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死の花と魔女   (ファンタジー)


 魔女は一人で山奥に住んでいた。小さな家は、石と漆喰しっくいでできていた。家の周りには小さく刈り込まれた椿つばきやバラやハナミズキが花を咲かせていた。家の前には、広い花壇かだんがあった。花壇には魔女が植えた花が咲いていた。魔女はいろんな所から、美しい花を見つけると持ってきて、この花壇に植えるのだった。花壇には色とりどりの花が咲いていた。端からチューリップ、クロッカス、パンジー、ペチュニア、シクラメン、クリスマスローズ、デイジー、ポピー、金魚草、サルビア、スプレーマム、デイジー。バラ、ツラバラ、桜、椿、ミモザ、はなみずき。季節に関係なくみんなきれいに咲いていた。その花壇の真ん中は煉瓦れんがで囲ってあり、小さな花がつぼみを膨らませていた。今日は満月で、その花はその夜咲くのだった。死の花と言った。
 花壇の向こう側には小さな山羊小屋があり、山羊が3頭いた。母山羊と小山羊2頭だ。それと、若者が一人、手足に鉄の枷がかけられて転がっていた。この若者は魔女が、近くの村から攫って来たのだった。若者はなんとか逃れられないかと、かせを外そうとしたが、見た目の違って随分丈夫なようで、外れなかった。若者は自分の見た目が良いことを知っていたので、それであの見にくい老婆もなんとかだますことができないかと思っていた。そうして山羊と一緒に小屋にいた。
 魔女には若者の容姿ようしなどどうでも良かった。若者にはある役目があるのだ。今夜、魔女に代わって、死の花を見るという役目だ。なにしろ、死の花を見たものは死んでしまう。だから、代わりに見れる者が必要なのだ。そうして、魔女は死にゆく若者から、死の花がどんなふうに美しいかを、根掘り葉掘り聞くつもりだった。
 その夜、やぎ小屋から連れ出された若者は、醜い魔女におべっかを使い、へつらい、どうにか魔女に気に入られようとした。しかし、当の魔女は聞いていなかった。魔女にとって大事なのは花壇の花だけなのだから。魔女は若者に、花壇の真ん中の花をよく見るようにと言いつけた。自分は万が一にもそれを見てしまわないように家の中に入り、戸を閉めてしまった。若者は手枷足枷てかせあしかせのままくさりつながれ、鉄のくいに繋がれて、夜の花壇に突っ立っていた。
 その夜、その世にも美しい花は咲いた。若者は月光の下、その花を見た。若者は美しさに時を忘れた。
 次の朝、死の花はすっかり枯れてしまっていた。若者はまだ夢見心地でいた。そこで魔女は若者を文字通り叩き起こして、どんな花だったか、詳しく聞いた。若者は熱っぽく、その花がどんなに美しかったかしゃべった。しゃべってもしゃべっても足りないようで、夜明けから昼頃までずっとしゃべっていたが、急に喋りやめた。若者は死んでいた。それが死の花を見た者の運命だった。
 魔女は、若者を担いで持ち上げると、花壇まで行き、死の花の枯れた跡にその死体を埋めた。死の花はこうやって人の命を吸って咲くのだった。
 さて、魔女はといえば、気もそぞろだった。ああ、聞けば聞くほど死の花を見たくてたまらなくなった。次の満月にまた死の花は咲く。魔女はまた誰かさらってこなければならなかった。そこで魔女はほうきに乗って夜空に飛び上がった。
 今度の犠牲者ぎせいしゃも若者だった。魔女は夜飛ぶので、外をあるているのは大抵たいてい男だからだ。この前の若者に比べて、背も小さく、肩幅も狭く、顔も良くなかった。同じように手枷足枷を嵌められて、山羊小屋に押し込められた。若い男は、山羊小屋の中で思案していた。「どうも俺は魔女に拐われてしまったようだ。これは思案のしどころだ。さもないと命を取られてしまうぞ」と。そこで男は寝転んだまま、耳をそばだてた。
 昼間の魔女は大忙しだった。何しろ、季節を問わずに花を一年中咲かせているのだから、たくさんの魔法が必要だったのだ。だから、魔女は箒で飛んでいっては、薬草を取ってき、今度は魔女のなべで秘薬をせんじ、花壇の手入れをして、雑草を抜き、合間に自分の食事を作っては食べ、洗濯も掃除もしなければならなかった。使い魔の黒猫はそんな魔女を呆れ顔で見ながら、窓辺に寝そべっていた。魔女は自分に話しかけながら、作業をしていた。何しろ間違った秘薬を間違った花にかけるわけにはいかないからだ。
「ペチュニアには赤い水。デイジーには紫の水。シクラメンには白い水。死の花には山羊の生き血。ああ!死の花。私の死の花。たくさん生き血を吸ってきれいに咲いておくれ。ああ一体!どんなにきれいな花なんだろう。一度でいいから見てみたい。でもそれは叶わない」
 生き残ろうと必死の若者は、山羊小屋の板の隙間からそれをしっかり聞いていた。
