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人面鳥

人面鳥

「ここは俺の私有地だ」
 人面鳥は言った。人面鳥の体はまるで三つ揃いの背広をきてるみたいな模様をしていて、顔だけが鷲鼻の人間だった。その羽の色はめちゃくちゃで、満艦飾だった。頭に被っている粗末な帽子だけは、羽ではなく、ちゃんと布でできている物だった。人面鳥は人の大人くらいの大きさだったので、まだ十歳のサチコには怖かった。サチコは、お母さんにお使いを頼まれた風呂敷包みを返してもらおうとしていた。お母さんは着物を仕立ててお金をもらっているのだ。できたばかりの着物はきちんと畳んで風呂敷に包んであった。さっきサチコは道端の石の上にその包みを置いて、一休みしていたところだった。ところがこの人面鳥がやってきてその包みをその爪で踏んづけて、それが自分のものであると宣言したのだった。というのは、この石はその人面鳥の私有地で、ちゃんと人面鳥の土地登記事務所に登記してあるからだということだった。サチコには土地登記なんてなんのことかわからなかったし、道端の石が誰かのものだなんていうことがあるなんて信じられなかった。それに仮にそこが人面鳥の土地だとして、ちょっと包みを置いたらそこの人にそれを取られてしまうなんて法は聞いたことがなかった。サチコはそう言ったが、人面鳥の世界では違うのだと人面鳥は言い張った。疲れたサチコは自分の着物が汚れることも忘れて、地面に膝をついて座ってしまった。人面鳥はもうサチコのことは眼中にないようだった。奪った着物がどこに行けば一番高く売れるかをぶつぶつと呟いていた。目は血走って、口の端から泡を吹いている。どうも様子がおかしい。よくみると、派手な羽に紛れて先ほどまではよくわからなかったのだが、体のあちこちに赤い札がくっついていた。それらは「債券」と書かれていた。サチコは字を読むのが得意なのだ。その「償還日」はとうに過ぎていた。続いて何やら文字が書いてある。サチコは声に出して読み上げた。
「牛と熊 人面鳥銀行」
サチコが読み上げる声を聞いて、人面鳥は驚いて目を見開き、翼をバサバサ羽ばたかせて言った。
「やめろやめろ。それを声に出してはダメだ」
 しかし、もう遅かった。空からたくさんの人面鳥が羽ばたきながら降りてきた。どの人面鳥も羽の色はめちゃくちゃだったが、初めの人面鳥と違って、みんなシルクハットをかぶっていた。
「人面鳥番号への五番。お前の不渡手形焦げ付いておる」
「償還日はとっくに過ぎてるぞ。わしの羽を見てみろ」がなりたてた人面鳥の尾羽がジリジリとこげて煙が出ていた。
「資金を回収する」別の人面鳥が言った。
 初めの人面鳥は、つまり人面鳥への五番は、大慌てで弁解した。「今ここに商品を手に入れてあります。これを売却すれば投資家の皆さんを損させることはありません」
「だまらっしゃい」別の人面鳥が言った。「お前の負債は限度を越えておる。これ以上の損失は看過できない」
「お慈悲を。お慈悲お」への五番は言った。
「お前は今まで、商売相手に慈悲をかけたことがあったか」
「あるわけはない。人面鳥に慈悲はないのだから」
 そういうなり、シルクハットをかぶった人面鳥たちがバサバサと翼を羽ばたかせて、への五番に襲いかかった。
「この右翼はわしがもらう」「この左鉤爪はわしがもらう」「この尻尾は鷲尾のだ」各々が、まるでハゲタカのように、への五番をむしり取って行った。最後には粗末な帽子が地面位落ちてきたが、それも煙を出して燃えてしまった。シルクハットをかぶった人面鳥たちは自分たちの出した損失に対して不満を口々に言いながら飛び去っていった。
 サチコは石の上に残った風呂敷包みを大切そうに手に取り、それから道を歩いて行った。


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