茶と角 6
※連載初回の「はじめに」を読んでいただけたら幸いです。ちょっとお断りをしておきます。
そうしているうちに、小山さんがお屋敷の方から出入口へ向かって歩いて来ました。
「あら、まぁ、久しぶりねぇ、元気?」孫娘に言いました。
孫娘は、ご無沙汰しています、と返事をすると、じゃあね、と美香に言って出掛けました。
「美香ちゃんの声かしら? と思ったら、やっぱりそうだったわ。ちょうどよかった。奥様にご挨拶をしたかったの。今日がお稽古初日だから」
小山さんはおしゃべりが大好きで、美香は相槌を打つだけでしたが、小山さんがとても楽しそうだったので、おかみさんのお宅までの時間が短く感じられました。
小山さんにはお子さんがいらっしゃらないことや、奥様も子供に恵まれず、孫娘は奥様の従妹の子供で、体が弱かった従妹の代わりに奥様が育てた養女であること、孫娘ではないのに皆が勘違いしていることを、美香はこの時に初めて知りました。
そして孫娘(以後もこのままの表記)の母親は、奥様のお茶会でいつもお点前をしているおとなしい小柄な女性だとわかりました。容貌が孫娘と似ているので、親戚かもしれないとは思っていましたが、お屋敷にいっしょに住んでいるようには見受けられません。奥様と孫娘が、「うちの子」「ママ」と言っているわけを美香はようやく理解しました。
お稽古は無事に終わり、美香が帰宅するや否や、電話が鳴りました。おかみさんからでした。
「私、中川さんの代わりに、ビルの中で三席設けられるお茶会のお運びのお手伝いを急にすることになったから、お客として必ず来て欲しいの。明日中に招待状とお茶券を送るから。一人でも多く来て欲しいのよ。小山さんは行けないって言うから、あんただけでも絶対に来てね。珍しく、お煎茶のお席もあるのよ」おかみさんは少しあわてている様子でした。
「いつ、そして場所はどこになりますか?」美香が聞きました。
「それが、明日、先生(大先生のこと)から招待状をもらわないと、私も初めての場所で、一回聞いただけだから、よくわからないの。でも私は連れて行ってもらえることになってるから」
おかみさんが冷静さを欠いているのがわかったので、行けたら必ず行きます、とわかりやすい返事をして美香は電話を切りました。
お煎茶のお茶会に興味があったので、美香は招待状を見ながら一人で出掛けました。お煎茶のお席は混んでいたので、最後にしようと思いました。空いていそうなお席から入りました。
二席目に着くと、おかみさんがお茶のお運びをしていました。そして順番が奇跡的にちょうど美香の前になりました。
美香は安堵しました。『よかった、これで私がここに来たことが先生(おかみさんのこと)にわかる』と思いました。美香はおかみさんの目をしっかりと見てから頭を下げ、お茶をいただきました。
その日の夜、美香はおかみさんに今日のお礼の電話をしました。すると、
「えっ、今日来たの?」とおかみさんは言いました。美香は仰天しました。
「私、直接、先生からお茶をいただきました」
「えっ? 覚えてないわよ。本当に?」かなり驚いた様子でした。
「先生、私の顔をちゃんとご覧になってたじゃないですか」美香はわなわなと震えてきました。
「ものすごく緊張してたのよ。だから人の顔を見てるようで見てないのよ。あっ、そう。来たのなら、良かったわ」おかみさんは、そう言って話を終わらせました。
(つづく)