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ねえ、ビーチへ行かないか? 


「ねえ、ビーチに行かないか?」
「ええ、いいわよ。今日は本当に暑いから」
 ジョンは思った。本当に暑いなら、家の中で、エアコンを効かせりゃあいいのに。でも誘ったのはジョンなのだ。
 ジョンにしても何もジェーンを誘う必要はなかったのだ。電話をすれば、ワットやコンランもどうせ暇にしているのだから。しかし男友達を誘えば、ビーチできっとビールを飲むことになる。ジョンは炎天下でビールを飲むのは好きではなかった。それに、とジョンは思った。アイリーンだって、誘うこともできたはずなのだ。
 アイリーンは、ジェーンより、いい女だ。水着姿が見られるならそれだけでもビーチまで繰り出す価値がある。
 しかしジョンは、ウォールマートで買った水着に着替え、キャンバス地のトートバックにビーチタオルをつめた。
 ジェーンはそこから30分ほど、着替えに時間が要った。ジョンは、だんだんビーチに行くことに感じていた魅力が薄れていくのを、なんとかやり過ごすように努力していた。
「お待たせ」
「じゃあ、行こうか。ハニー」

 ビーチは混んでいた。いつだって混んでいるのだ。太陽は真上にあり、白い砂浜にパラソルの黒い丸い陰が落ちている。二人は大きなきのこの森を歩くように、パラソルの間を歩いた。気の抜けたビールのにおいや、コパトーンの甘ったるいにおいがする。
 なんとか、気持ちのいい隙間を見つけて、二人は落ち着いた。
「パラソルを借りればよかったかな」
「あら、日焼けをしたいからいいわ」
 別に君のためなんていってない。ちょっと太陽が暑すぎるんじゃないかとジョンは思ったのだ。
「そうかい?」
 ジェーンは羽織っていた夏用の白い薄いジャケットを脱いで水着になった。自分のバックの中から、日焼け用のオイルを取り出して、腕に塗り始める。オイルのにおいと海のにおい。このむっとする暑さ。ジョンはビーチに来た事を実感していた。
 オイルでつやを増したジェーンの腕。ジョンはサングラス越しに見つめた。その先のジェーンの体。アイリーンほどの体ではないが、肉付きのいい体だ。
「ねえ、ちょっと手伝ってくれない?」
「もちろん、いいとも」
 ジョンはオイルをとって、ジェーンのむき出しの肩に塗った。ジョンは勃起した。それをうまい具合に組んだ脚で隠した。
「ねえ、今夜、映画に行かないか?」
「そうね」
「ほら、海岸沿いのあの映画館だよ」
「ええ、わかってるわ」
 ”ええ、わかってるわ”か。まあ、いいさ。
「映画の前に軽くいっぱいやるってのはどうだい?」
「そうね。でも何をやってるのかしら」
 もっともな質問だった。ジョンは、今朝読むともなしに読んだ地域コミュニティー紙の紙面を思い出そうと努力した。波がジョンの毛むくじゃらの脚を濡らした。ジョンとジェーンは、ビーチタオルを浜の少し上の方に引き上げた。
「確か、古い恋愛物だったと思うよ」
「あら、恋愛ものならすてき。私そういうのが好きなの」
 何が好きでもかまわないけど、もしそれが好みっていうのなら、それにこしたことはない。
「でもドンパチものはだめ」彼女は渋い顔を作った。
”ドンパチもの”と彼女は言った。ドンパチもの、と。それにしても、とジョンは思った、彼女の鼻がもう少し鷲鼻でなかったらな。
 海を見ると、白い砂浜に反射した光線ですっかり目がおかしくなっているので、遠近感がおかしかった。波打ち際がもうすぐ二人のビーチタオルを濡らすところだった。二人は一緒にビーチタオルを砂浜の少し上の方に引き上げた。

 映画が恋愛ものだったか”ドンパチもの”だったかは結局関係なかった。映画館で二人は、ヘビーネッキングに忙しかったからだ。
「ねえ、マリファナタバコはどうだい?」軽く一杯やったオープンバーで、ジョンはジェーンに言った。ジェーンは笑ってそれを一口だけ吹かした。
「ねえ、私、タイへ行ったときのことをもう話したかしら?」
「いや、聞いてないね」
 彼女はどうやらいろいろなところに旅行に出かけているようだった。
 映画が終わると二人はジョンが借りている部屋に行って、セックスをした。セックスは、最高によかった、とはいかなかった。ジョンがクリトリスを指で触ると「だめよもっと優しくして」とジェーンは言うのだった。ジョンがどんなに優しく愛撫してもジェーンには痛いらしかった。でもジョンはクリトリスを愛撫するのが好きなのだ。
 セックスの途中で一度ジョンは、自分のペニスをジェーンに握らせてみた。ジェーンはしごいてほしいのかと思ってそうしてやったが、ジョンはそれもそんなに気に入らなかった。

 暗闇の中、ジョンのベッドにはジェーンは横たわっていた。ジョンは、裸で椅子に座っていた。窓からは海に反射した月明かりがさしている。
 ジョンはジェーンが横たわるベッドに戻りたくなかった。今日一日を思い返してみた。
 ワットたちとビールを飲めばよかったのだ。今からでも遅くない。これから電話して。いやそれはできなかった。第一ジェーンになんて言って外出する? アイリーンに電話すればよかったのかもしれない。いや、とジョンは思った、本当はアイリーンをそんなに誘いたかった訳じゃないのだ。
 開いている窓からの風が少し冷たくなった。ジョンはするりと暖かいジェーンの横たわるベッドに滑り込んだ。ジェーンを抱き寄せた。

 海はまだ満ちていた。二人が横たわるベッドの脚は海水に浸かり、そして海は、徐々に水位を上げていた。


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