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行き場無き憎悪

第1章:家庭崩壊 

僕は白鬼院家という名家に生まれた白鬼院凛々蝶。

現在は中学校に入学したばかりの4月の春。綺麗な青空と暖かくて心地の良いそよ風も僕の過ごす時間を彩っていた。学校では元々コミュニケーションが苦手で人見知りな事から自分から人と関わるのは難しい。けど大きなトラブルに会った事はなく、なにより家族と過ごす時間が幸せだったので特に気にならなかった。

家族構成は両親と2歳差の妹がおり、家庭環境は円満だった。

妹は天真爛漫で僕や母に甘える機会が多いけど人前に出るのが苦手な僕と違って明るくて前向きだ。学校でもその性格もあって学校行事や委員会には積極的に取り組んでいる。勉強が出来るだけでなくスポーツも万能な事で、同級生や先生からも愛されて過ごしている。そんな妹を持てた事は姉としても鼻が高い。

母はいつも聡明で優しい。美味しいご飯を作ってくれる事をはじめとした家事全般を一人でこなしている。


母「ちょっとここ見せて。」


僕や妹が勉強をしている時には差し入れをしてくれたり分からないところが会った時には問題の解き方を分かりやすく教えてくれたり、僕が上手く人と関われない時には親身になって話を聞いてくれ、どうすれば人と上手く関われるようになるかをアドバイスしてくれる。妹が眠れない時は眠れるまでいつもそばにいてあげて快眠出来るように疲れを和らげている。僕達家族が幸せに過ごせるのは母のお陰だ。

父は家柄もあってある会社の経営者として高収入を得ている。時折道徳や礼儀に厳格な一面もあるけどそれは僕達が道を踏み外さない様にする為の愛情の裏返しであり内心では僕達が幸せに生きられる事を心から望んでいる。


父「次手出したらどうなるかわかってんだろうな!?」

妹「私達の凛々蝶だもんね!お前なんかにはやらないよ。」

誘拐犯「はい...、すみませんでした…。」


僕が小学生の頃に歪んだ愛情を向けられて誘拐されそうになった時には妹と並んで誘拐犯を撃退した経験もある勇敢な人であり、家族を支える大黒柱に相応しいだろう。

僕はいつも家族に助けられてばかりなのでいつか僕自身の家族の力になれる様になりたいと願っていた。まずは今からでも出来る料理をはじめとした家事の手伝いや学校の授業で分からなかった所の復習や金銭管理などの勉強をしている。


10月の秋、僕は妹と家のベランダから紅葉の景色を眺めていた。


妹「凛々蝶はどの季節が好き?私は今丁度来てる秋が好きだよ!」

凛々蝶「どれも好きだけど強いて言うなら春かな。空気が美味しいし、桜も満開に咲いてるからね。僕が中学に入学したばかりの頃は満開だったけど一瞬で散ってしまうから凄く切なくなるんだ。」

妹「へー、凛々蝶は春好きなんだ!桜ってザ和風って感じ!大和撫子な凛々蝶にピッタリだよね!」

凛々蝶「僕が大和撫子か...、お世辞はいいがあまり笑わせるなよ。笑」

妹「お世辞じゃなくて本音だよ!凛々蝶って凄く美人でスタイル良くて奥ゆかしいし!たとえ友達いなくて人見知りでも皆凛々蝶の可愛さには気づいてるんだよ!自分から人と関われるようになったら絶対モテるって!」

凛々蝶「そう思ってくれて嬉しい。まだ友達はいないけどいつか僕も積極的に人と関われる様になれるかな...。」

妹「積極的で皆からモテる凛々蝶も見てみたいな。うん、じゃあ私がコミュニケーション教えてあげる。その代わり秋の楓や紅葉も大和撫子の桜に負けないくらい味わい深いからもっと見て欲しいな。...、とにかくまたここから景色見ようね。約束だよ!」

凛々蝶「ありがとう。今度自分から同級生に話しかけてみる。そして、また来年の桜や紅葉もまた二人で一緒に見よう。」

そうして僕達姉妹は嬉しくなって笑い合った。春には桜、夏には星、秋には満月、冬には雪を眺めながら家族とまったり過ごす時間。それだけでいつもの日常も豊かに過ごす事が出来る。そんな当たり前にある家庭で、僕はこれからも家族と共に生きていくのだろう。そう思っていた。




母「どうしてこんな事に…。」

父「もう全てがどうでもいい...!」


僕が中学を卒業し、高校生になってから数ヶ月後に父が経営していた会社が倒産した。

父はギャンブルに依存してほぼ家に帰って来なくなり、僕達に対しても辛く当たるようになった。

母も家事を一切やらなくなり、ただ何もせず落ち込んでいるだけの日々。家族とのコミュニケーションは半ば途絶えており、暖かくて幸せだった白鬼院家は一転して氷の様に冷え切っていた。

お金が足りなくなった事から学費も払えなくなり、学校を退学せざるを得なくなった。しかし、妹はあの頃の家族を取り戻す為に家事を全て代行しながら睡眠時間を犠牲にして猛勉強するようになった。




その日から、僕は家にいることが怖くなった。両親が家に帰ってくるといつものように口論しているのが聞こえる。僕は自分の部屋にいて身を潜めていても壁越しにその内容ははっきりと聞こえる。


父「もう仕事が見つからない…。どうすればいいんだ…。」

母「あなたがもっと頑張ってくれればここまで悲惨な事にはならなかったのよ!」

父「俺だって好きでこんな状況になってるわけじゃないだろう!」

母「そんなの知った事じゃないわ!」

凛々蝶「お願いです…、私達娘の為にも喧嘩はやめてくれませんか…。」

母「黙っていなさい。貴女には関係ないの。」

父「まさかお前まで俺を責め立てるつもりか?」

凛々蝶「違うんです…。僕はただ家族に喧嘩をやめて欲しくて…。それに僕は父上が今まで僕達家族の為に一生懸命働いてた事に感謝しています。なのに僕はいつまで経っても何も父上の力になれなくて…。」


ある日、今まで積み重ねてきた感謝の気持ちを伝えた。今まで父上がどれだけ家族を支える為頑張ってきたのかを僕達家族は皆知ってるから。


父「感謝?そんな事思ってないだろ!お前らみたいな家柄だけが取り柄で何の苦労も知らない奴に何が分かる!」


しかし、その言葉は逆効果だった。父は私に暴力を振るう。失業して落ちぶれた時に下手に同情されたのが気に食わなかったのだろうか。近くにいた母もただ見ているだけで、僕を助けようとしなかった。


妹「最近ずっとお父さんとお母さん喧嘩してるね…。」

凛々蝶「どうしてこんなことになったんだろう。少し前まではみんな幸せに暮らせてたのに…。」

妹「私達、このままどうなっちゃうのかな…?」

凛々蝶「こればかりは僕にもどうする事も出来ない...。でも、家庭がこの先どうなろうと、両親が離婚しても、離れ離れになっても、僕達だけは姉妹でいよう。」

妹「うん。また来年も二人でお花見したい。二人で夢を叶えよう。私決めたんだ。勉強して給与が一杯貰える会社に入ろうって。父上が失業してから何もかも変わっちゃったのかもしれない。もし私が稼げるようになったらまたあの頃の家庭に戻せるかなって。」

