ヒゲとボイン
ヒゲとボイン
二日酔いの五郎は発泡酒を飲んだ。いや、二日酔いではない。寝て起きたものの、ずっと酔っ払ったままだからだ。風呂も入ってないし髭も剃ってない。もう会社に行かなくていいのだから、そんな面倒なことは全て辞めてしまった。髭の濃い五郎はまるで熊だ。霧のかかった頭でスマホをいじり、風俗の日中割引を探す。アルコールが回り、五郎の手が滑って、どこかのサイトをクリックしてしまった。
スマホが光って、目の前にバタくさい顔の美女が現れた。なぜか隣に小さな羊を連れている。なかなかグラマーだ。酔っ払った五郎は手を伸ばして乳房に触った。
「無礼者」ピシャリと手を払いのけられる。
「私は聖アグネスです。神の思し召しで何でも願い事を叶えましょう」
少しまともに考えてみるように、五郎は努力した。何でも願い事を叶えてくれるのか。当然夢だろう。アルコールによる幻覚かもしれない。どちらでも構わなかった。金持ちにでもしてもらおうか。いや、時間を戻してもらおうか。あのミスをしてしまう前に。五郎は頭を振って考え直した。せっかくの夢だ。しみったれたことを考えるのはやめよう。もっと素直になろう。そう思って五郎はもう一度手を伸ばして聖アグネスの乳房を触った。またもピシャリと手を払いのけられる。
「一度ならずも二度までも。この罰当たりもの」
「一回や二回、いいじゃないか」五郎はぼやく。しかし五郎は名案を思いついた。
「願い事は、毎日そのおっぱいを触ることです」
「良いのですか?百万長者にもなれるのですよ?」
「いや、俺はお前のほうがいい」
聖アグネスの頬が少し赤くなった。
「良いでしょう。その願い叶えましょう」
味噌汁の匂いがする。五郎はベッドから起き上がった。
「早く起きないと遅刻するわよ」五郎の妻が明るく呼びかける。五郎は工場勤務の真面目な会社員だ。大した給料はもらってないが、安定していた。五郎の人生は充実していた。昼も夜も。
「行ってくるよ」そう言って出かけていく五郎の家の玄関先には、子羊がいた。普通の家の玄関先には、子羊がいるものだろうか?五郎は子羊を無視した。たとえ夢だったとしても、五郎はこの人生を手放す気はなかった。
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