百人一首についての思い その60

 第五十九番歌
「やすらはで寝なましものをさ夜更けてかたぶくまでの月を見しかな」 
 赤染衛門
(あなたが来ないと分かっていたら)さっと寝てしまい、ましたものを。夜が更けて、西に傾く月を見てしまいました。

 I should have gone to sleep
 but, thinking you would come,
 I watched the moon
 throughout the night
 till it sank before the dawn.

『後拾遺集』(680)の詞書きに、こうある。
「中関白少将に侍りける時、はらからなる人に物言ひ渡り侍りけり、頼めてまうで来ざるけるつとめて、女に代わりてよめる」

 中関白とは、藤原道隆を指す。藤原道隆がある女にきっとおまえのところに行くからと約束しながら、結局は現れなかった。そこで、赤染衛門が姉妹同様の付き合いをしているその女に代わって歌を詠んだ。
「かたぶくまでの月」とは、月が見えなくなる夜明けまでという意味だろうから、一晩中という意味だろう。

 赤染衛門は紫式部が「まことにゆゑゆゑしく(奥ゆかしく気品がある)」(『紫式部日記』)と評したほどの人物なので、穏やかな詠みぶりであるにも関わらず、道隆は「ああ、かなりあの女を怒らせたか」と察したことだろう。

 赤染衛門と藤原道隆では身分とか地位の上では相当の隔たりがあるが、遠慮会釈なく和歌で応酬してやり込められても身分が上の人は怒ったりしない。身分の違いを根拠として、身分の低い女官を身分の高い貴族が叱ったりすれば、嘲笑されるだけである。

 そこが、身分が少しでも違うと横暴に振る舞う支那文化や朝鮮文化とは全く違う。支那や朝鮮では上下関係でしか物事を考えない。それは儒教に朱子学の悪影響が入っているからだ。支那の皇帝は、全てを総取りする。しかし、日本の天皇は大昔からそんなことはなさらない。日本人に生まれて良かった。


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