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Lapin Ange獣医師の「ネットで見たんだけど・・」 #16: 生ものに注意

前回(#15),米国食品医薬品局 FDA のwebサイトの,ビタミン Dの毒性に関する解説を紹介したのですが,同サイトには "Get the Facts!  Raw Pet Food Diets can be Dangerous to You and Your Pet"(知ってください! 生のペットフードは,あなた自身とペットに危険かもしれません)という項もあります。
私はこのタイトルを見て「自作の食餌?」と思ったのですが,必ずしもそうではないようです。
市販のドッグフードについては,多分,私よりもワンちゃんオーナーの皆さんの方がよくご存知でしょうから,ここで多くは書きませんが,その性状によって「ドライ」〜「ウエット」のタイプで扱われるのが一般的かと思います。

ペットフードの区分:一般社団法人 ペットフード協会のwebサイトから引用

ただ,どのタイプのフードでも安全であることが前提ですので,加熱などの殺菌処理が施されているのが通常で,ペットフード公正取引協議会のwebサイトには
「ペットフードを加工する目的は,原料の消化・吸収を向上させると同時に,加熱殺菌により微生物汚染を防止するためです。 例えば,ペットフードと家畜用飼料との大きな違いは,ペットフードはすべて加熱加工されていることにあります。
ウエットタイプの缶詰やレトルトパウチは勿論、加熱加工処理をしていないペットフードはありません。」
と記されています。
しかし,皆さんがよくご存じのように,ペットショップやネットには多くの生フードが存在し,BARF Diet (BARF: Biologically Appropriate Raw Food)の効能について獣医師を含む多くの?人たちが熱く語っています。
生食の適否は後述するとして,先ずはFDAがweb サイトで項目として掲げている内容を紹介します。

Get the Facts!  Raw Pet Food Diets can be Dangerous to You and Your Pet

2010 年 10 月から 2012 年 7 月までの 2 年間の研究で,FDA 獣医学センター Center for Veterinary Medicine (CVM) は,1,000 を超えるペットフードのサンプルを検査し,食中毒を引き起こす可能性のある細菌を調べました。 その結果,他の種類のペットフードと比較して,生のペットフードが病原性の細菌に汚染されている可能性が高いことが示されました。

ペットフードの調査

調査の初年度には,生のペットフードは含まれていませんでした。  2 年目,CVM は調査を拡大し,市販の生のイヌ用およびネコ用フードの 196 サンプルを対象に含めました。 センターでは,多くのメーカーから様々な生のペットフードをオンラインで購入し,調査に参加している 6 つのラボに直接発送しました。 生のペットフード製品は通常,チューブ状のパッケージに入れて冷凍され,ひき肉またはソーセージから作られていました。
参加したラボでは,サルモネラやリステリア・モノサイトゲネスなどの有害な細菌について分析しました。 過去のプロジェクトでは,CVM はイヌとネコの餌にサルモネラ菌が存在するかどうかを監視していました。 しかし今回の調査の前に,同センターは「ペットフード中のリステリア菌の発生を調査していなかった」と,CVMの研究局の獣医師であり,今回の調査の主任研究者の一人であるRenate Reimschuessel 氏は述べた。  Reimschuessel 氏はさらに「我々が検査したペット用生食品のかなりの割合が,病原性のリステリア・モノサイトゲネス陽性であった」と述べました。 (病原性とは病気を引き起こすということですが,すべての細菌に有害な病原性があるわけではありません。 腸内に生息して腸の健康に貢献するなど,人や動物にとって役立つ細菌もあります)
分析した 196 個のペットフード生サンプルのうち,15 個がサルモネラ菌陽性,32 個がリステリア菌陽性でした。(表1 参照)

表1:細菌検査で陽性となったペットフードの数とタイプ

研究結果に基づき,CVMはペットフードの生食による公衆衛生上のリスクを懸念しています。 Reimschuessel 氏が言及したように,この研究は「生のフードを食べるペット及びその製品を扱う飼い主にとっての,潜在的な健康リスクを特定しました」。 ペットに生食を与えている飼い主は,サルモネラ菌やリステリア菌に感染するリスクが高い可能性があるのです。

