今日、ポケベルがサービス終了するんだって。
2019年9月30日、つまり今日。ポケベルのサービスが完全に終了する。
とは言っても、現在大学三年生の私。もちろんポケベルは使ったことはないしなんなら見たこともない。
でもなんか、ポケベルを使ってた人が羨ましいんだよね。
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受信専用で公衆電話を探さなければ発信できないこと、12文字しか送ることができないこと。このたくさんの"できない"がとっても、とっっっても羨ましい。
スマホ世代だから、日頃の便利さになれてるからこんな事を思うのかもね。だって、一見その"できない"は不便な部分だから。
でもその不便を乗り越えるための手間って、現代社会においては尊いんじゃないかな。って女子大生は思うわけですよ。特にポケベルの不便さによって起こっただろういろんなストーリーを想像しただけできゅんきゅんしてしまう。
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「やっぱり伝わってないか…」
エミはため息をつく。彼女は1時間前、公衆電話で彼氏のコウタのポケベルにメッセージを発信していた。就活生のエミと新卒のコウタ。付き合って2年になる2人は倦怠期に加え、お互いの多忙さですれ違いの日々が続いていた。
どうして昨日あんなことをコウタに言ってしまったんだろう。久々に会えて嬉しかったはずなのに…。ただ、就活がうまくいかなくて、イライラしてた。もう就職が決まって働いているコウタが羨ましくて八つ当たりしてしまったんだ。私だって、コウタが慣れない外回りに疲れていたことは知っていたのに。
"エミは社会の厳しさをわかってない、だから就活なんてうまくいくはずがないんだよ"
いつも優しく励ましてくれるコウタに"うまくいくはずがない"と言われて火がついてしまった。私だって頑張ってるのに、どうして分かってくれないの?気づいたらコウタの部屋を飛び出していた。昨日の23時の話だ。
"破局"頭の中に点滅する不吉な2文字は倦怠期が続いていた実感があるだけにやけにリアルだった。そんなのは嫌だ、私の、子供っぽい身勝手な一言のせいで大好きなコウタと別れることになるなんて。ごめんねと伝えたいけれど、多分コウタを目の前にするとうまく言えない気がしてしまう。久々に、ポケベルでも使おうか。
コウタの勤務は残業さえなければ18時には終わるはずだ。もしかしたら、暗号は苦手なんだよねとよく笑っていたコウタは読めないかもしれないけれど…メッセージを送るだけ送ってみよう。
"500731 4282 1922 506 1101"
なんだこれ…。今の時刻は17時50分。ポケベルに送られてきたメッセージに首を傾げた。ポケベルは、というかポケベルの暗号は苦手なんだ。正直これだって"渋谷に"しかわからない。きっとこのメッセージは暗号で悩む俺を面白く見守りたい同期の仕業な気がする。ひとしきり同期の間でネタにされたことだし。あとで答え合わせでもするかと机に置いてあった大きめのポストイットに殴り書きをした。
今日はまっすぐ帰ろうと思えば帰れるけれど、なんだかそんな気分にはなれない。明後日までと頼まれた書類でも作ろうか。
"いいよね、コウタは。就職してて"
手を止めると昨日のエミの一言が蘇ってくる。いつもだったら受け流していた一言。実際去年就活を経験してうまくいかない時のイライラだとかは分かってるつもりだから。少し嫌味っぽく放たれたエミの一言に必要以上に反応してしまったのは慣れない外回りの疲れもあったのかもしれない。
売り言葉に買い言葉で放った言葉にエミは泣きながら部屋を飛び出していってしまった。何度も何度も履歴書を書き直していたこととか、企業研究のノートはびっしりと文字で埋まっていたこととか。エミが頑張っていたことは知ってたのにどうしてうまくいくはずがない、なんて言ってしまったのだろう。残業することを決めたのに、集中できない、このまま俺らは自然消滅してしまうのだろうか…。頭は喧嘩のことでいっぱいで資料は全然進まなかった。
「珍しいな、お前がそんなに上の空なんて。好きな子でもできた??(笑)」
「お前こそ、できるだけ早く帰るがモットーなんじゃなかったの?…あ、ポケベルの答え合わせか?」
「…ポケベル?俺、今日は送ってないけど。」
「え、じゃあこれは…?」
「??…〇〇〇〇?こんな文章送らねえよ笑」
「ごめん俺帰るわ」
どうした?という同期の言葉を明日話すとあしらって走り出す。あっさり明かされた暗号の答え。
"ごめんなさい、渋谷に19時に来れる?会いたい"
エミだ。無我夢中で走って乗り込み時計を見る。時計はすでに19時を指していた。
"ここから渋谷まで30分はかかる、なんで会社で連絡を入れなかったのか。まだいてくれ…!"
約束の時間になった。コウタはまだ来ない。連絡も来ないから伝わらなかったのかも、分かった上で来ないのかもしれないけど…やばい。私が悪いのに泣きそうだ。あと30分ぐらいで帰ろう。明日も早いし…
"次は〜渋谷〜渋谷〜"
山手線の扉が開くやいなやホームへ飛び出す。渋谷って渋谷のどこなんだ、85とか打ってくれればいいものを。でもまぁ渋谷だったらハチ公だろ…!ほぼ直感で、全速力でハチ公前に向かうとリクルートスーツ姿のうつむき気味の女の子が目に入った。…良かった。間に合った。人はたくさんいるけど気にしない。どこかに行ってしまわないように、できるだけ大声で叫ぼう。
「エミ!!!」
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はい、カット〜!!!みたいな具合でね、妄想とかもできちゃうわけですよ。こんな経験してみたかったな…。
他にも他校の彼氏にメッセージを送るために公衆電話に並ぶ女子校の女の子もいたかもしれない、逆にエミとコウタみたいには会えない人もいたかもしれない。
メッセージが伝わるかどうかのドキドキ。送るまでにかかるその手間はスマホでは起こらないことだ。でもその手間、すごくエモいじゃん。そのメッセージ、すごく重みがあるじゃん。
14106って、一度でいいからドキドキしながらポケベルで送ってみたかったな。
使ったことはないけれど、さよならポケベル。たくさん妄想させてくれてありがとう。