凛々蝶「そうだな。丁度僕もいつか家族の役に立てる様になりたいって思ってた。」

妹「私は凛々蝶と一緒に、また昔の様に笑い合っていた頃の家庭を取り戻したい。それが私の夢なんだ。」

凛々蝶「ああ。この先どんな困難があっても僕達二人で乗り越えていこう。じゃあ、おやすみ…。」

妹は再び円満な家庭を取り戻す為、給与が沢山貰える会社に就職する事を夢見ていたらしい。いつか二人で力を合わせてかつての白鬼院家を取り戻そう。そう誓い合い、二人の意識は夢の中へ落ちていった。




しかし、そんな夢も虚しく、両親は無惨にも離婚する事が決まった。そして、僕達姉妹をどちらが引き取るかで再び口論になっていた。


母「娘達は私が引き取る。失業者なんかに任せられない。白鬼院家の肩書きがない貴方には何の価値もないから。」

父「お前の様な我儘な女に娘を任せるくらいなら、俺が一人で二人共育ててやる!」

凛々蝶「何故家族同士で争うんでしょうか…?」

母「勿論凛々蝶は私と一緒に来るわよね?」

父「お前は家族を大切にしない女の言う事を信じるのか!?」

母「家族を大切にしない?それはお互い様でしょう?あなただって、娘達を盾にして自分のプライドや所有欲を満たしたいだけでしょう?本当は娘達の事なんてどうでもよくてただ自己満足できればそれでいい。そんなものでしょう?」


今の両親が僕達を引き取ろうとするのは家族愛からではなく、ただ自分の所有欲を満たしたいだけだったらしい。何故一つの出来事がこんなにも人を変えてしまうのだろう。僕が立っている隣に妹が現れて代わりに本音を率直に言ってくれた。


妹「...、私はどちらも選ばない。父上が失業してからずっと必死に勉強して良い会社に就職して、また家族皆で幸せに過ごしたいって信じて夢に向かって走ってた。でも、もう全てが終わっちゃったのかな。」


妹が言うように失業から不仲になった事が理由での離婚が決まった以上、もうかつての様な純粋な家族愛を取り戻す事は出来ないのだろうか。僕はただ見ているだけで何も出来なかった。その時、妹は家を飛び出し、衝撃の行動に出た。


僕は家出した妹を深夜の中必死に探した。そして、10分程探して漸く見つけたものの、妹は川の間にある柵を越えようとしていた。


妹「今までありがとう。私の力じゃやっぱり誰も救えなかったみたい。」

凛々蝶「早まるな!誰のせいでもない!何故君だけが責任を感じなくちゃいけないんだよ...!」

妹「私は生きる意味も失ったしもう行くよ。最後にもう一度約束して。私が夢を叶えられなかった分も凛々蝶にはどんな形でもいいから幸せに生きて欲しい。そして、もし私や両親の様に孤独の中にいる人や理不尽な目にあっている人に出会ったら手を差し伸べてあげてほしいな。」

凛々蝶「君は絶対に死なせない!」

妹「さようなら。お元気で。」


僕は崖から飛び降りようとする妹に手を差し出した。しかし、妹は僕が先に手を出すよりも素早く飛び降り、惜しくも僕の手は妹に届かなかった。

妹は幼少期から家族に対する想いが強く、家庭崩壊した状態で過ごすくらいなら死んだ方がマシだと考えたのか。それもそうだよな。妹もまだ中学生。家庭崩壊した時の惨状を見せられれば無理もない反応か...。妹が最後に見せてくれた笑顔、そして涙。僕はそのSOSに気づく事すら出来なかった。そんな自分が情けなくなる。

その後、両親は家出した妹を探す為に警察に通報し、辛うじて妹を見つけ出す事が出来たが妹は既に息を引き取っておりもう手遅れだった。


妹の葬式や火葬が終わった後、両親は正式に離婚し、白鬼院家は離散する事になった。勿論僕も妹と同じく家庭崩壊した以上、どちらの親も選ばない。

衣類をはじめとした所有物をまとめ、家を飛び出す。家族も心も失った僕はただ行く宛てもなく走り続けていた。


僕は妹の為にも惨めな自分のままでは終わりたくない。妹と共有した幸せな家族を取り戻すという夢を叶える事はおろか、最期に妹を救い出す事すら出来なかった。だから責めてかつて時を共有した妹の為にも最後に交わした約束だけは果たす。そう決意した。

しかし、外の世界を見てみれば国民達は皆殺伐としており、奴らが僕に向けた視線も冷淡なものだった。何故世間はこんなにも冷めきっているのか。僕が奴らに何かしたのか?それともただ疲れているだけなのだろうか?

幸福とはガラスの様に脆い。ふとしたきっかけによって一瞬で崩れ去ってしまう。ほんの少し前まで当たり前のように過ごしていた日常も今では過去の遺物と化してから気づいた、時間は重みだ。僕はそう思う。




第2章:差別

ある日、街を彷徨っていると民間人達が僕に目をつけてきた。僕は極力接触しないように距離を置こうとする。しかし、奴らはどこまでも僕に付き纏う。その光景を骸骨の様に痩せこけていて根暗そうな人間が嘲笑を浮かべながら傍観していた。


労働者「おい白鬼院。お前の親失業したんだよな?そして今はホームレスか。」

労働者「甘え乙。家庭崩壊如きで壊れたお前が悪い。」

労働者「そこまで生き恥晒したいならその汚れきった身体を売って性奴隷にでもなってろ。」

労働者「白鬼院家?皆努力しなかったクズな怠け者だと思って卑下してるわw」

労働者「お前が今まで経験してきた痛みなんか所詮その程度。自力で立ち直れないなら一生惨めに蹲ってろ。」

労働者「てか男複数人から逃げられるとでも思ったのか?」

凛々蝶「やめろ…!僕に触るな!」

労働者「俺達に逆らったらどうなるかな?w」

労働者「ホームレスは奴隷がお似合いだよw」

凛々蝶「クッ...。」

???「…。」


僕が奴らを拒絶すると奴らは僕に向かって刃物を持ち出して脅してきた。僕は逆らう気力を失い、ただ奴らに蹂躙される事しか出来ず、僕は人生で初めて屈辱を覚えた。

ちなみに奴らは親が失業して離婚した僕の事を軽蔑していたらしい。というより何故白鬼院家が崩壊した事を知っているのか?誰が情報をばら撒いたのだろう。しかし、心を失っている現在の僕は奴らの言葉や旋風になって耳に割り込んで来ても脳から大量に血が流れただけで然程痛みは感じなかった。


弁護士「親が失業してから落ちぶれたから差別を受ける様になった...、と?全部貴女がそれを選んだんです。」


僕は経済問題や差別された事について弁護士に相談してみたが血も涙もなく排除された。


何故落ちぶれた人間や社会的弱者は存在するだけで差別や憎悪を駆り立て増幅させてしまうのか。僕が存在して皆を不幸にするくらいなら生まれて来ない方が良かったのかな。

僕は疲労したまま彷徨い続けている間に行き倒れ、街中で野垂れ死んでいたが誰も僕の存在に気づく事はなかった。もう僕は終焉一直線になるかもしれない。



第3章:きっかけ

ある日、どこかで目が覚めた時、僕は見知らぬ家のベッドで布団に包まれた状態で横になっていた。


労働者『おい白鬼院。お前の親失業したんだよな?そして今はホームレスか。』

労働者『甘え乙。家庭崩壊如きで壊れたお前が悪い。』

労働者『そこまで生き恥晒したいならその汚れきった身体を売って性奴隷にでもなれ。』

労働者『白鬼院家?皆努力しなかったクズな怠け者だと思って卑下してるわw』

労働者『お前が今まで経験してきた痛みなんか所詮その程度。自力で立ち直れないなら一生惨めに蹲ってろ。』


凛々蝶「ハッッッッッ…!」


僕は起きてから数秒程は頭から記憶が飛んでいたが、意識が覚醒した瞬間に街中で罵詈雑言を浴び、乱暴された記憶が一斉に蘇り、その恐怖が僕を金縛りにする。気がつくと無意識に涙が流れていた。これは悔しさからか?それとも悲しみからか?果ては心の弱さからか?そんな事を想像している間に金髪でオッドアイの青年が静かに近づき、僕の前に紅茶を出してくれた。