生のペットフードによる食中毒を防ぐためのヒント 

ペットに生のペットフードを与える場合,汚染されたフードから口に細菌が広がることで,サルモネラ菌やリステリア菌に感染する可能性があることに注意してください。 たとえば,生の食品を準備しているときや,汚染された器具を扱った後に口に触れると,誤って細菌を摂取する可能性があります。 サルモネラ菌やリステリア菌が手や衣服に付着すると,その細菌が他の人,物などに広がる可能性もあります。

サルモネラ菌やリステリア菌の感染を防ぐためのヒントをいくつか紹介します。

○ 生のペットフードを扱った後,また生のフードと接触した物に触れた後は,石鹸と水で手を徹底的に洗ってください(少なくとも20秒間)。  汚染される可能性のあるのは,カウンタートップ,冷蔵庫や電子レンジの内部,台所用品,餌入れ,まな板などが含まれます。
○ 生のペットフードと接触するすべての物を徹底的に洗浄し,消毒してください。 まず熱い石鹸水で洗い,次に消毒剤で洗います。  1 クォート (約1L) の水に大さじ 1 杯の漂白剤を混ぜた溶液が,効果的な消毒剤です。 消毒液を大量に供給するには,1 ガロン (約4L) の水に 1/4 カップ(約 60mL)の漂白剤を加えます。 使用後は毎回食器洗い機に通して洗浄し,消毒することもできます。
○ 生の肉や鶏肉製品は使用する直前まで冷凍し,調理台やシンクではなく,冷蔵庫または電子レンジで解凍してください。
○ 生及び冷凍の肉や鶏肉製品は慎重に扱ってください。 生の肉,鶏肉,魚介類は洗わないでください。 ジュース(血液や肉汁)に含まれる細菌が飛び散り,他の食品や表面を汚染する可能性があります。
○ 生の食品は他の食品とは別に保管してください。
○ ペットが食べないものはすぐに蓋をして冷蔵庫に保管するか,食べ残しは安全に廃棄してください。
○ 生の材料を調理してフードを自作する場合は,必ずすべての食品を食品用温度計で測定した適切な内部温度になるまで調理してください。 完全に加熱調理すると,サルモネラやリステリアその他の有害な食中毒菌が死滅します。
○ ペットの口の周りにキスしたり,ペットに顔を舐めさせたりしないでください。 これはペットが生の食べ物を食べた直後に特に重要です。
○ ペットに触れたり,舐められたりした後は,手をよく洗いましょう。 ペットがあなたに「キス」をしてきた場合は,必ず顔も洗いましょう。

ペットに与えるペットフードの種類に関係なく、常にこれらの安全な取り扱い手順に従う必要があります。

生のペットフードってどうなの?

FDAが指摘するように,ペットフード中のサルモネラやリステリアなどの病原細菌は,ワンちゃんだけでなく,これを取り扱ったオーナーさんや,そのご家族にまで危険が及ぶ可能性があります。 
CVMの調査では,これらの細菌の汚染率がかなり高かった生フードですが,具体的にはどのような製品なのか,2021年のリコール例を見てみました。

リコール対象となったBravo Packing Inc.製品一覧(FDA, 2021)
frozen raw dog food: 冷凍生ドッグフード,bovine stomach: 牛の胃,
ground: 挽肉,patties: パテ,lbs: ポンド

