烏と魔女 2 (ファンタジー)
雄カラスは、それから、魔女の気まぐれで、あっちこっちと飛び回された。生きている時と違って、疲れることはないが、魔女のいいようにされるのは雄カラスの癪に触った。
さて、何も魔女はカラスを使って覗き見ばかりをしているわけではない。1番鶏が鳴くと起き上がる。朝の光に目を瞬かせて、顔を洗うこともせずに、鶏小屋に入っていくと、雄鶏を追いかけまわす。もう歳をとった雄鶏は食べてしまおうとして追いかけ回しているのだ。雄鶏はまだ魔女に捕まる気はなく、素早く屋根の上まで逃げる。悪態をついた魔女はそれから、雌鶏の腹の下から卵を取る。それをカゴに入れると、次に山羊のところへ行き、乳の出る魔法をかけ、乳を絞る。そこで、これっぽっちしか出ないか!と文句を言う。山羊は魔法で無理やり乳を絞られて苦しいのか「めえええ」と呻き声を出す。狼除けに置いている山犬には、腐りかけのシチューを目の前に置いてやる。山犬の首には太い鎖がかかり、逃げ出せない。魔女に噛みつけばいいようなものだが、そこは魔女を抜かりなく、呪いの言葉で山犬の口をしっかり閉じさせてしまうので、山犬も魔女には手が出せなかった。
それから家の中に戻ると、熾火を起こして薪を焚べ、火を焚く。朝飯はヒキガエルのスープだ。ヤギの乳はそのまま飲むか、酸っぱい木の実を絞ってチーズにする。それから、お気に入りのカラスを使って、村人を盗み見したり、遠くの滝を見に行ったりさせる。魔女はこれが気に入っていて、カラスをあっちこっちへと飛ばさせた。カラスは疲れることはなかったが、魔女の言う通りに動かなければならないことに不満だったし、子供達に餌を運べないことを悲しんでいた。そうやって、魔女が夢中になっていると、腹を空かせた猫が魔女が覗き込んんでいる洗面器をひっくり返しそうになった。魔女は猫を怒鳴りつけて、近くにあった薪を投げつけた。魔女はひとしきり文句を言った後、また猫に洗面器をひっくり返されたら困ると思って、とっておきの玻璃はりの瓶を出してきて、それにカラスの血を移した。これで、血はこぼされることもないし、乾燥してしまうこともないだろう。
それが済んでしまうと、大きな魔法の本を開いて、それを苦労して読みながら、いつも作っている魔法薬作りを続ける。もう何年もこうして魔女の鍋の中で魔法薬を作り続けている。一度も成功したことがないのだ。魔女はあまりにも長い間それを作り続けているので、もうなんのためのなんの薬なのかわからなくなっていた。
魔女は自分がなんのためになんの魔法薬を作ってるのかもう忘れていたが、黒猫は覚えていた。もう100年以上前、死んだ恋人に会うために時間魔法薬を、作っていたのだ。過去へ戻ろうというのだ。しかし、そんな魔法薬は無い。魔女が作っているのは、時間薬ではあったが、それは時間を無くす魔法の薬だったのだ。
カラスは、魔女の生活を観察していた。それから、他の動物たちの話を聞いた。どの動物も魔女のことを嫌っていた、猫をのぞいて。
山羊はもうこれ以上乳を絞られたくなかったし、山犬は群れに帰りたかったし、雄鶏は食べられてくなかったし、ネズミは魔女の箒で叩かれたくなかった。
魔女は夜や薄明かりでも目が見えるらしいが、逆に昼日中の太陽や、夏の日差しには目がくらむのをカラスは何度も見ていた。そこで、カラスは、一計を案じた。
その夜、いつもはおとなしい山羊はゴリゴリとツノを木の柱に擦り付けて、騒々しい音を出した。山羊とは元々そう言うもので、そうやって角を磨くのだ。それも、魔女のベッドの近くではネズミが見張っていて、魔女がまどろむとネズミがチューと鳴く。すると、山羊はゴリゴリと音を立てる。魔女は何度も眠ろうとしが、なかなか眠れずに、だんだんイライラして、ついには怒って、小屋に行ってこれ以上ツノを磨き続けるなら、呪いをかけてやると、ヤギを脅した。