御狐神「おはようございます、お目覚めになりましたか凛々蝶様。お目覚めに紅茶を入れて参りました。」

凛々蝶「何故僕を助けた…?見ず知らずの他人なのに。」

御狐神「僕が好きでやった事です。それよりも貴女が今までどうやって過ごしてきたのか教えて頂けませんか?」

凛々蝶「言いたくない…。君には関係ないし、僕に関わればいずれ君も...。」

御狐神「ええ、どうなっても構いません。教えてもらうまで僕はどこまででも追求しますよ?笑」

凛々蝶「それは困るな...、でも僕の事を知ってどうする...?」

御狐神「知りたいんです。どうか教えていただけませんか。」


もし僕の本性を知ってしまえば彼も手のひらを返して僕を迫害するだろう。嫌われるよりも嫌われる手前が一番怖い。僕はいっその事、開き直って御狐神君の為にも火の粉が飛び火する前に今までの出来事を全て話して絶縁された方がいいのかもしれない。そう考えて僕は御狐神くんに僕の過去を打ち明けた。


凛々蝶「…僕は幸せな家庭に生まれてどこにでもあるごく普通の生活を送っていて、そこまではよかった。しかし、父が失業した事でその幸せは一瞬にして崩れ去った。その中でも凄く仲が良い妹がいた。妹とは毎日の様に笑い合っていて、食事を共にしたり、外の景色を眺めながら季節を楽しんだりしていた。そして、いつまでも家族が円満でいられる様に二人で一緒に夢を叶えようと約束も交わしていた。しかし、現実では両親が不仲やトラブルによって離婚が決まり、妹と交わした夢を叶えるどころか最後に妹を救う事すら叶わなかった。だから僕はもうこの家には必要ない。それから僕は最後に妹と交わした幸せに生きるという夢を叶える為に家を旅立った。しかし、街の人達は皆、失業から落ちぶれた親の娘である僕を嫌っていた。僕が存在する事で皆を不幸にするのなら僕はこの世から消えた方がいいのかもしれない…。」

御狐神「なぜそんな事を…。」

凛々蝶「どうだ…?君もこの様に汚れきった僕など早く切り捨てるべきだと見当ついただろ...?」


御狐神くんは僕の頬を張り倒した。


双熾「…、貴女がどこの誰であろうと、どんな生き方をしていようと凛々蝶様は凛々蝶様…!」

凛々蝶「え...?」

双熾「何も変わりません...!僕はかつて貴方に生きる意味を教えてもらいました。あの時の事は死ぬまで忘れません...。理由などそれだけで十分でしょう?」


誰かに生きる意味?僕にそんな記憶は過去のどこを探しても見つからない。そもそも何故僕の存在を詳しく知っているのだろう。しかし、僕にとって彼は初めて僕自身を見てくれていた人だったと言う。でも、もしかしたらそれはただの建前でいつか時が来たら僕を裏切って迫害するかもしれない。ただ、それが怖い。しかし、御狐神君は僕を何も言わずに抱きしめる。僕はその安心感から気がつけば御狐神君の中で大泣きしていた。彼は何も言わずにそのまま情けない僕を受け入れてくれていた。


ーーー過去ーーー

僕は母子家庭で育ち、必死で僕を育ててくれた母にいつか手作りの料理を振る舞いたいと料理人になれる事を夢見ており、毎日母の料理をはじめとした家事を手伝ったり、母が体調を崩した時には僕が全て代行する事もありました。しかし、小学生の頃に交通事故で母を亡くし、それからは孤独に退屈な日々を過ごしていました。ある時、僕は栄養失調でまともに動けなくなった事から半年程の入院を余儀なくされました。僕は何もかも忘れてこのまま死にたい。入院中はずっとそう思っていました。しかし、僕は入院中にも絶命する事はなく、数ヶ月程で退院する事にならざるを得ませんでした。退院後はお金が底をついた事から家に住む事すら叶わなくなり、晴れてホームレスと成り果て、街を行き場もなく彷徨う様になりました。


そんな時、僕は一人の少女に出会いました。


???「こんにちは、君は何をしているんだ?」

双熾「はい、何もしてません。何故僕の様な底辺に声を掛けるのですか?」

???「理由なんてない。もし良かったら少し話さないか?」

双熾「貴女がそう言ってくださるなら喜んで。」


その少女の名は白鬼院凛々蝶。彼女は僕の手を引いて木陰に連れ込みました。僕はその少女に家族と生き別れた事、貧困の中孤独に過ごした事、衣食住を失いホームレスになった事など、今まであった事を全て話しました。


凛々蝶「ああ、そんな事があって今に至った訳だな。」

双熾「こんな僕の為に時間を割いていただき感謝の言葉もありません...!」

凛々蝶「頭を上げてくれ。困った時はお互い様だろ?歯車が一つでも狂えば僕もいつ君と同じ立場になるか分からない。少なくとも君の様な弱者でも嫌いにはならないよ。」

双熾「なんという勿体無いお言葉…!どうかこの受けた恩はいつか返させてください...!」

凛々蝶「…、じゃあまず君が幸せに生きる事だ。笑 自分を大切に出来ない奴が他人に優しくする余裕は持てないから。じゃあ、そろそろ僕は家族の元に帰るから君も一緒に何か食べて帰ろう。」


凛々蝶様はそう言って僕に手を差し伸べ、僕は凛々蝶様とそのご家族達と食事を共にさせていただきました。この日をきっかけに今まで惰性で過ごしていた日々を改め、再び自分に正直に生きよう。そう思えました。

それから僕は凛々蝶様の父上が経営している職場で高校を卒業するまで働かせてもらい、卒業後は高校時代までに稼いだお金を学費として払い、料理専門の大学に通っていました。そして現在では晴れて目指していた料理人及びパティシエになるという夢が成就しました。いつか亡くなった母の分まで僕の行く道を示してくれた恩師である凛々蝶様に御狐神双熾特製の料理を振る舞う為にも。




ーーー話を戻してーーー

凛々蝶「僕にそんな記憶は無いな…。単なる思い違いじゃないのか…?笑」

双熾「いいえ、確かに僕の記憶の中に貴女はいました...。あの時木陰で二人で語り合った事も鮮明に覚えています...!だから今はこうして夢に向かって再び走る事が出来た。かつて貴女が僕に仰ってくださった様にどうか自分自身を貶めないで欲しい...。貴女がどこの誰であろうと僕には関係ない…!そうでしょう…?」


熱く語りかける御狐神君も今の僕と同じ様に涙を流している。裏切られたらそれまでだけど、その熱意に根負けして一度彼と共に過ごしてみる事にした。

そんな風に過ごした一日。御狐神の許可で僕はとりあえず彼の部屋に泊めてもらう事になった。果たして僕達の間に流れる穏やかな時間はいつまで続くのだろうか。




第4章:新たな仲間達

ある休日、彼は僕の歓迎会も兼ねて彼が住んでいるマンションの仲間達と共に行きつけの喫茶店に連れて行ってくれた。とはいえ僕は見知らぬ人とどうやって関わったら良いのかも分からないし、御狐神君は僕を受け入れてくれても他の住人達が僕の存在を受け入れてくれるかは分からない。全貌が明らかになるまで油断は禁物だ。