この例では,"Bones 骨(スモーク)" 以外は全て冷凍の生フードのようですが,パッケージの写真が掲載されている "Performance Dog" という製品が牛の肉,胃,気管,骨などを材料としていること以外,詳細はよく分かりませんでした。 製造者のwebサイトを見ると,"Specializing Manufacturing Exotic Carnivores Diets" と紹介されており,イヌやネコ以外の肉食動物用のフードを専門としているようで,現在の製品一覧には,表中の製品名や,その他のドッグフードは見られませんでした。 ただ,現在の製品はほぼ全てが馬と牛から作られているようですので,多分,当時の材料も同様だったかと思われます。
この製造者がイヌ用生フードの販売をやめてしまった?理由はよく分かりませんが,世の中に生フードは多く流通しており,その効能を熱く語る方々は数多です。 
あるオーストラリアの販売サイトのトップページには,
「BARF ドッグフードは,ペットの健康と幸福について,高い知識に基づいて考え,決定できる飼い主の間で人気が高まっています。  この給餌モデルはイヌの進化的栄養学の理論に基づいており,イヌにとって最も一般的で人気のある生食です。」
と,いかにも意識高い系の飼い主さんの自尊心をくすぐるような文言が並べられています。  「進化的栄養学の理論」については,「イヌの親戚であるオオカミの祖先は,獲物の全身の組織を生で食べていて,そこにはあらゆる栄養成分が ”自然が意図した” 割合と形で含まれているので,最高の品質で有益だ」とのご説明です。
日本の販売サイトでも,販売者の方には「運命的な生食との出会い」があったそうで,長年病気で苦しんできた愛犬の体調が,生食によって,みるみるうちに改善されたのだ,ということです。
肝臓など内臓の栄養価が高いのは事実だし,易熱性(熱に弱い)のビタミンなどは,確かに加熱調理で壊れますので,他の食品との併用でバランスを保つなら,このような生フードは栄養的に優れているというのも間違いではないでしょう。 しかし,どんなに優良な食品でも,病原体に汚染されていては話は別で,FDAの調査で明らかなように,生フードは少なくともサルモネラやリステリアの汚染率が高いようです。 これを加熱調理せずに与えた場合,病害を発現するリスクは少なくありません。 
自然界にはコンドルやハイエナなど,屍肉,腐肉を食べる「スカベンジャー」と呼ばれる動物がいます。   重大な病害性のある細菌が増殖している腐肉を食べても平気な理由について,私などは「彼らは耐性があるんやろな」と適当に納得してしまうのですが,Michael Roggenbuckらの研究によると,コンドルは身体に入った危険な病害菌の多くを死滅させる消化器を持っており,それでも腸内に残った一部の病害性の強い細菌(クロストリジウムなど)に対しては異常に強い耐性(抗体保有など)があり,これらの菌による腐肉の分解の恩恵を受けているようです。
話を戻すと,ワンちゃんには屍肉,腐肉中の病原菌に対するスカベンジャー動物のような機能や強い耐性はありません。 たとえ鮮度に問題がなくても,サルモネラなどで汚染されたフードを食べると,病害を発現するリスクは高いです。 オオカミなどの野生動物は,腐敗した危険な肉を匂いなどによって察知,忌避する能力が優れているそうですが,ワンちゃんたちは,オーナーさんから与えられたフードなら躊躇なく食べてしまう可能性が考えられます。

上述のFDAの調査で,ドライタイプのキャットフードでサルモネラ汚染が1件見られたように,生フード以外にも汚染は起こり得ます。 日本国内でもジャーキーのサルモネラ汚染が発生し,農林水産省がペットフード生産・販売者に対して「病原微生物の汚染防止について(令和3年3月3日)」なる案内を発しており,その中でも加熱の重要性を強調しています。

最近,ワンちゃん用のフードなどに関して,「ヒューマングレード」なる語が流布しているようです。 つまりは,"人間用の食品と同じレベルで品質管理された原材料で作っているので,安心,安全!" と言いたいようで,生肉やジビエ肉などについて謳われています。 しかし人間の場合でも,お肉の生食はリスクを伴います。 ある程度以上の年齢の方なら,かつてお店で当たり前に食べられていたユッケ や生レバーが,O-157などの中毒で死者が発生したことなどにより,生での提供が禁止(牛レバー)されたり,厳格な加工規定(トリミングなど)が設けられた経緯をご存じだと思います。 「ヒューマングレード」と言っても,特に生食に適した材料を厳格な基準のもとに加工,管理したものでなければ,生食のリスクは小さくないと考えられます。

