
1人でカフェに行けなくても、いいもん
カフェで本が読めない。
カフェで仕事ができない。
カフェで物思いに耽られない。
カフェで記事が書けない。
そう。
私はカフェで作業することができない女である。
カフェでパソコンを開いて黙々と作業している人、のんびり過ごしている人、本を読んでいる人。
それぞれ皆、自分の世界に没頭できている。
とてもうらやましいなと思う。
私は家族や友達とカフェに入りくつろぐ事はあっても、1人で作業するためにカフェに入る事は無い。
もちろんカフェ住民に憧れて、カフェで過ごしてみることはあった。
しかし妙に落ち着かないのである。
どうして?
カフェって、落ち着く場所ではないの?
みんなは私ができないことをなぜできるのだ?
カフェって何なんだろう?
軽く飲み物を飲む場所じゃないの?
どうしてみんな平然と作業しているの?
待ち合わせでふらっと寄っただけじゃないの?
休憩時間?
そんな手軽で効率的と、一般的に思われている場所でさえ、私にはできない。
私にとってカフェに入るという事は、ものすごく敷居が高いのだ。
おそらく、私をこんなに「カフェがものすごい存在」だと感じさせているひとつの理由は、コーヒーが飲めないことにあるだろう。
カフェは基本的に入ると、コーヒーの匂いがすごい。
私はコーヒーが飲めない。
昔コーヒーに挑戦したことがあるが、その後気持ち悪くなってしまった。
だから体質的にコーヒーが合わないのだろう。
何度か挑戦するも、やはりコーヒーを飲んだ後必ず気持ち悪くなってしまう。
匂いは全然大丈夫なのだが。
とにかく自分の体内に入れる事はダメなのだろう。
家族や友達とカフェに入るとき、コーヒーは飲めないので、大抵紅茶かココアを注文する。
でもぶっちゃけて言うと、コーヒーもココアもすごく高いなと感じる。
家で飲めば数十円程度だろう。
もちろん場所代とか人件費諸々含まれているのだが、カフェにおいて、単純に飲み物を楽しむだけというのは、かなりコスパが悪いように感じる。
こだわりを提供するカフェもあるだろうが、私の場合、紅茶とココアなので、家で飲んでいる味と、大差ない。
カフェが嫌いなの?
今後飲みたくないの?といえばそうではない。
やっぱり友達や家族と入るカフェはすごく楽しいし、飲み物を飲む以上に価値があるからだ。
しかし1人で入るとなるとどうだろう。
カフェに入っても集中できないし、飲み物は高いし、私にとってやはりカフェは1人で入るのには、敷居の高い場所である。
だから日常的にカフェに行きたいとも思わない。
私は普段こうして執筆をしていることがほとんどなのだが、それは家で行っていることが多い。
というか、逆に家じゃないと集中できない。
カフェに行って記事を書こうものなら、少しも書けないだろう。
カフェに行って作業するというのは、憧れはあるものの、自分には難しいと感じたので、「家の中をカフェ風にしてしまおう」と割り切った。
部屋とテーブルを片付け、好きなマグカップに好きな飲み物を入れてお湯を注ぐ。
そしてその時の気分に合ったコースターを敷き、少しの甘いお菓子を用意すれば、あっという間に自宅カフェの完成だ。
家にいる時でも着替える。
身なりに多少なりとは気を使う。
誰も見ていないけれど、まるで我が家がカフェになったかのような気分で椅子に座り、パソコンを開き、作業する。
お気に入りの場所で、自分の好きな飲み物を飲みながら。
私にとって、こんな単純なことで自宅がカフェに早変わりしてしまう。
だから、あえてカフェに行かなくても満足できるのだ。
やっぱり私は家で過ごすことが好きなのだなと思う。
だって、これ以上に最高な場所はあるのだろうか?
こんなに心から自分が落ち着けてカフェにもできるし、いろんな場所にできちゃうのが自分の家だ。
もし自分の家の居心地が悪くて、カフェで作業するようなことがあるのであれば、家を片付けると良いのかもしれない。
落ち着かないと言うのは、家に帰っても細々としたやることが様々あって、落ち着かないのだろう。
だから1日どこか休みをとって、まずは仕事をするよりも自分の身の回りをきちんと整えることが大事だと思う。
出さなきゃと思って出していない郵送するもの。
ホコリが溜まっていて、見るたび気になっているけれど、なかなか手をつけられない場所。
お茶を飲むたびに「茶渋がついているな」と思いつつ、後回しにしてしまう茶渋取り。
みんな、日常のささやかな、どうでもいいもの。
特別大きな家事ではないし、重要ではないけれど後回しにしてしまう、ちょっと気になる生活のこと。
それらをきれいに一掃してしまえば、家の中は快適になり、家を自宅カフェ風にできるのかもしれない。
今でもカフェへの憧れがあるけれど、きっと私はカフェに1人で行って、わざわざ作業するという事は今後もないだろう。
やっぱり私は家が好きだから。
カフェなんか、1人で行けなくったって、いいもん。