カルタ「初めましてちよちゃん。私、髏々宮カルタ...。」

凛々蝶「何故僕の名前を知って...、」

カルタ「御狐神君から聞いてたの…。昔自分を救ってくれた恩師がちよちゃんだったって…。お近づきの印に、今日は美味しいものお腹いっぱい食べよう…?」

凛々蝶「御狐神君を助けたつもりなんて無いんだけどな...、よろしくお願いします…。」

渡狸「お前が狐野郎の言ってた凛々蝶か。俺はワルだぜ!カルタに手出したら黙っちゃいねーからな。...、何だよその目は!?」

凛々蝶「いや何でも…。」

カルタ「渡狸とは昔から幼馴染で凄く仲良しなの…。口は悪くても本当は凄くいい子だから仲良くしてあげて欲しいな…。」

凛々蝶「大丈夫だ…、問題ない…。それにしても二人は仲良いんだな…。僕のかつての両親みたいに…。」


髏々宮さんと渡狸さん。二人は昔からの幼馴染で恋仲とも言える関係にあるらしい。そんな甘酸っぱい関係や雰囲気の二人に見てるこっちも和んでくる。マンションの皆はいつもこうやって暮らしているのだろうか。

何故か集合した時からずっと金髪の女性はさっきから目を光らせてこちらを見ている。気になったので僕は彼女の方を振り向いてみた。それがパンドラの箱を開ける行為になるとも知らずに...。


野ばら「...、め、メニアアアアッッック!色白ツリ目病弱黒髪ぱっつん可愛い!」

凛々蝶「いきなりどうしました!?...、てかどなたですか!?」

連勝「こいつ女なのに無類の女好きなんだよな。まあ変わった奴だけど性格が悪い訳じゃないし面白い奴だから仲良くしてやってくれー。」

野ばら「私は雪小路野ばらよ。仲良くしましょう?も・ち・ろ・ん、性的な意味でね〜。♡」

凛々蝶「よ、よろしくお願いします…!どうかお手柔らかに…!?汗」


野ばらさんって一瞬ヤバい人なんじゃないかと錯覚した。汗 もしかしたら僕に手を出してくるんじゃないかという危機感も知覚していたが反ノ塚さんが言う様に、ただ女性への愛好や情熱からくる彼女なりのスキンシップらしく、僕を憎悪している訳ではなさそうだ。


連勝「後、野ばらってキレたら鬼ババに豹変してモンスター化するからウチに住んでる男達からは...、」

野ばら「それ以上言ったら凍らせるわよ!?怒」

連勝「おー、はいはい。棒」

野ばら「なんで男っているだけでこんなに汚いのかしら。ねー、凛々蝶ちゃん。♡」

凛々蝶「ふふっ…。笑」


野ばらさんは反ノ塚さんに青筋を立てキレている。でもそれは日常や仲の良いグループやコミュニティ特有の和気藹々としたコミュニケーション。もしかしたら僕が人見知りで社交不安を抱えている事を察してのフォローなのかもしれない。


連勝「俺は反ノ塚連勝。お前が御狐神からも聞いていた凛々蝶か?」

凛々蝶「うん。僕は白鬼院凛々蝶本人です。人と関わるのは苦手ですが、マンションの皆と仲良くなれたら嬉しいです。」

連勝「困った事があったら何でも俺達に相談しろよ。お互い遠慮は無しにしようぜ。」

凛々蝶「ありがとうございます。またよろしくお願いします。」


そう言って連勝さんは僕の肩をポンと叩く。反ノ塚さんは御狐神君曰くマンション内では皆から慕われている兄貴の様な存在らしい。まあこの人柄ならそうなるのも自然だろうな。


僕達が道中を歩いていると木から降りられない子猫を見つけた。


カルタ「猫ちゃん、降りられなくて可哀想…。」

凛々蝶「…、ちょっと僕に任せてくれ。」


僕は咄嗟に身体が動き、木に登る。降りられない猫を木から下ろすと猫は元気よく走って行った。


カルタ「ありがとう。好き…。」

凛々蝶「急にどうした?僕は猫を助けただけだろ!?」


髏々宮さんはいきなり僕に懐いてきた。子猫を助けてあげた事がきっかけなのか?


カルタ「ううん、ちよちゃんがいい子なのは最初から知ってるよ…。それともちよちゃんは私の事、嫌い…?」

凛々蝶「何故僕がいい子だと思った?」

カルタ「五感、それとも第六感?」

凛々蝶「結局理屈というより直感か…。てか、まだ出会ったばかりじゃないか…!?」


それから僕達は海の景色が綺麗な喫茶店に到着した。中に入ってみると外の世界を忘れられる程綺麗な部屋の中には整った座席やセルフサービスが並んでいた。


双熾「到着しました。」

カルタ「このカフェ凄く景色が綺麗でスイーツが美味しいよ…。昔からマンションの皆で行きつけにしてたの…。」

双熾「凛々蝶様の分は僕の奢りです。好きな物を好きなだけ召し上がってください。」

凛々蝶「皆色々ありがとう...。なぜ僕の為にここまで…?」

連勝「理由なんてない。単にお前が俺達の仲間だからだ。今日は御狐神の奢りだから気遣わず好きな物注文しろよー。」

野ばら「その代わり後で太ももの間に指入れてもいい…?♡」

凛々蝶「んなっ…!?」

野ばら「いやー冗談よ、冗・談…。♡ 本気だけど。♡」

連勝「結局本気かよー。凛々蝶もこんな変態に目つけられて大変だなー。まあ逮捕されないといいけど。」


野ばらさんは反ノ塚さんを反復して叩き返す。まるで夫婦漫才だ。でも外から見るとただのDVにしか見えない。笑


連勝「おー、痛い痛いー。まあ凛々蝶って美人だしある意味自然かもな。」

カルタ「そういえば、ちよちゃん目に光がないよね…。」

凛々蝶「バレたか...、実は前から色々あってな…。でも君達には関係ない。気にしないでくれ。」

カルタ「私に話してくれないの…?折角お友達になれたのに打ち明けてくれないの、寂しいよ。」

凛々蝶「皆が嫌いだからって訳じゃない…。でも複雑な話になってしまうから...。」

カルタ「今はそうでも、いつかは話して欲しい…。私、ちよちゃんの事もっと知りたいな…。」

連勝「てかお前らー、何頼むか決まったかー?」

野ばら「私は決まったわ。凛々蝶ちゃんとカルタちゃんは何にするか決まった?」

カルタ「うん。ちよちゃんは…?」

凛々蝶「僕も今決めた...。今から店員を呼ぼうか。」


注文が決まると僕達はベルを鳴らして店員を呼び出した。


カルタ「いちごパフェ、ミルクココアを五つお願い。」

凛々蝶「チョコケーキとカフェオレよろしく。」

双熾「僕はチーズケーキとブラックコーヒーでお願いします。」

野ばら「私はりりち...、ブラックコーヒーとモンブランにするわ。」

連勝「俺はアップルパイで。」

渡狸「パンケーキとオレンジジュース頼むわ。」

店員「少々お待ちください。」


僕達は注文の品が届くまでの間、少し待ち、しばらくして注文した品が僕達の前に運ばれてきた。


店員「お待たせしました。ご注文の品です。」

凛々蝶「いただきます…。」

野ばら「海と美少女を眺めながらのカフェタイム、メニアック...!♡ 」


カルタさんを見てみると、本当に注文通りの大量のいちごパフェとミルクココアが並んでいた。


凛々蝶「えええっっっ!?カルタさんこんなに頼んで食べ切れるのか!?」

渡狸「いや気にすんな。これでもまだ足りないくらいだし食べ切れないなんて事はカルタにはないから安心しろ。」

カルタ「うん。私いくら食べてもお腹いっぱいにならない…。24時間甘い物食べ続けても飽きないと思う...。」

凛々蝶『まるでブラックホールみたいだ…。ある意味人の皮を被った悪魔なのか...?』

連勝「俺はアップルパイ1個で満足するのになー。」

カルタ「食べられるまでずっと食べていたいな…。」

凛々蝶「カルタさんってほんと食べる事好きなんだな…。」

カルタ「食べられるまでずっと食べていたいな…。」


まずはホットカフェオレを手に取り、ゆっくり味わいながらいただく。それを起点として御狐神君をはじめとしたマンションの仲間達とティータイムをしながら語り合う。カフェオレはホットな事もあり心身共に温まり、文字通りほっとする様な味わいだった。


