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茶と角 11

※連載初回の「はじめに」を読んでいただけたら幸いです。ちょっとお断りをしておきます。


 美香が家に着いてほどなく、奥様からお電話がありました。母が、もう三回目の電話、と言いました。何があったんだろう、と美香は思いました。
「今日、どうだった?」奥様はとても機嫌のいい声をしていました。
「お客様が十人いらっしゃっていて」と美香が話し始めると、
「そんなんはいいのよ。伯爵に会ったんでしょ? どうだった? かっこよかった?」と、奥様は矢継ぎ早に言いました。
「はい」美香はちょっとびっくりしました。
「どんな感じだった?」電話の向こうで奥様がわくわくしているのがわかりました。
「……あの、ファッションモデルのような方だな、と思いました」
「そうでしょう? それで? 頭は? 黒かった? かつらだった?」
「いいえ、オールバックにして、後ろで短くカットされて、白髪(はくはつ)に少しグレーが入った、とてもきれいな髪をされていました」
「若い人が見ても、すてきだったでしょう?」
「はい」美香は、奥様がこんなに高揚しているのは珍しいなと思いました。
「あー、やっぱり、あんたの付き添いとしていっしょに行けばよかった。言えば、きっと、(ご婦人は)いいわよ、って言ってくれたと思うのに」
 そして奥様は、今日はご苦労様だったわね、ありがとう、と言って電話を切りました。
 しばらくして、今度はおかみさんから電話がありました。もしかしたら、お礼はもらわなかったわよね、という電話かもしれないと思いながら、母と電話を代わりました。
「今日、私、おまわりさんに交番へ連行されたのよ」おかみさんが言いました。美香は、えっ? 何を言ってるんだろう? と、自分の頭が疲れたのを感じました。
「あんたが伯爵の前で頑張ってるだろうから、私も頑張って、駅前で演説をしてる人の話が一区切りしたところで、マイクを『私にも貸して』って奪って、『私にも言いたいことがあります!』って演説したのよ。そしたら、その途中で誰かに通報されて、交番へ連れて行かれて、根掘り葉掘り、取り調べを受けたのよ」
 美香は、『この人は一体なんなんだろう? 迷惑な人だな。なんでそんなことをするんだろう? そうか、伯爵って、こんなふうに女心を乱す人なんだ』と、考えながら最後に気が付きました。
「今度また同じことをしたら、本当に大変なことになりますからね、って言われたのよ」
 美香は、おかみさんが慰めて欲しくて電話をしたことがわかり、
「それは大変なことでしたね」と言うと、おかみさんは満足そうでした。

 次の奥様のお茶室のお手伝いの時、駅の改札口を出たところで、孫娘の姿を見掛けました。声を掛け、小さな声で、
「結婚のこと……」と美香が言い掛けると、
「もう、聞いたんだ。でもそれ、まだ内緒だから」と孫娘も小さな声で言いました。でも嬉しそうでした。「誰にも言わないでね。挙式のことで、まだちゃんと決まってないことがあるから。これから一人で式場を見に行くところ。私が気に入ったところでいいんだって。招待状が届いたら、口に出してもいいよ」
「ありがとう。一つだけ聞いていい? その人に決めたのはどうして?」
「私を自由にしてくれる人だから」孫娘のその言い方が、美香にはなんだか素っ気なく感じました。気のせいだったかもしれませんが、割りきった様子に見えました。

 奥様のお茶室に着くと、奥様といっしょにおかみさんがいました。美香はおかみさんが来ているとは知らず、かなりびっくりしました。
「茶通箱のことを話してたの。もうあんたにあげてもいいんじゃない、って。あんたが伯爵の前でお点前した日の夜に、あの人(ご婦人のこと)から、あんたのことでお礼の電話があったんだけど、その時、茶通箱のことも言われたのよ」奥様が言いました。
「だから、今度、私が家元のところへ三人を連れて行くから」おかみさんが言いました。
 ご婦人のおかげで、小山さん、大山さんといっしょに、茶通箱をいただけることになりました。美香は心の底からご婦人に感謝の気持ちを抱(いだ)きました。
 そして、美香は奥様にお点前を頼まれ、三人でのお茶会が始まりました。
「ああ、ちゃんと出来るのね。じゃあ、大丈夫でしょ」とおかみさんは言いました。それを聞いて、
『小山さんと大山さんとのおしゃべりが楽しくて、私の点前をちゃんと見てなかったのかな?』と美香はあやしく思いました。奥様はいつもより口数が少なく、少し気がふさいでいるように見えました。
『あれ? 今日みたいなこうしたお稽古を最初からしたかったんじゃなかったのかな? それとも今日のお茶会も、もしかしたら彼女(孫娘のこと)のためのものだったのかな、本当は』と美香は思いました。

(つづく)

 

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