それから魔女がまた眠ろうとすると、今度は鎖に繋がれた山犬が遠吠えを始めた。続いて、激しく吠え始めた。「狼だ!狼だ!」魔女は驚いて飛び起きた。狼に鶏やヤギを食べられては大変だと、火を起こして松明を作り、外へ飛び出した。しかし、飛び出てみると、山犬は静かに寝息を立てていて、狼の気配はない。魔女は自分が寝ぼけたのかと思って、松明を片付けて、再び寝た。しかし、魔女が寝入ったその時、ネズミがチューと鳴き、合わせて今度は雄鶏が夜明けを告げた。コケコッコー。魔女はまたしても驚いて飛び起きたが、外はまだすっかり暗かった。そこで魔女は雄鶏に呪いの言葉を投げつけ、それからまた寝たのだった。ネズミは暗い中でも動けたので、カラスに言われた通り、カーテンをしっかりと閉めて、朝の光が入らないようにした。その間、カラスはおとなしく、止まり木の上で身じろぎもせずにいた。と言うのも、カラスはまだ魔女の一番のお気に入りで、ちゃんとそれがそこにあることを何度も確認するからだった。
さて、次の日の朝、雄鶏はカラスに言われた通り、夜明けを告げなかった。だから、魔女はすっかり寝坊して、日は高くのぼり、もう真昼だった。魔女の家の中はネズミがしっかりとカーテンを押さえていたので、真っ暗だった。雄鶏は、太陽が一番高くなった時に嘘の夜明けを告げて大きく鳴いた。
「コケコッコー」
魔女は慌てて起き出した。早く卵取らねば!乳搾らねば!寝不足の魔女は慌てて起きてフラフラ歩いて扉を開けると昼の光に目が眩んだ。魔女は思わず目を押さえて、そのまま後退りした。でも、魔女は強欲だったので、卵を取って乳を絞ろうと、細目を開けて外へ出ようとした。そこで、ネズミたちはカーテンを一斉に開けた。魔女は眩しくて、また一歩後ろに下がった。それでも魔女はまた薄目を開けて、前に進もうとした。そこへカラスがやってきて、キラキラ光る鏡で魔女の目に昼日中の太陽の光をぶつけた。
「ぎゃーーー」
魔女は叫んでよろめき後ろに下がった。そこには魔女が森から拾ってきた柴の束があり、それにつまづいて、魔女は真後ろに倒れた。倒れた先にはいつもの魔女の鍋。中には魔法薬が入っている。ドボーーン。魔女は頭からその中に突っ込んでしまった。溺れかけた魔女はガブガブと薬を飲んでしまったが、なんとか鍋から這い出てきた。
しかし、もう遅かった。魔女は魔女の薬が効いてしまった。時を無くす薬で、魔女には今起こっていることと、これから起こることと、昔起こったことの区別がつかなくなった。今がいつなのか、今があるのかさえわからない。魔女はその場に座り込んだまま、動かなくなった。
さて、魔女がすっかり動かなくなったことを確かめたカラスは、山羊のコヤの留め金を外しやった。山羊は自分で歩いて行って、好きなだけ草をはめた。それから魔女の腰からピカピカの鉄の鍵を取ってきて、山犬の首輪を外してやった。山犬は喜んで群れに帰って行った。雄鶏ももう魔女に追いかけられることはない。ネズミも魔女の箒で叩かれることもない。ネズミには、まだ黒猫という天敵がいたが。
カラスは妻のところへ帰り、子育てをした。四羽とも丈夫に育って巣立ちした。それから二羽は仲良く暮らしたが、もう卵が生まれることはなかった。何年かして、妻は死んでしまったが、カラスは死ななかった。カラスは、魔女の家に住むことにした。魔女の家では、年老いた山羊がまだ生きていたが、鶏は狼に食べられていた。でも、雛が帰孵り、また鶏の群れができていた。
カラスは昼間キラキラしたものを取ってきては魔女の家に吊るした。それから夜には庭に火を焚いた。近くの家から熾火を拾ってきて木に火をつけたのだ。そうすると、夜でも魔女の家はキラキラ光、それを恐れた狼も山犬も近寄ってこなかった。そこで、魔女の家はネズミや穴熊やウサギといった小さい動物が隠れ住むようになった。カラスはといえば、疲れることもなく、昼間は家の周りを飛び、夜は軒下に立った。
魔女はまだ家の中でじっと座ったままだ。カラスには時々魔女が微笑むように思えた。黒猫は相変わらず窓のところでくつろいでいた。魔女が餌をくれなくなってから、間抜けなネズミを捕まえては食べていたが、ネズミは一向に減らなかった。どんどん増えるからだ。その黒猫は魔女が時々微笑む時、昔の恋人に会っているのだなと見当をつけていた。黒猫はその男が魔女を裏切り続けていたことを知っていたが、魔女には黙っていた。教えてやっても不況を買うだけだ体。それに、黙っていたのはそれだけではない。暖炉の脇の丈夫な鎖はその男が逃げないように魔女が作ったものだが、そのことをその男に教えてやることもなかった。尤も男は猫の言うことはわからなかっただろうが。
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