カルタ「ちよちゃんと一緒に食事すると、楽しい…。」

凛々蝶「僕もカルタさんと一緒にいると楽しい…。」

カルタ「皆でご飯を食べると美味しいし、仲良くなれるよ…。」

凛々蝶「まさにその通りだな…。でも、もし僕が失業者の娘でホームレスになったと言ったら、どうする?」

野ばら「…、いきなり何言いだすの?」


うっかり考えていた言葉を口に出してしまった。その一言で仲間達はポカーンとした顔をしている。折角出会えた仲間達との縁ももう終わってしまうのか。僕の本性を皆に知られたらどうなるのかを少なからず気にしていたのだろう。


凛々蝶「あ、ごめん口が滑っただけだから忘れてくれ...!」

連勝「…、今思ったけど、お前何故周囲の目ばかりそんなに気にしてるんだ?やけに俯いててオドオドしてるし。失業したから、弱者だから、まあそれは事実だ。だが、それを理由にして自分を嫌いになって生きていたくないとか、くだらなくないか?」

カルタ「たとえそれが本当でもちよちゃんはちよちゃん…。私にとっては何も変わらない…。」

渡狸「別にどうでもいいけど、不良は義理堅い男だからな。カルタが仲良くしてる友達なら俺の友達でもあるさ。」

連勝「渡狸、素直になれよ。笑」

野ばら「過去がどうとか関係ないの。私は今の凛々蝶ちゃんと出会って好きになったんだし今更気にしちゃダメよ。それに私はどんなに病弱でも一生懸命に生きてる女の子は大好き。皆違って、皆良い!」

凛々蝶「…、ありがとう…。僕が一人だった時にそばにいてくれて…。君達も御狐神君と同じ様に心から僕と一緒にいたいと思ってくれるんだね…。でも、僕から離れて行きたいと言うならそれは止めない。僕と一緒にいたい人だけ一緒にいてくれればそれで嬉しいから…。」

カルタ「私がちよちゃんと一緒にいたいから、ただそれだけ…。他に理由なんていらない…。」

凛々蝶「全く、君らしい答えだ。笑 でもそう言ってくれて嬉しい。こんな僕にそう言ってくれる人はほぼいなかったから。」

野ばら「皆〜、せっかくの歓迎会兼ティータイムなんだし、この話はお終い。気分転換に記念写真でも撮りましょ?」

カルタ「ちよちゃんも一緒に写ろう…?」

凛々蝶「...、仕方ないな…、付き合おう…。」

連勝「早くこっち来いよ。」


髏々宮さんは強引に僕の手を引き、皆が集まっているカメラ前に僕を引き寄せる。カメラが光り、仲間達と共に写真に映る。写真が嫌いな訳ではないけど家族以外の人と写真を撮ったのは初めてだった。


凛々蝶「...、あの、実は最近歩き過ぎて疲れてたから少し寝ていい?」

野ばら「じゃあ私が胸貸すわ。ここでゆっくりしていきなさい。」

凛々蝶「…、ではお言葉に甘えて。」

カルタ「おやすみちよちゃん。その間ちよちゃんの背中は私達が守るから安心していいよ…。」


僕は彷徨い疲れていたのでしばらく野ばらさんに胸を貸してもらい睡眠を取る事にした。野ばらさんの胸の中に埋まっているとフワフワしていて気持ちいい。自然と蓄積した疲労や心の傷が癒えていく様な気がする。僕は無意識に心で通じ合える仲間を求めていたのかもしれない。




僕達は暫くカフェでまったり過ごしており、暫く睡眠を取ってから30分くらい経過してから僕は目を覚ました。


凛々蝶「おはよう。今起きた。」

野ばら「あら目が覚めたのね。ゆっくり眠れた?」

凛々蝶「ああ、お陰様で。わざわざありがとう。」


僕が起きた先には野ばらさんとカルタさんがいた。やはり僕が起きるまで傍にいてくれているというのは本当だったのだろうか。僕達は暫くカフェで過ごした後は会計を済ませ、店を退出した。


野ばら「疲れが取れてなかったらまた寝てもいいのよ。『その間に太ももに指入れちゃおっかな、グヘヘヘ…。♡』」

凛々蝶「君今何考えてたんだ…?僕の顔に何かついていたのか?」

野ばら「何でもないわよ…。?♡」

双熾「今日は心から楽しんでいただけましたか?」

凛々蝶「うん。いつもありがとう。これからも御狐神君には傍にいて欲しい。」

双熾「ええ、勿論です。僕も凛々蝶様以外に仕えるなど、考えられません...。」

凛々蝶「それは大変だな...。」


今日初めて出会ったマンションの仲間達も御狐神くんと同様に引っ込み思案な弱者である僕にも親しくしてくれる事が凄く嬉しい。はじめは見ず知らずなのにいきなり茶々を入れられた事には驚いたけどそんな仲間達の優しさやフォローに実際凄く救われた。傷ついて壊れた心が癒え、かつては失っていた感性や笑顔を徐々に取り戻せている気がする。しかし、ここからが本当の人生の始まりであった事は当時はまだ知らなかった。




第5章:黒幕

2年後、僕は高校3年生になった。現在はかつて孤独に街中を彷徨っていた頃よりは精神的に強くなれた、かもしれない。僕達は新たな環境や友情の構築などによって今日まで平穏な日常を過ごしてきた。


しかし、今朝起きてベッドの近くを見ると天誅という単語が書かれた手紙がサンタクロースのプレゼントの様に置かれていた。何故見知らぬ他人が僕の存在や住所を知っているのだろう。

僕がここにいれば時間の問題で皆にも被害が及ぶ。もうここにはいられない。そう悟った僕は再び荷物を持ち出して皆には何も言わずに外の街へと流れていった。今までありがとう。そして、さようなら。




僕が朝起きた頃には凛々蝶様がマンションから消えていました。

僕は仕事が終わって帰宅するとすぐに仲間達を自室に集めて凛々蝶様の行方について相談しました。


双熾「皆さん、今日は僕の為に付き合っていただきありがとうございます。朝起きた頃には凛々蝶様は僕の部屋から姿を消していました。きっと凛々蝶様のベッドに置かれていた天誅と書かれていた手紙が原因でしょう...。」