 さて、満月の夜。魔女は前の時と同じように、この貧相な若者を花壇の鉄の杭に繋ぎ、目の前の花をよく見るように言いつけた。若者は、さて、これが死の花だなと察しをつけた。魔女はあんなにこの花を見たがっていたのに、自分は家の中に閉じこもってしまった。これは、どうしたことか。「一度でいいから見てみたい。でもそれは叶わない」と魔女は言っていた。これはきっとその花を見てしまえば良くないことが起こるに違いない。何しろその花の名前は死の花なのだから。そこで、若者は、自分の目をしっかり瞑った。
 次の日の朝、魔女は家から這い出てきて、前の時と同じように夢見心地の若者を叩いて起こした。若者は、起きて魔女に促されるがままに、花のことを語った。
「それは、白い花でした」
「なんだって?この前は虹のように色が刻々と変わっていくと言っていたぞ」
「確かに前に咲いた時は虹色だったのでしょう。でもあの有名は死の花は毎回咲くときに色が違うのは、もちろんご存知でしょう?」
若者は慌てずにそういった。
「なんだって!お前はあれが死の花だと知ってあれを見たのかい?」
「もちろんです」
「それではお前は自分が死んでしまうと知っているのかい?」
「いいえ、もちろん死にませんとも」
「いいや死んでしまう」
 若者は魔女が若者が本当は花を見ていないのだと気づく前に話を始めた。
「町に行けば今どき誰でも知っていることですよ。こうやって両手でそれぞれ、親指と人差し指で丸を作り、手首を返して目にあてて、メガネにするのです。こうやってみれば、死の花の呪いは避けられるのです」
「そんなバカな。そんな子供騙しが信じられるものか」魔女は興奮して言った。
 その通り、と若者は思ったが、口にはもちろん出さなかった。若者は、人は自分の信じたいことがあれば、大抵のことは信じてしまうものだということを知っていた。曽祖母に育てられた若者は、見た目よりずっと知恵があった。
「お疑いになるもの無理はありません。こんな山奥に1人で住んでいては、当世の流行もわからないことでしょう。何も慌てることはありません。私が死んでしまうかどうか、しばらくお待ちになってみれば、すぐにわかることでしょう」
「そうしよう!」魔女は言って、若者の前を行ったり来たりし始めた。そして、もちろん若者は、お昼を過ぎても死ぬことはなかった。
 そこで、魔女は驚いた。確かに自分は長いこと町には人攫ひとさらいにしかいってないし、町の生活がどんなものか知らなかった。いつの間に死の花が、もはや死の花ではなくなっていたのだろうか。魔女はでも完全に信じたわけではなかった。そこで、魔女は死の花について、若者に根掘り葉掘り質問した。若者は、機転を利かせて魔女に話を合わせた。若者の作りあげた話はこうだ。死の花の呪いを避ける方法がわかったのは一年ほど前で、それから死の花の研究が進んだ。これによると、死の花は、毎回花の色が変わり、花の形も変わる。花の香りも変わり、それが毎回、その前の時より美しくなるのだと。魔女は毎回より美しくなる花を見ることを夢見た。この前の見た目の良い若者が情熱を持って語ったあの花を自分も見てみたいと切望した。しかし、魔女は用心深かったので、もう一度、この若者に死の花を見せてみることにした。
 次の満月。魔女は家の中に引きこもり、若者はまたしても花壇の杭に繋がれた。何度されても若者のやることは変わらなかった。しっかりと目を閉じて、万が一にも花を見てしまわないように気をつけた。そしてまた朝になると、魔女はやってきて、若者に死の花のことをしつこく聞いてきた。若者は今度は赤い花だった、恐ろしく美しい花だったと魔女に言ってやった。魔女は身悶えした。見たくて見たくてたまらないのだ。若者はもう一押しすることにした。そして泣き出した。それを見た魔女は驚いて、若者に訳を聞いた。
「いいえ、なんでもありません。ただ、死の花はもうあと一回しか咲かないということがわかったので、それが悲しくて泣いているのです。あの花は赤くなったあと、ただの一度しか咲かないのです」
 なんということか。自分はまだ一度もあの花を見ていないのに、枯れてしまうというのか。魔女は慌てた。次は自分で見なくてはならない。
 魔女はそう決心すると、持っていた鎌で若者の首を刎ねて、それからその死体を死の花の苗床に埋めた。何しろ、人の命を吸って死の花は咲くのだから。
 次の満月。満を持して、魔女は今、月光の中、自慢の花壇を目の前にしていた。今、死の花が咲こうとしている。ゆっくりとその花は開いた。魔女は感動して、この百年で初めて笑った。人差し指と親指の輪の中から、その花を見ていた。そして、そのまま死んでしまった。
 誰も世話をすることのなくなった花壇は、今や草がぼうぼうに生えている。春になれば、パンジーが咲き、夏には百合が、秋にはコスモスが、冬になればシクラメンが咲いた。魔女に小さく切り込まれた椿は大木になり山羊は小屋から出て伴侶を見つけるたびに出た。黒猫は崩れた窓辺に相変わらず寝そべっていた。
 
 

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