【短編小説】『毒と薬』 #シロクマ文芸部【逃げる夢】
逃げる夢を見なくなってしまった。
ずっと昔、おそらく生まれた時からそうだったのだろう。
実家が燃えてしまったあの日も、通っていた大学に殺人鬼が侵入したあの日も、いつも通っているあの帰り道にダンプカーが突っ込んで何人もの死傷者が出たあの日も僕は前日に夢でその光景を見ていたのだ。
ただそれは予知夢とはまた少し違うような気もしていて、どちらかというと「本当に単位を落としたらヤバいテストの数日前に留年してしまった夢を見る」ような、自らの生命の危機を感じた右脳が直感で危険信号を送ってくれているような、エゴイスティックな虫の知らせみたいなものだと自分では解釈している。
だってそうでも思わなければ天涯孤独の身となってしまった僕の慰めには成り得ないのだから。
順番も良くなかった。これくらいのバイオレンスな内容の夢は過去にも見たことがあったし、前日に見たゾンビ映画の影響かなと思って友人と遅くまで呑んでいたら突然警察から電話が掛かってきて僕以外の家族全員が亡くなったことを知らされた。
自暴自棄になって大学にもあまり顔を出さなくなっていたある日、校内に侵入した殺人鬼の毒牙によって友人が殺されてしまったことをゼミのグループラインによって知らされた。ちなみに殺されたのはゼミの講義中とのことであり、僕と友人は同じゼミに属していた。
あまりのショックに立ち上がることもできずに寝込んでいると、起きた時には塞ぎ込んでしまった僕を甲斐甲斐しく世話してくれていた幼馴染の彼女がいつものように僕の住んでいるマンションへと向かっている最中に家の前でダンプカーに轢かれていた。
ここで、疑惑は確信に変わる。僕は少し先の自分に降りかかる災難を、第六感のような力で事前に知ることができるのだと。
だが、それが何だ? もう、失いたくないものは全て失ってしまったのに僕だけがこの世界に取り残されてしまった。
ここ数日、僕は何かから逃げる夢を見続けている。そして今日、ついに逃げる夢を見なくなってしまった。きっと、このままここいるべきではないのだろう。だけど僕は、ここから動く気はさらさらなかった。
たまに、ほんのたまにだけど僕は病気を患っている人や障害のある人、心に病を抱えている人たちのことを羨ましく思う時がある。
五体満足で、誰が死んでも心の病気に罹らない僕は言い訳をする箇所がどこにもないのだから。
僕を追い続けているのは一体何なのだろうか。人かどうかも分からないその正体を目にした瞬間、僕は瞬く間に絶命するのだろう。それだけは夢を見なくても何となく理解していた。
静かな昼下がりの中、僕の家のインターホンがゆっくりと鳴った。
……痛くなきゃいいなあ。
小牧幸助さんの行われている素敵な企画、『シロクマ文芸部』に初めて参加させて頂きました。お初にお目にかかります、雪村と申します。
参加させて頂いたお題は【逃げる夢】です。
最初くらい明るい物語を書きたかったのですが、お題がお題だけにそっちの方向に舵を切るのが難しすぎました。ちなみに、左脳では気付いていないけどヤバい状況の時に予知夢のようなものを見て教えてくれるという経験は本当に何度かあったりします。皆さんはどうですか?
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