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ヌーソロジーと水

水と実数、あるいは出雲。


水の招待、もとい正体

水、H2Oは原子番号1のHと原子番号8のOから出来ている。
8は音階のオクターブのように、宇宙の土台を作っている。
水は生命そのもの。
OH-は自己、H+は他者といったイメージ。
といった話をされていました。

水引の結びというのも、まさに水という話でした。

動画の中では、半田さんの会社(ヌースコーポレーション)の水の商品について宣伝もされていましたね。

一応念のため明言しておくと、私はヌーソロジーの研究をしていますが、半田さんの会社、ヌースコーポレーションで売られている商品を購入したことは一切ありませんし、今後購入する予定も一切ありません
ヌースコーポレーションを否定しているわけではありませんが、肯定をしているわけでもなく、中立的な感じです。ヌーソロジー的に言えば、感性的な共感の関係にあるわけでなく、思形的な立ち位置といったところだと思います。だからこそ見えてくるものもあるような気がします。

水の招待

出雲とスサノオと海原

昨日、水に関するヌーソロジーの動画が投稿されましたが、ちょうど今日は久しぶりの雨の日でした。

そんな中、半田さんの投稿。出雲でのイベントについて……出雲ヌースフェスというのがあるんですね!

スサノオ。
半田さんの本によると、日本神話のスサノオは「地球」を意味しているという話だったと思います。

統治領域は文献によって異なり、三貴子のうち天照大御神は天(高天原)であるが、月読命は天、滄海原(あおのうなばら)または夜の食国(よるのおすくに)を、須佐之男命には夜の食国または海原または天下を治めるように言われたとあり、それぞれ異なる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%B5%E3%83%8E%E3%82%AA

「夜の食国」というのはまだよくわかってませんが、海原というと、これもまた「水」ですよね。書いてる途中で気づきました。

ほんとうは「出雲」→「雲」→「雨」→「水」というイメージが最初にあったのですが、「スサノオ」→「地球」→「海」にまでつながったという感じですね。

不思議な感覚と水酸イオン

そんな素敵な雨の一日だったのですが、今日は会社帰りのあたりから、不思議な感覚というか、心というか、そういうものが湧いてくるようになりました。(曜日で「ノー残業デー」だったので、低次もとい定時であがりました。)

会社という組織の、思形の力から解放されたから、という気がしました。お酒を飲んだときのような、心地よい、じーんとした感じがあるのです。

化学においてのアルコールとは、炭化水素のHを水酸基OHで置換した形の化合物のことをいいます。

https://www.wdb.com/kenq/dictionary/alcohol

アルコールと水酸基(OH)。

冒頭の動画でも言われてましたが、水素イオンや水酸イオンということを言われてますね。分離意識と未分離意識。
たしかに、分離的あるいは批判的な左脳的思考、頭の中のおしゃべりが静かになるような感じがありました。共感というか交換もとい好感という感じで、感性とか右脳的な、人情味のあるような心が湧いてくるような感じがしています。

アクア。

アクアフラットとマカバと調整質と液体

アクアといえばアクアフラットですね。
アクアフラットといえば、昔はメルマガで「アクアフラット」って名前で配信されてましたねぇ。途中でΦさんが担当に変わってから、配信終了になりましたっけ。懐かしいなぁ……こんな感じで過去を懐かしむというのも、まさにアルコールな感じですよね(良くも悪くも)。
ただし念のために明言しておきますが、ここ数週間、全然アルコールは飲んでいません!完全いシラフです!!

さて話を戻しますと、アクアフラットって形が「水」の字ってだけじゃなかったんれすねぇ。ほんとに「水」ってことの意味でもありそうです。
カンの良いヌーソロジスト、あるいはスピナーズは察してると思いますが、マカバですよ、マカバ!

ほら、アクアフラットの内側んは、マカバぁがあるれしょ。「ヌーソロジーのいう調整質(思形と感性)を稼働させている」ぅぅ!って、半田さんも言ってるやないかい。

ほんら、オコツトはんも、調整質が液体と言っておりますがな。

共感と反感

共感と反感と感性と思形

あたしゃ気になったんですよ。たしかにアルコールのような、心地よい感じがしてるんですがね。

ほんら、共感だけではどうにもならないって、半田さんも言っとるでしょう!お酒を飲んでるだけじゃ、できないことだってあるんれすよ!!何かは知りまへんけど!!!

定質と性質

あんさん、そんなこと言ってたら、定質と性質がありまんがな!思形と感性はΨ9とΨ10、その上にはΨ11とΨ12、つまり、定質と性質でんがな。

定質と性質。正20面体と正12面体。

正12面体って正五角形から出来とるんやろ……火とかに関係あるんか。

精神が溶ける……確かに、アルコールの良い感じで、心が熱くなって、融けそうな感じやね。

ほーらやっぱりマカバやないの。

感性は「位置の融和」っていうから、融解質の「融」とつながってるところがあるんよ。Ψ10とΨ12は偶数系っていうことですかぁぁぁぁ!?