連勝「だから凛々蝶は俺達を巻き込まない様に一人になろうとしたんだな。そもそも何故このマンションの場所が分かるんだ?」

野ばら「いくら凛々蝶ちゃんが可愛いからって粘着質なストーカーかしら。凛々蝶ちゃんに手を出していいのは私だけなのにッ…!」

カルタ「何故ちよちゃんが天誅を受けなきゃ行けないの…?」

渡狸「理由と根拠のない裁きはただの八つ当たりだ。」

残夏「こういう時は一蓮托生、ここにいる全員で犯人をやっつけるくらい言って欲しかったよねー。僕達の絆はちよたんの件に巻き込まれたくらいで切れる程脆くはないよ。」

双熾「後は凛々蝶様がどこにいるのか分かればいいのですが...。」

連勝「それなら心配するな。凛々蝶がここから黙って去って行った時の為に出会った当初に俺の携帯に位置情報入れといたから。」


僕達が深刻な面持ちで話していると、そこに赤銅色の長髪をした男とドミノマスクを被った男が現れました。ちなみにこの二人は夏目残夏さんと青鬼院蜻蛉さんです。


蜻蛉「久しぶりだな、我が肉便器共!」

蜻蛉「私は青鬼院蜻蛉!このマンションを統べる管理人だ!...、とはいえ、私はいつも旅行で忙しいのでここに帰ってくる事はあまり無いのだがな!」

残夏「ヒュ〜、蜻たんさっすがw」

野ばら「まず仕事してから旅行行きなさいよ...。だらしないわね...。」

蜻蛉「氷の様に冷えた言葉の刃を突き刺すか...。これはいいドS!」

渡狸「前から思ってたけど、Sってなんなんだよ…?」

蜻蛉「サディストの略語の事だ。ちなみにマゾヒストはMだ。そして渡狸殿、貴様はMとみた。」

渡狸「誰がMだよッッッ!」

蜻蛉「と、まあ話を戻して、実は私、青鬼院蜻蛉様は白鬼院殿の情報を拡散された事についてある程度把握している。誰が犯人かまではまだ特定していないが、例えば私が日本に帰ってきた時には白鬼院殿の噂話や陰口もコロナと同時に流行っていただろう。もし私の仮説が正しければ、家畜共、いや多くの日本人は自分に余裕がなく他者への思いやりが希薄になっていた。恐らくそれに由来しているのではないだろうか。しかし、私はコロナが跋扈しようと、国が滅びようと、愛と情熱を胸に秘めたSMワールドの頂点に立つ「漢」であり続けよう!」

残夏「ヒュー、蜻たんカッコいいねッッッ!」

カルタ「蜻様の様な太陽みたいに皆を照らす光に私はなりたい…。」

御狐神「今の時代こそ、蜻蛉さんみたいな熱い心を持った人を必要としているのかもしれませんね。それでは皆が休みを過ごせる日曜日に凛々蝶様を共に探していただけますか!?」

連勝「勿論だ。ここで引いたら男じゃない。」

野ばら「当たり前でしょ?凛々蝶ちゃんは私がこの手でここに連れ戻すわ!」

カルタ「ちよちゃんは私の大切な友達、ちよちゃんが帰って来たらまた美味しい物食べに行く...。」


なんと、このマンションの管理人である蜻蛉さんが凛々蝶様の情報がばら撒かれた事についてある程度把握していたそうです。ちなみに連勝さんはいざという時の為に凛々蝶様を内緒で位置情報を監視していたらしいのでそれを頼りに探せば見つけられるかもしれません。後は時間との勝負です。




外の街を彷徨うのは久しぶりだな。国民達の冷たい視線や空気も相変わらずといった所だ。かつて僕が家を出たばかりの時に見覚えがある様な骸骨の様に痩せこけていて根暗そうな人間が僕の後をつけていた。


???「...。」

凛々蝶「え...?」


僕は奴と目が合う前にその場を離れようとしたが、奴は僕にどこまでも付き纏う。僕はいつの間にか奴に拘束されてしまった。


黒幕「お前の様な下女に暴力を振るったところで周囲に人がいれば俺が通報されるとでも思ったのか?今や日本中に情報が拡散されたお前の惨めな姿は晒されている。そんな奴を人間として扱う訳がない。」

凛々蝶「えっ...?」

黒幕「いい事を教えてやろう。白鬼院家が失業してホームレスになったという個人情報を拡散して世間にリークしたのも、お前のマンションに手紙を送ったのも、全部俺の仕業だ。俺の人生は勿論、国や社会を汚したお前に鉄槌を下すという一心でな。」

労働者「これで白鬼院への制裁にもなるから誰も助けなくていい。」

労働者「目障りだから無惨にパニック起こして自殺しろwww」

労働者「被害者面は弱者の特権か?www」


勿論近くにいた国民達も通報する気などなく、それどころか情報が拡散された影響なのか嬉々として黒幕側に加勢し、僕を大勢が大声で糾弾する。


黒幕「気づいているだろう?俺は今お前がどこに住んでいるかも知っている事を。お前がどこへ逃げようと罪からは一生逃れられない。」

凛々蝶「...、もし僕を蹂躙して君が抱えている恨みが晴れるなら、僕はどうなってもいい。君達の憎悪は僕が全て受け止めよう。だが、僕以外の人に手を出さないと約束してくれ。」

黒幕「下女の割には随分潔いな。周囲に人がいるところで公開処刑すればさぞ皆が泣いて喜ぶだろう。お前が消えてくれて良かった、と。だからその惨めな姿を国や民衆の前に晒し、そして死ね。」

凛々蝶「分かった…!さあ…、僕を殺してみろ!」

黒幕「消えてしまえ!」


そう、これでいい。僕が死んで御狐神君を初めとした仲間達や行き場の無い憎悪を抱えた奴らが幸せになれるならそれでいいと覚悟を決めた。

黒幕の収まる事のない怒りから繰り出される怒涛の暴力。水を得た魚の様に目を光らせた民間人達もそれに伴って一斉に僕を集中砲火する。僕がどこにも行き場が無い奴らの憎しみを一身に引き受けよう。ただ僕と親しくしてくれた恩人達や罪も無い人々には手を出さないで欲しい。例えそれがどんな理由であっても。


黒幕「何っ!?」

蜻蛉「愛と情熱に満ち溢れたドS、ここに見参…!貴様の様な愛のないドSはただの暴力だ。」

黒幕「…、HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAAA」


その時、まさかの御狐神君達が割って入り、奴らを軽く弾き返した。黒幕は発狂すると同時に刃物を持ち出して暴れようとするが、御狐神君と青鬼院さんに簡単に取り押さえられた。


双熾「凛々蝶様、何故お一人で...!」

蜻蛉「待たせたな、新たに加わった肉便器よ!自分一人が犠牲になれば全てが円満に解決すると勘違いしている...。見事なドMだったぞ!」

双熾「貴方が凛々蝶様の情報をネットで拡散して放火した犯人ですね?そもそもこんな事を言わないといけないのが恥ずかしいですが、一つ聞きます。人を傷つけて貴方の人生は何か良くなりますか?」

黒幕「それを知ってどうする?w」

双熾「そんな事をしても貴方自身が傷ついて不幸になるだけですよ。それとも刹那的な快楽に溺れて善悪の判断をする知恵を失ったのですか?」

連勝「いや、本当はこいつ自身も分かってると思う。だって自分が好きで幸せな人生送ってる奴が人を攻撃する必要無いだろうし。ある意味ではコロナの被害者かもな。」

野ばら「自分が劣っているからって他人の粗探しして揚げ足取り?ほんと、連敗(笑)にも劣るみっともない男。そんな人生楽しいのかしら。」

連勝「おい野ばら、地味に俺の事disってね?まあいつもの事だけど。」

残夏「行政やニュースの言う事鵜呑みにして人を攻撃してる奴らが落ちぶれたら奴らがちよたんに言ったセリフを大音量で聞かせたいよね。」

黒幕「幸不幸などどうでもいい。白鬼院の様な弱者は社会を汚染する性根が腐った奴の集まり。だから社会の邪魔になるそいつらは存在しない方がいい。だから社会の混沌を利用して白鬼院をこの手で制裁した。他に理由などない。」

