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百人一首に選ばれた人々 その14

 第九番歌 小野小町 『古今集』巻二春歌下
「花の色はうつりにけりないたづらに我が身世にふるながめせしまに」
 小野小町を本朝一の美人であると評したのは藤原定家だそうだ。藤原定家は小野小町の死後二百年も経過した鎌倉時代の人である。肖像画も残っていないし、会ったこともない過去の人を、どうして美意識の高い藤原定家が、小野小町を本朝一の美人だと評したのだろう。それは、やはりこの歌の評価が鍵であるのだろう。
 
 満開の桜に雨が降る。時間が経過することも「経(ふ)る」という。ちなみに、古語には「経(へ)る」という言葉はない。そして、小町は「花の色は移った」と言っている。普通は桜が散るときには色は変わらないのに、「散る」とは言わずに「色が移った」と言うのか。つまり、「私は形こそ変わったけれど、まだまだ現役で散ってはいないわよ」とでも言いたいのだ。小名木氏の解釈は見事である。
 
 それにしても、世界三大美女はクレオパトラ、楊貴妃、そしてトロイア戦争のヘレネだそうだ。そういえば、この美女はいずれも戦を起こす原因にもなった。本朝一の美人は、戦争を起こす原因にもならず、ごく普通に年老い、亡くなってしまった。
 そういえば、「本朝美人鑑」(ほんちょうびじんかがみ)の序文には、古今の「美人」と して著名な女性のうち、「位階富貴」を選ばず、「誠に美の道に達しこころはえかしこ き」女性をとりあげ、一般女性にとっての手本=鑑としていく、とあるそうだ。この本を読んだことはないが。
 それにしても、「誠に美の道に達しこころはえかしこ き」女性を取り上げたというのがいかにも日本人らしくて良い。テレビでよく見かける綺麗な顔をしてスタイルが良いが、話し方が幼稚でいかにもおつむが弱い、馬鹿な女などを、本朝美人のひとりだとして取り上げられても困る。

 第二十二番歌 文屋康秀 『古今集』巻秋歌下・二四九
「吹くからに明きの草木のしおるればむべ山風をあらしていふらむ」

 文屋(文室)康秀と朝康の親子は、天武天皇の系統だ。天武天皇の孫が、文屋真人の姓を賜って臣籍に降下した。それが大納言文室真人浄三(きよみ)とその弟の大市(おおち)はともに万葉歌人であるが、その生涯は平穏無事ではなかった。このころ罪に陥る皇族が多いので,沙門となり身の安全を図ったという。
 
 第二十三番歌 文室康秀
「吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風を嵐といふらむ」
 
 子供のころ、この歌を読んでなんだかつまらない歌だと素直に思った。山風を嵐と呼んだからといって、それがどうしたのだという気持ちしか湧かなかった。それなので、なぜ定家がこの歌を百人一首に入れたのかが全く理解できなかった。しかし、ある本に接して、あれは比叡山延暦寺の悪僧どもことを比喩したものだと理解してからは、定家の気持ちが分かった。
 
 この歌は「言ってはならないことをあっさりいってのけた歌」である。作者は、「山から来る嵐」と言う言葉で比叡山の僧侶たちのことを暗示している。比叡山の僧侶達は、本当に過激に振る舞った。

「平家物語」の一節にこんな言葉がある。「賀茂川の水、双六の賽、山法師。これぞ我が心にかなはぬもの」と、白河院も仰せなりけるとかや。

 比叡山に住む過激僧兵たちを「山から来る嵐」にたとえたが、朝廷にしてみれば康秀がこんな歌を詠んだため、比叡山の僧兵たちに余計な刺激を与えたかもしれないと、内心では気に病んでいたのかもしれない。

 ところで、この歌の作者はたいして身分が高くなかったが、小野小町が惚れるほどの大変な色男で、才気にあふれた人だったという。「詞はたくみにて、そのさま身におはず。いはば、商人のよき衣着たらむがごとし」とは紀貫之が『古今集』の仮名序で文屋康秀を表した言葉だ。
 
 これだけで、この作者の生き方が分かる。才能はあったが、才能が高いが故に、自信過剰で失敗をするタイプだったのだろう。才能があればそれなりに取り立てられた時代に出世しなかったのがその証拠である。「能ある鷹は爪を隠す」あるいは「出る杭は打たれる」という譬喩はいつの世にも通じる大変大切なものである。

 そう言えば、支那では鄧小平が、「韜光養晦(とうこうようかい)」という言葉を使い、爪を隠し、才能を覆い隠し、時期を待つ戦術を展開したが、その後無知無能の習近平によって、支那は世界制覇の野望を隠そうともしなくなった。そのせいで、今は徹底的に世界中の自由主義陣営に属する国から警戒されている。文室康秀は才能がたっぷりあっても自信過剰で失敗した。習近平は能力もないくせに、自信過剰で失敗するだろう。

 春秋に富んだ若者には、自分の才能を磨き、自信過剰に陥ることなく充分に注意深く生きてもらいたいものだと思う。老い先が短い私が若者達に与えることができる警告のひとつである。


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