別に悪いという話じゃないですよぉ。人間は「完全性質」って言うでしょ~。宇宙に必要だから生み出されてるのよぉ。

経験的な意識というのは「性質」が生み出しているんですよぉぉぉ。性質って英語でキャラクターっていうでしょぉぉぉぉぉ。人格っていう意味なのよねぇ……日本語でも性と書いて「さが」って言うよねぇ。お酒を飲んで人情味が見えてくるのも、関係してる気がしてくるでしょ~~~~~~。

その意味ではアルコールが感性っていうのは、当たってるわねぇぇぇ。持続空間というかぁ、記憶というかぁ、そうやって思い出して、懐かしんでるでしょ~~~。垂質次元ってことになるのかしらねぇぇ。反映側ですけどねぇ!

ほんら、幾何学をしますよぉ。

水と実数

例によってひふみ神示からの引用ですよぃ。

 玆に(ココに) 誘名基の神(イザナキのカミ) 神加実達に理給ひて(カミガミタチにミチタマひて)、喜び光賜ひき(ヨロコびヒカリタマひき)。陽の神は秘の国(ヒのカミはヒのクニ)、通基の神は実数の国(ツキのカミはミズのクニ) 数叉名立神は(スサナルカミは)、名波裸治らせ(ナハラシらせ) と給ひき(とタマひき)。それは(それは)、その時より(そのトキより) 理決まれる事にぞあれば(ミチキまれるコトにぞあれば)、何も彼も真問ひ理に来いとぞ(ナニもカもマトひミチにコいとぞ)。あななひの道ざぞ(あななひのミチざぞ)。弥栄の理ざぞ(イヤサカのミチざぞ)、あなさやけ、(あなさやけ)あな清々し世ぞ(あなスガスガしヨぞ)。

https://hifumi.tomosu.link/all.html

ミズとは実数なのれす!時空っていうこととドンピシャじゃあないか!!
名波裸と書いて「ナハラ」とな。単に「海原」ってことではないのかも。
名とは言葉であり分離。裸とは知覚であり未分離。その二つ、思形空間と感性空間を振動させるので「波」。まさに「水」ってこと。な~~~~~んて。

本来 悪はなく闇はなく、地獄なきことを徹底的に知らねばならない。これは生前、生後、死後の区別なく、総てに通ずる歓喜である。一の天界に住む天人が、二の天界に上昇した時、一の天界は、極めて低い囚われの水の世界であったことを体得する。更に一段上昇、昇華して三の段階に達した時も同様である。地上人的感覚によれば、二の天界に進んだ時、一の天界は悪に感じられ、三の天界に進んだ時、一の天界は最悪に、二の天界は悪に感じられる場合が多い。

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水とは低い世界という意味でもあるのは、以上のことからもわかるでしょう。4次元時空とは3次元+時間なのですから。

八月の十日には江戸に祭りて呉れよ。アイウは縦ぞ、アヤワは横ぞ、縦横揃うて十となるぞ、十は火と水ぞ、縦横結びて力出るぞ。何も心配ないからドシドシと神の申す通りに御用すすめて呉れよ。臣民は静かに、神は烈しきときの世 近づいたぞ。七月の十七日、一二。

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十字は火と水。虚軸と実軸、奥行きと幅、つまり複素平面とか複素2次元(4次元空間)っていう話につながってくる予感があります。

生命の樹、生命の水を間違へて下さるなよ。樹とはキであるぞ、水とは道であるぞ、樹と水にたとへてあるを、そのままにとるから、囚われた迷信となるのぢゃ。

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水とは道。「水」については他にも興味深い記述が多く記載されています。

共感と好感と交換

なんやかんや言うとりましたけど、共感とか好感とかって大事なんだと思います。

ヌーソロジーのおかげで、私は失われていた共感の心というものが蘇りつつあるのやもしれないです。

共感って言っても感性と思形ってあるらしいですよ。

認知的共感と情動的共感という話も。
前者はお酒を酌み交わして思い出を懐かしむような感じでしょうかね。
後者は集団心理とか、そんな気がします。

たとえば、学校で授業中にさわいだり私語をする同級生がいたとしましょう。あなたはどのように感じるでしょうか。私は授業を妨害する輩に(内心で)腹を立てていましたが、そういう真面目な私は全体性、集団心理というものにとり憑かれていたのでしょう。今でも集団心理というものは自分に影響していますが。