野ばら「はぁ?そんなくだらない理由で凛々蝶ちゃんをこんな目に遭わせたの!?」

双熾「理由などどうでもいいです。罪を認めて償ってください。この世は人に敬意を払わない人が生きていける様には出来てないんですよ。もし貴方達が自分の人生を放棄して人を傷つける事が生き甲斐になっているのなら、どうか考えを改めていただけませんか?」

黒幕「償う気など無い。役に立たないクズは犬猫の様に殺処分される。これが自然の摂理だ。」

双熾「そうですか。じゃあ今から罰として凛々蝶様を大勢で非難した全員を貴方も含めて家畜にして差し上げますね。笑」

野ばら「てか、こいつら顔赤くない?どこ見てるのかしら。私が汚い変態共掃除してあげる。凛々蝶ちゃんを叩いた事への報復も含めてね…。♡」

カルタ「ちよちゃんは私に任せて。」

双熾「後方支援よろしくお願いします。」

野ばら「カルタちゃん頼んだわよ。」

カルタ「ちよちゃん大丈夫…?」

凛々蝶「うん...、ありがとうカルタさん...。」


御狐神君は僕をカルタさんに預け、野ばらさんと並んで前線に立つ。しかし、奴らの視界に野ばらさんの胸が入っており、顔を赤くしている。

男に性的な目で見られた事に激昂した?野ばらさんは奴ら全員を一瞬で去勢し、再起不能にした。ちなみに反ノ塚さん曰く野ばらさんは男達をマンション内でもしょっちゅう尻に敷いており、男達から恐れられているらしい。だからここまで痛快な成敗が出来るのだろうか。


黒幕、国民達「あぁ…、うぅ…。」

残夏「うっわ〜、情っけな〜いwwwww 女の子相手に散々イキってた癖にwwwww」

蜻蛉「反抗して来ない雌豚をリンチするドS!www と見せかけて一度反抗されるとぐうの音も出なくなるドMだったようだ!wwwww」

双熾「プライドも尊厳も惨めに粉砕された様ですね。笑」

連勝「随分直球な本音だなーw」


夏目さんと青鬼院さんは社会的に抹殺された奴らを見て二人して腹を抱えて大爆笑していた。地味に御狐神君のストレートな本音が炸裂し、反ノ塚さんもそれにつられて失笑している。それは奴らにとっては耳が痛いだろう。僕と髏々宮さんと渡狸さんはその滑稽な光景をドン引きしながら見ていた。


凛々蝶「皆、聞いてくれ…。」

御狐神「凛々蝶様!」

凛々蝶「あの、君が言う制裁はただの建前で弱者を憎むようになった理由は別にあるんじゃないのか。今の不景気な時代で単に嫌いな奴が邪魔だから消えて欲しいと考えるのは不自然に見える...。良かったら本当の理由を教えてくれないか?」

黒幕「黙れ…!」


彼をはじめとした弱者を差別する奴らの背後に一体どんな葛藤があるのか。その理由が分からない。しかし、こいつは僕の問い掛けに対してムキになっていた。という事はやはりその背後に今の彼を作り上げたきっかけがあるのだろうか。




最終章:黒幕

ーーー過去ーーー

父親「男手一つで育ててやってるんだ!俺に逆らおうなんざ思わない事だな。それにお前がどうやって生まれたか?女とヤッてた間に勝手に生まれてきやがったからだ。お前など俺にとってはなんの価値もない。」

社長「お前見たいな役立たずに生きる価値は無い。」

同僚「生きてて楽しい?傷物家庭の出来損ないの癖に。」




ーーー話を戻してーーー

凛々蝶「知りたいんだ。僕は親が失業してから家庭崩壊したし、一度は死を経験しているから。全部受け止めるよ。」

黒幕「...、俺の親父は働いていない上に女遊びに依存していた。俺が起きている間に親父が家に帰ってくる事はは殆どなく、母に至っては会った事も無い。それから俺は学費が払えないので学校に行く事も出来ず、生きていく為に小学生の時から毎日働かされ、職場でも貧困や毒親の存在から忌子として迫害された。そして、家を抜け出す為に必死で努力して就職した先では無事働く貧困層となりただ搾取されるだけの人生を送っていた。それから自分自身を投影した社会的弱者に生きる価値は無いと確信し、落ちぶれたお前を見つけて俺が味わった苦痛を与えて復讐を成し遂げようと考えた。」

連勝「にしてもこいつ黒幕の割には貧相な見た目してるなー。多分誰からも愛されずにろくな人生送れなかったから復讐に走ったんだろうなとは何となく想像出来てた。そもそも人間自体が憎いんだろう。」

野ばら「じゃあ関係ない人に八つ当たりせずそいつらに復讐すれば良かったんじゃないの?」

残夏「こんな奴の言う事を信じるの?真実だって保証はどこにもないのに?」

カルタ「自分がされて嫌な事は人にしないって言うけど、自分が辛い経験をしても同じ立場の人が苦しんでる時に手を差し伸べられる人ってそんなにいないよね…。蜻様が言う様にコロナが流行ってから皆ギスギスする様になったし、なんでこんなに心が冷え切っちゃったのかな...。」

双熾「いや、断言しますがどんな理由があろうと弱い立場の人を平気で侮辱するような奴は単なる外道です。よってこの卑しい家畜共は即刻警察に突き出します。」


御狐神君は奴ら全員をまとめて刑務所送りにしようとする。


妹『私が夢を叶えられなかった分も凛々蝶にはどんな形でもいいから幸せに生きて欲しい。そして、もし私や両親の様に孤独の中にいる人や理不尽な目にあっている人に出会ったら手を差し伸べてあげてほしいな。』

凛々蝶「ハッ...!」


しかし、その刹那、かつて妹と交わした約束が僕の脳裏をよぎる。


凛々蝶「皆、少し待ってくれ。確かに奴らに負わされた心の傷は深いし、この先も消える事はないと思う...。自分は正しい、相手は間違っている、とかつての僕だったらそう非難するだけで終わるだろう。でも、それだけだと前には進めないとも思っていた...。だから一度僕は奴らの立場になって考えてみた。よく考えてみれば奴らだけの責任とは言い切れないかもしれない...。貧困家庭に生まれた挙句に親から虐待を受け、国や職場からは侮辱や嫌がらせを受けていた人がいたのもまた事実。僕は御狐神達の様な信頼出来る仲間に出会えたし、失業するまでは家族にも恵まれていた。でも奴らは違う。僕と奴らの差は偶然が積み重なっただけで、一歩間違えたら僕自身も奴らと同じ様に人を傷つけても何とも思わない様な凶悪犯になっていたかもしれない...。だから僕はもしセカンドチャンスがあるのなら今からでも人生をやり直せると信じたい...。」

双熾「…、分かりました…。しかし、これはあくまで凛々蝶様のご意志。今回は凛々蝶のご慈悲に免じて警察には訴えません。その代わりここにいる皆様、約束してください。もう凛々蝶様には金輪際手を出さないと。この約束を破れば僕は今度こそ貴方達を罪人として刑務所送りにするでしょう。」