結論

というわけで,栄養の面において,生フードの効用を頭から否定するものではなく,また通常の(加熱処理された)フードに様々なサプリメントを添加することを推奨もしませんが,やはり生フード,特に生肉をワンちゃんに与えるのは,リスクが高いと言わざるを得ないと考えます。 今回はもっぱらサルモネラなどの病原菌について解説しましたが,生肉には細菌以外にも寄生虫やウイルスのリスクもあります。 特に野生鳥獣(ジビエ)に関しては,ほぼ確実に寄生虫感染があり,イノシシではE型肝炎ウイルスの存在も珍しくありません。 エキノコックスの恐ろしさをよくご存じの北海道の方は,キタキツネの糞便などから食品に付着(汚染)しないように気をつけておられるでしょう。 また近年の害獣被害の増加への対策として,ジビエ肉の消費拡大が推進されていますが,トリヒナ(旋毛虫)も非常に恐ろしい病害をもたらします。
いつも申しますが,ワンちゃんの健康を守るのは,私たちの責務です。 基本的には,ワンちゃんには生フードよりも,適切に加熱処理された安全な食餌を与えてください。 栄養上の理由などで生フードが必要なのであれば,くれぐれも材料の調達,処理,管理にも留意して頂きますよう,お願いします。

雑記

上述の米国でのリコール事例における製品リストに「Green Tripe」がありました。 国内にも販売しているwebサイトがあり,「ペット先進国で大注目!」の「スーパーフード」「完璧な補助食」なのだそうです。 ワンちゃんオーナーの皆さんには,ご存知の方も少なくないと想像しますが,「tripe」は,主に反芻動物の胃のことで,ドッグフード用としては牛,羊,鹿などが使われているようです。 で,販売サイトの説明によると「green tripe」は,その中でも牧草だけで飼養した反芻動物の,洗浄していない胃のことだそうです。 焼肉屋さんでお馴染みのミノ,ハチノス,センマイ,アカセン(関東ではギアラと言うのですね)とは違って「洗浄していない」緑色がかった状態のものです。 なにせ「洗浄していない」ので,「未消化の牧草,微生物フローラ,イヌにとって貴重な栄養素がたくさん存在している」とのことです。 私はこのgreen tripe を使った経験がないのでよく分かりませんが,例によって「素晴らしい効果!」があるそうです。 ただ,なにせ「洗浄していない」ので,臭いらしいです。 私たち獣医師は,多分「えげつなく臭い匂いを嗅いだことがある職業 10 撰」に入るので,臭いものには慣れているし「牛の胃なら,あの匂いやな」と想像できますが,おそらく一般の方にはかなり臭いと思います。

匂いはともかくとして,このスーパーフードの安全性については,上述の生肉と同様の考え方でよいと思うのですが,試しにChat GPTで "Is green tripe safe for dogs?" と聞いてみたところ,予想通り「はい,グリーントライプは一般にイヌにとって安全で・・・」で始まり,販売サイトに謳われている効能を色々説明したあと,「ただしグリーントライプは,一般に犬にとって安全で栄養価が高いものの,適切に扱われ,処理されるように,信頼できる供給業者から調達する必要があることに注意が重要です。 さらに,愛犬の食事にグリーントライプを取り入れることを検討している場合は,必ず獣医師に相談して,愛犬特有の食事のニーズや健康状態に合っているかどうかを確認することをお勧めします。」と,優等生のズルい回答を頂きました。
手を抜かずに学術論文の検索サイトで調べてみたところ,2017年に4人がO-157に感染したクラスターの報告がありました。 4人のうち1名が亡くなったそうで,3人は,生肉ベースの食餌,特にトライプを与えられていたイヌとの接触があったそうで,さらなる検査で,この生フードが人への感染源であったと結論づけられました。
商業ベースで販売されているgreen tripe の病原菌汚染率は不明ですが,少なくともFDAの調査における生フードの汚染率の高さや,リコール例に green tripeも含まれていたことは,一考に値するように思います。
繰り返し申しますが,ワンちゃんの健康を守るのは私たちの責務です。 ネットや口コミを鵜呑みにすることなく,「本当に必要なことか」慎重に判断して頂きますようお願いします。

Green Tripe (Green Tripe.com のwebサイトよりDL)

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