだ。

 ジャンルの存在が浮かび上がりつつも未完成だった時期からの視点で成立したジャンルを見る。そういった姿勢がここでは示されていて、成立したジャンルとしてとりあえず想定されているのはロック、ということである。

 つまり、その視点から捉えなおすことができるジャンルはロックにとどまらない。ロックの直前、手前の時期の音楽であるロカビ
リー〜ロックンロールや1950年代のR&Bに
だってその直前、手前はあるということに
なってくる。

 これはジャンルとして成立している枠組から、それ以前の過去の音楽を捉えるのとは異なる音楽観の提示でもある。枠組が確定したジャンルの側から、その枠組を当然のものとして過去を見る音楽観ではないのだ。

 「直前、手前」の時期から見れば、あるジャンルの成立はまだ起きてない出来事であり、未来なのであって、不確定な可能性のひとつである。
 「直前、手前」の時期からの視点により、成立しているジャンルという枠組は不安定な流動性を帯びたものになり、そのジャンルのあり得たかもしれない別の姿が浮かび上がることだってあるはずだ。

 今回のヴァン・モリソンのアルバムは、そのようにジャンルの枠組を音楽史という時の流れの濁流へと解き放つ作用を秘めている。
 ジャンルという時の流れをせき止めるダムが決壊し、簡単には見定め難い、躍動する流れとしての音楽史が、その忘れられていた、あるいは知られざる姿を現すのだ。

 そしてそのことは単に過去を見直そうということではなく、過去から見て不確定だった未来としての現在、その別の姿、ロックの別の姿としての21世紀の音楽を見出す可能性へとつながっているのである。

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連載の全体については以下の記事をご覧になっていただければと思います。
ガイドマップ的ご案内+目次 / 連載記事 ヴァン・モリソン「アクセンチュエイト・ザ・ポジティヴ」を読んでいただくに際して

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