黒幕「白鬼院、何故俺達を訴えない?」

凛々蝶「復讐や暴力からは何も生まれない、僕はそう思ってる。かつて僕には同じ時を共有した妹がいたが、両親が失業して離婚してから何もかも変わってしまった。妹が最後に自殺した時にさえ救えなかった。その時に妹は皆が幸せに過ごせる世の中であって欲しいと。だから僕も妹と同じ様に君達も含めて皆が幸せに生きられる事を望んでいる...。」

黒幕「...、ありがとう。お前のお陰で新たな視野を見つけたかもしれない。また一から生き方を探してみるさ。お前がこれからどんな人生を送るかには興味無いけどな。」


そうして奴らは僕たちの前から去っていった。コロナによる経済の不況はいつ終わるか分からないし、人は一人では絶対に生きていけない。…、とここまで言ってきたが偉そうに上から目線で物事を語っている僕自身も一歩間違えたら今の自分が自分であるという保証は絶対にない。だから僕は誰が相手でも自分から攻撃する様な事は極力したくないし、一度道を誤った人が今からでも人生をやり直そうとするなら、それを応援しようと思う。


双熾「ご無事でしたか…!何故あんな奴らにも情けをかけて…!」

カルタ「やっぱりちよちゃんは優しいね...。あんな酷い人達にもあんなに優しく出来るって…、惚れなおしちゃった…。」

連勝「まさかお前がここまで強かったとはな。攻撃してくる相手の立場になって物事を考えられるのはもう立派な強さだぞ。」

野ばら「凛々蝶ちゃん!今までよく耐えたわね!偉いわ!」

渡狸「ふざけた犯罪者達を逃したよな。速攻で訴えて捕まっちまえば良かったのに。殴り返すのがやり過ぎだとでも言いたいのかよ…?」

残夏「まあ渡狸の言う通りだよね。ああいう奴らは一度なら許されるとか思わせちゃダメだと思うんだ。」

蜻蛉「自分に刃を向けた憎き宿敵を親切心で殺すか…、やはり白鬼院殿は一見M風のSだった様だな…!」

双熾「僕が学生時代にアメリカではって感じで聞いた事がある説でしたね。」

蜻蛉「私のワールドではない!あらゆる人間、家畜、物質はSかMで分かれている!そして…、」

残夏「はいストップ。二人とも喧嘩はダメだよ〜。」

連勝「そういえば今回凛々蝶がマンション出ていったのって俺達をこの一件に巻き込まない様にする為だったよな。そういう自己犠牲的な事されても探す手間だけが増えたし今度からはやめてほしいな。」

野ばら「まあ綺麗でプニプニした身体が傷だらけじゃない...。後で私がペロペロして消毒してあげましょう…!」

凛々蝶「助けてくれてありがとう...。次からは気をつけるよ。...!」


僕はやはり精神的に疲労しきっており、その場に気絶して崩れ込んだ。しばらくは立てそうにないだろう。


残夏「あー、ちよたん気絶しちゃってるねー。奴らから言い掛かりつけられて疲れちゃったのかな〜。」

カルタ「でも事件はひと段落着いたし、またマンションに帰ってくるよね?」

渡狸「まあちよだって俺達が嫌いで離れた訳じゃないからなー。黒幕が分かって撃退出来た以上すんなり帰って来れるだろ。」

双熾「ええ、僕が責任を持って連れて帰ります。そして、皆でもう一度帰りましょう。僕達の故郷へ。」


僕が気絶している間は御狐神君が抱えていてくれた。僕は意識を失っていた状態でも確かに彼の温もりを感じる事が出来ている。たとえ記憶や意識が飛んでいても感覚は鈍っていないみたいだ。しかし、問題は目を背ける事が出来ない経済問題やそれが理由で苦しんでいる、引いては犠牲となってしまった人が大勢いた事。社会から無碍にされた彼らの分も運と環境に恵まれた僕達はこれからも共に支え合って生きて行こう。



エピローグ:未来

黒幕を撃退してから約1ヶ月が経った。実は僕はこれまでに蓄積したダメージから脳に後遺症が残っていたので暫くの間は寝室のベッドで療養させてもらっていた。


双熾「おはようございます凛々蝶様。今日は何か口に出来そうですか?」

凛々蝶「おはよう、今起きた。出来たら近くに置いてくれたら助かるかな。」

双熾「お安い御用です。」

連勝「おーす、元気してるかー?」

カルタ「おはよう、お見舞いに差し入れ持ってきたよ...。」


僕が目が覚めてから間もなくして連勝さんとカルタさんがお見舞いに来てくれた。二人はいちご、みかん、バナナ、メロン、ブルーベリー、ぶどうなど虹のグラデーションの様な色合いをしたフルーツの盛り合わせをお見舞いと同時に差し入れしてくれた。


カルタ「ちよちゃんもフルーツ好きだったっけ…?」

凛々蝶「うん、大好き。美味しいよね。ありがとう。」

連勝「やっと俺達にデレてくれたか…。初めて出会った頃とは大違いだ。」

凛々蝶「今までの僕は感情乏しい様に見えたか?」

カルタ「うん...。一昔までは何となく陰があるような気がしてたけど...、今はそんな事なくなったよね。」

凛々蝶「全部君達と出会えたお陰だ...。なんとお礼を言ったらいいか分からないよ…。」

連勝「俺は何もしてない。成長したのはお前自身だ。そこは自分に誇りを持っていい。お前の体調が治った暁にはまた皆で楽しもうぜ。じゃあ、俺達はそろそろ行くから治るまで安静にしてろよ。」


そして、カルタさんと連勝さんは僕達の部屋を去っていった。でもお互いが望んでいればきっとまた会える。何故なら僕達は絆で繋がっているのだから。


双熾「お待たせしました。今日はサーモンのマリネを作ってみたんです。凛々蝶様のお口に合うよう脂は控えめにしておきました。どうぞ召し上がってください!」


御狐神君はサーモンを主体としてレモンやスライスオニオンを飾ったマリネを作っていた。そういえば御狐神君は料理人として働いてるって言ってたけど、それ故に盛り付けはいつも鮮やかで洗練されているのでやはり流石だなと思わされた。


凛々蝶「いつもありがとう。いただきます。」


ちなみに僕は肉や魚だったら真鯛やヒラメといった淡白であっさりしている方が好きだったりする。トロやブリみたいにこってりした脂身が苦手って訳じゃないけど。でも一般人気だったら後者の方が上なのかな?と感じる事もある。


双熾「そういえば、もし凛々蝶様の体調が回復したら、来年の春あたりにマンションの仲間達全員で沖縄旅行に行こうかなと企画を立てていたのです。凛々蝶様も勿論来てくれますよね?」

凛々蝶「ああ、勿論だ。ただ、後遺症が回復するまではまだ時間が掛かりそうだからもう少しだけ待ってもらってもいいか?」

双熾「ええ。凛々蝶様の復帰を末永くお待ちしております。」

凛々蝶「旅行当日までには必ず復帰するからその時は全力で楽しもうかな。」


御狐神君は来年の春にはマンションの仲間全員で沖縄旅行に行く企画を立てていたらしい。僕も一度家族で大分に温泉旅行に行った事がある。温泉といえば星空を眺めながらの露天風呂が至高だった。果たして沖縄ではどんな景色が待っているのだろう。でもあまり楽しみにしていると夜も眠れなくなりそうなので当日のお楽しみに取っておいた方がいいだろう。

もう僕には恐れる物など無い。心の傷や後遺症はまだまだ完治しないけど、それと引き換えにどんな困難も乗り越えられる強さと御狐神君をはじめとした大切な仲間達との絆を手にしたのだから。