SNSとかって厳しい批判とかする人多いですよね!!そういうのが思形的共感とか集団心理とか、ナイシンってやつなんですよ!(たぶん)

腐海もとい不快な相手あるいは事象にこそ、ちゃんと向き合うことが必要なのではないでしょうか。そういうときのための共感であり、肯定です。

絶対的肯定なのですよ。本質的には。

私たちは父親と母親が愛し合って産まれてきたのですよ。今はどうであれ、そのときは全肯定ということなんですよ。少なくとも、次元的、生物的な意味で。

そして今もなお、全肯定によって生かされているわけなのですよ。そうでなければ、肝臓も腎臓も働いてくれるわけがありません。

そんな感じで好感は「位置の交換」みたいな感じで、最小精神で、道になってなんたらかんたらするんだと思います。

病神がそこら一面にはびこって、すきさへあれば人民の肉体に飛び込んでしまう計画であるから、余程 気付けて居りて下されよ。大臣(おとど)は火と水と二人でよいぞ、ヤとワと申してあろが、ヤ、ワ、は火の中の水、水の中の火であるぞ、後はその手伝いぞ、手足ざぞ、役人 自(おのづか)ら出来るぞ。ヤクはヤクであるぞ、今迄は神国と外国と分れてゐたが、愈々一つにまぜまぜに致してクルクルかき廻してねり直して世界一つにして自ら上下出来て、一つの王で治めるのぢゃぞ。人民はお土でこねて、神の息入れてつくったものであるから、もう、どうにも人間の力では出来ん様になったら お地(つち)に呼びかけよ、お地(つち)にまつろへよ、お地(つち)は親であるから親の懐(ふところ)に帰りて来いよ、嬉し嬉しの元のキよみがへるぞ、百姓から出直せよ。ミロク様とはマコトのアマテラススメラ太神様のことでござるぞ。六月十七日、ひつくの神。

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火の中の水、水の中の火。虚軸と実軸ということだとすると、ヌーソロジーで解き明かせるはずです。

位置の交換。垂子次元。局所でーす。自己愛も大事なのですよ。

鏡の仕組みを理解しないとですね。
ただ単に共感で、アルコールで、というのは水の中に溺れてしまうんですね。

人間としてΨ8のレベルで、いい感じの共鳴をしていくには、アルコールのような人情味というのはある程度必要なのかもしれません。いや、別にアルコールなんて飲まなくても、普通の人間が持っている人情味ということです。日本的に言えば、和ということですね。中和というのは反映側ということですが、人間自身ですので、大事なものだと思います。

追伸:黄金比

黄金比の式。私から見たあなたは、わたしとあなたからみたわたし。要するに、客観性も必要ということ。アルコールとか感性とか共感だけじゃ駄目っていうのはこういうことだと思います。

正12面体とかの話にも通じますね。

喜びにとけ入るから嬉しいのぞ。喜びから遠ざかるから悲しいのぞ。そんなこと分ってゐると申してゐるが、ほんとに身体に分ってゐまいぞ。喜びに入る門は愛からぢゃ。真からじゃ。二道あるなれど愛から入るのが入り易いが、愛からでは誤り易い。生れてすぐ歩けるものでないぞ。始めから何も彼も出来るものでない。気長に進んで行けよ。内の念と外の念とあるぞ。二つであるぞ。一つであるぞ。三つであるぞ。心大きく、広く天地に放さねば、天地のキを吸ふこと出来んぞ。

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ほら、ひふみ神示でも言われてますよね。愛からだと誤りやすい。主観空間、感性側だけでも駄目ってことです。真から。

不二の仕組とは動かん真理、(ウズウミ)のナルト(成答)の仕組とは弥栄の限りなき愛のことであるぞ。神の理(ミチ)に入り、理(ミチ)をふんで居れば、やり方一つで何でもよく、嬉し嬉しとなるぞ。世の元から出来てゐるミタマの建直しであるから、一人の改心でも中々であると申してゐるのに、ぐづぐづしてゐると間に合はん。気の毒出来るぞ。めぐりと申すのは自分のしたことが自分にめぐって来ることであるぞ。めぐりは自分でつくるのであるぞ。他を恨んではならん。美の門から神を知るのが、誰にでも判る一番の道であるぞ。芸術から神の道に入るのは誰にでも出来る。この道理判るであらうが。審判の廷(サバキのニワ)に出たならば、世界は一人の王となるぞ。御出まし近うなったぞ。自分よくして呉れと申してゐるが、それは神を小使に思うてゐるからぞ。大きくなれよ。

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美の門。美といえば「黄金比」ということでもあります。

自分が思っている自分と、他人が思っている自分のバランスというか。
概念だけでは勘違いしてしまうのですよ。恋心というものは。
結び。それは物であって、光であって、心なのです。

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